数年前の話だったと思います。
これは誰から聞いたか覚えていない話です。
separator
私の家の近所のマンションにはかつてとある新興宗教団体の施設があった。
この施設の責任者は散々信者から金を騙し盗った挙句の果てに海外に高跳びこいたそうだ。
そして当時このマンションのエレベーターはパラレルワールドに通じているという都市伝説が流行っていた。
そして私は厨二病の妹と一緒にこのマンションで異世界ワープの儀式を試した。
異世界ワープの儀式は単純でマンション横のトンネルをくぐった後にジュースを飲みながらエレベーターに乗るだけ。
ただそれだけの事でワープが出来る。
エレベーターには地元の都市伝説愛好者の設置した缶ジュース(コーラ)がバスケット一杯に置いてあった。
「ご自由にお飲み下さい。良きパラレル旅をw」みたいな貼り紙がご丁寧にもバスケットに貼ってあった。
妹はグビグビいってたが私はそんな何が入ってるか分からない拾い飲みなんて絶対に御免だったのでジュースは自腹で賄った。
しかしワープした先には異界のオッサンも無人の閉鎖空間も存在しなかった。
だけど妹は調子に乗って「ここは精巧に再現されたパラレルワールドに違い無い!」と主張しだした。
まぁ当時は可愛らしいお遊びだと思ったが妹は父母に「観念なさい偽物達め!残念だったわね!私は元の世界に戻るわ!」と言い出した。
妹は夕食を用意してせっかく待っていてくれた父母をそっちのけ放置プレイで「びっくりする程ユートピアー」っと近所迷惑な奇声を張り上げながらまたあのマンションに向けて自転車をこぎ出した。
私も妹をとっちめるべく自転車で追い掛ける。
後ろから声が聞こえた。
「どうしてバレたんだ・・・クソ、あの人間・・・」
お父さんの声だった。
まさかバカ妹の厨二病にお父さんまで付き合わせる訳にはいかない。
私は振り向いて事情を話そうとしたのだが。
それは父では無かった。
白目の無い黒い瞳と黒い大口を開けた何かだった。
私はマンションまで必死で走った。
エレベーターの前には妹が居た。
「お姉ちゃん早く!エレベーターに早く乗って!」
そこで立ち止まる私。
(妹は普段、私をお姉ちゃんなんて呼ばない筈・・・誰コイツ?)
心の中でそう呟いた瞬間、「妹」に手を引っ張られた。
妹の力では・・・いや、女性の力では無かった。
エレベーターの中には祭壇があった。
兎の首、猫の首、犬の首、首首首・・・苦痛に歪む小動物の首が幾つも祭壇に置かれていた。
バスケットの横に散乱する無地の空缶からは赤黒い液体が滴っていた。
こんなモノを妹は飲んだの!?
バスケットの缶ジュースも全て無地になっている!
妹が飲んだ時は全部コーラだった筈なのに!
私は引っ張られた反動を利用して「妹」の腹に蹴りをお見舞いしていた。
無我夢中だった。
「妹」は嘔吐してその場に昏倒した。
よくよくエレベーターを観察してみるとそこは清掃用具入れでエレベーターでは無かった。
私は昏倒した妹を背負うとトンネルに向かった。
トンネルの途中で少しだけ後ろを振り向いた。
何か影みたいな異形のモノ達が絶叫しながら何人もこちらに向かって疾走してくるのが見えた。
「マッデグデェェー」
「イ゛ッチ゛ャダメー」
「デメ゛ェェ」
私は大泣きしながらトンネルを抜けた。
数分間その場にへたり込み泣き崩れていた。
泣いた後で自分の身体が軽かった事に恐怖した。
急いで振り向くと妹は影に足を捕まれてブンブン振り回されていた。
トンネルの壁に何度も叩き付けられている。
私は近くのコンビニに駆け込み万札を店員に投げつけた後に食塩を何袋も抱えて飛び出していった。
トンネルに着くと袋を破りトンネルの奥へ向かって撒き散らす。
すると影共は首をかしげる様な素振りをした後に歩きながら去っていった。
影が完全に消えるのを確認した私は妹を抱えて近くの病院に駆け込んだ。
妹の左足の関節は嫌な方向にねじれていた。
しかし不幸中の幸いかそれ以外は殆どカスリ傷だった。
病院でやっと本当の父母が駆け付けてくれたが私の話は信じて貰えなかった。
悪質な愉快犯にジュースに薬を盛られ二人共幻覚を見たという事にされた。
数週間後にあのマンションが取り壊される事を知った。
後になって探偵を使って調べてみると私達以外にも都市伝説を面白がってあのマンションに近付いた人達の中に不可解な大怪我をしたり精神を病んだり行方不明になった方が何人か居たらしい。
しかし不思議な事にマンションが解体された後はこの噂は鎮静化していった。
あんなにブームになっていた筈なのに・・・
失踪者も出たのに不気味な程に忘れ去られてしまった・・・
幻覚では無い。
妹の左足には今でもあいつらの手形が残っている。
作者退会会員