長編11
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彼との出会いは、チャットでした。

当時私は、付き合っていた人と別れて自暴自棄になっていて…そしたらある時、彼から連絡が来たんです。

彼の職業ですか?…動画配信者です。主に時事や、日常生活で起きる色んな事を、彼なりに意見するみたいな…

それ聞いて、じゃあ一晩だけ、と思って、会いました。

何でって…配信者って基本、セフレが結構居るらしいので…多分、メッセージくれたのって、そういう理由かなって。

それに、私もずっとご無沙汰だったし、色々面倒臭くて。

でも、いざ会ってみたら…予想以上に相性良かったんです。

それまで、演技して乗り切ったりしてたんですが…もう、そんな余裕無い位に良くて。

彼も、ここまで相性合う人いないかも、って、凄く喜んでで…それから、少しずつ逢う回数を増やして、2か月後には、もう同棲してました。

彼、配信サイトでは結構フォロワーも多くて、投げ銭とか広告収入で成り立ってるレベルだったので、家も都内のデザイナーズマンション…その一室を、私に丸々使わせてくれたんです。

危ないんじゃないか、とか、怪しいって気持ちは、最初こそありましたけど…彼の動画を見て、その気持ちは無くなりました。彼、ちゃんとしてたんです。

過去の動画を色々見たんですが…テーマごとに、理論立てて分かり易く話していて、見解に矛盾も感じない。

知識もあって…最もな意見を冷静に述べている。ああ、この人しっかりしてるな、って。フォロワーや視聴数が多いのも、納得でしたね。

彼との生活?とても充実してました。

家での仕事だから、元カレの時みたいに、出張が多くて寂しい思いをする事も無いし、束縛も無い。

だからと言って、ドライな付き合いじゃなくて…お互いに甘えられる。

体だけと思ってたのに、その頃には好きでたまらなくて…

その内、彼の方から養いたいって感じの言葉を言われるようになって、だるい仕事も辞めました。

と言うのも…私と同棲を始めたタイミングで、彼の配信動画が、何故か以前よりも注目されるようになったんです。

フォロワーも一気に増えて右肩上がりで…基本、コラボとかしてなかっんですが、対談オファーが次々来るようになって。

単純に彼の実力なんですが…彼は私のおかげだって。違うよ、って言っても聞かなくて…「あげまん」とまで言われちゃって。

彼にも褒められるし、仕事もしなくていい。お小遣いも結構くれて、今まで以上に自由で余裕も出来た。

彼の収入にしがみついてるだけ、なんて事を言う友人もいましたけど…そんなの気にも留めてなかった。

動画を作っては、そのどれもが高視聴率。世間で云う業界人からオファーが掛かる事も普通になり、その度に潤沢なお金が舞い込んでくる。

これら全てが、同棲から1年も経っていない内に起きたんです。

何故かなんて、そんなの分かりません。

でも彼にとって、私はいつの間にか手離したくない存在になっていた…それは事実だったと思います。

都心のデザイナーズマンションでは手狭になった事もあり、彼は思い切って郊外に家を建てました。

それと同時に、私はセフレから彼女…遂には婚約者に。幸せの真っただ中に飛び込んだみたいで、頭が混乱してましたね。

めちゃめちゃ調子に乗っていて…友人が離れていった事も気付かないくらい。

…だって、全然想像してなかったんです。自分に、そんな幸せ来ないって、ずっと思ってましたから。でも、現実だった。

そして…婚約から数か月が経った頃の事。

私達宛に、ある荷物が届きました。

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それは、小包サイズの荷物だったのですが、その厚みの正体は全て梱包シートで、どれだけ厳重なんだ、と、2人して暫く笑いました。

というのも、彼が「郊外に家を買った」と配信した途端、どこで住所を知ったのか、同じく配信者と名乗る人物や、一定数の視聴者から、嫌がらせに近い量で「贈り物」が届くようになり、その大抵がゴミ同然のものばかりだったのです。

