短編2
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或る意味幸せ?

カラオケボックスの一室にて、数ヶ月前に亡くなった俳優で作曲家の姿に似ている男が、歌謡曲を気持ち良さそうに熱唱する姿を、私は見ている。

声優兼歌手のファンから、急にフォークソングミュージシャンに惹かれたりと良く分からない男だが、彼の取り上げる話題が何故か政治から昭和の裏話等独特なのと、辛口ながら嫌味では無い為、友人としていつの間にやら長い付き合いになっていて、たまに休みになると、こんな風に出掛けている。

「?」

或る歌手の代表曲を選んだ彼が熱唱している時、違和感を覚える。

彼の歌い方も異常は無いし、カラオケの機械も止まったりする事無く動いているのだが、彼が棒立ちでマイクを持つ後ろ───ソファと壁がピッタリくっ付いている筈なのに………

「/~アアア~、アアア~、アアア~っ♪」

「????」

彼の歌うフレーズに合わせて、手を振ると言うよりは横に揺れている白い群れ。

私が目を見開いていると、

「失礼致しまーす………」

コンコンと言うノックの音と共に、店員さんが現れる。入ろうとした直後、異様な光景を目撃したらしく、口をパクパクさせていた。

確かにそうだろう。扉を開けた向こうの客の後ろに、無数の白い手が有ったのだから………

「何かアタスに付いてます?」

怪訝(けげん)な顔をして、キョロリと彼は後ろを向くが、無数の白い手はその直前に消えた。

「あっ、烏龍茶とペコロスコーラです………」

我に返った店員さんは持って来た飲み物を説明して慌てて退出する。

「僕ちんがそんなに酷い顔なんだべか」

口を尖らす彼。

違う、違うんだよ………「〇〇っ!!後ろっ!!」と叫んだ所で、かの有名な長寿コント番組や、先刻(さっき)のと同じタイミングで、あの無数の白い手は引っ込んだんだろうけど。

そう言えば、こんな事も有ったのを思い出す。

彼は何故か学ラン姿で、海岸の岩に座って夜更けの海を眺めていたと言う。

が、「誰も来なかったし、呼ばれる声も聞こえなかったんだよなァ。大人しく部屋で深夜ラジオでも聴いてりゃ良かったって思うよ」なんて、日の昇った海岸沿いの道路を一緒に歩きながら、退屈そうに話してくれた。

───君ね、それも実は違うんだよ………

朝日に照らされながら、波打ち際から沖に向かう白い集団が、その時見えたんだよ………

「ムスコジャナイ、ダレダアイツ、アイツノウシロデ、ニラミツケルヤツガイルカラコワイ、ツレテケナイ、ヒッパルノ、コトシダケヤメル………ダレダアイツ、ダレダアイツ、ダレダアイツ………」

凄く不服そうな感じでうなだれていたのに………外出用の軍服と学ランで一瞬騙せたのかもだけど、結局見透かして、集団は白けて退却したのかな。

「見たいのに出て来てくれない」が彼の口癖だけど、「知らぬが仏」「見えぬが仏」も、有ると思うんだけどな。

Concrete
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