埃をかぶった古いアダルトビデオや、用途不明ながらくた、傷んで全く読めない漫画、更には、ボロボロに穴の開いたブランド物のTシャツなど…

それら全てが、着払いで送られて来るのです。しかも、プレゼント包装された形で。

時には、私に宛てているのか…女性向けのアダルトグッズや、どう付けるのか分からない、変な下着が来る事もありました。

最初は届く度に、家の中がゴミだらけになる、とイライラしてたのですが、慣れとは恐ろしいもので…時間が経つ毎に、もう恒例行事と割り切って楽しもう、と発想を変えたのです。

届く度に録画し、開封動画として配信。発想の転換が功を奏して、これもまた、視聴数を稼ぎました。

だから、この小包が来た時も…いいネタが届いたと喜んでいました。

そして期待通り、何十にも重なった梱包材を取り除くと…黒塗りの高そうな木箱に、題名も何も書かれていないDVDディスクが、ご丁寧に入っていました。

意味深で、よく分からない文章が書かれた手紙と共に。

………………

────これは、趣味の散策中に偶然捉えた、神様の姿を映した映像です。

祖父に話したら、『あまりいいものではない』と言われ、気になって父の知り合いの専門家に映像を見せたら、顔面蒼白になってしまいました。

何でも、『国のアイデンティティを形作る上で最も重要な要素の意義を、根底から否定し兼ねないもの』だそうです。

ですが、私は危険を覚悟してこの映像を送ります。

何故なら、政治や権力の仕組みといった、取り扱いの難しいテーマにも果敢に言及される貴方なら、この意味がお分かりになるのでは?と、思ったからです。

国のアイデンティティとは何なのか…社会情勢に疎い私の頭では到底分かり兼ねます。

ですが、ただ暇つぶしに出かけた際に映ったこの不可思議なものが、あなたの活動に、どうか徳もたらす事を願います。ファンより────

………………

余りのバカバカしさに、失笑したのを覚えています。

要は、この中身は呪いのビデオ…某ホラー映画のように、「見たら危ない」と脅しておいて、実際はしょうもないものが映っているんだろう…そうして、からかっているだけ。

今回はハズレだな。と、残念に思っていたのですが…彼は、意外にも手紙の内容に食い付き、DVDを取り出すと、

「上映会をしよう!」

と、やや興奮気味で言ったのです。

悪戯じゃない?ただのゴミだよ?…と返したものの、彼はその勢いで方々に連絡を取り付け…結果、その夜は10人程が家に集まり、上映会という名目のパーティーが開かれました。

音楽を掛け、用意したケータリングの食事と、彼が好きな高級酒を嗜む。

青年実業家や芸術家、ネット上で人気のミュージシャンや、有名アパレルブランドの関係者など…参加者の殆どが、彼とコラボした事のあるメンツ。さながら、会員制の高級なクラブと言った空間でした。

何もここまでしなくても、と思う一方で、久々にクラブに遊びに来た時と同じ高揚感を味わえて、まんざらでもない感覚でした。

それに、正直私も、DVDの中身が気になっていたんです。

なにせ、仕事もしてなければ、これと言った趣味もありませんでしたから、もしかしたら刺激になるかも?って。

だから、周りの空気に合わせて、音楽にノる振りをして時間をつぶしていたんですが…暫くして、誰かがくれたキャンディを口に入れた途端に昏倒し、記憶が飛んでしまって。

気が付くと、部屋の隅にあるソファに横になっていたんです。

意識が覚めて起き上がると、既に上映会は終わっていて…プロジェクタースクリーンには、何も映っていない。

ですが、彼も含めて皆、興奮冷めやらぬといった感じで、口々に賞賛めいた言葉を発していました。

「撮影者と是非お目にかかりたい、感謝の意を述べたい」

「こんな素晴らしいものを生きている内に見れるなんて」

「神をこの目で拝める、これぞアートだ」

…眠気が覚め切らない頭に、そんな言葉ばかりが流れ込んでいたのですが…突然、誰かが私の肩を叩いて、「大丈夫ですか?」と。それは、彼の大学時代のサークル仲間…T君だったのですが…

見るなり、私はT君の様子に違和感を覚えました。

顔面蒼白なのです。

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T君は家に来た時から、ずっと何か気になるようで、部屋を見回していました。

何か探しているのかと言うとそういう訳でも無く、ただ一人カウンターに座っていて、居づらそうと感じていたのですが…それも当然でした。

T君は彼から「古代遺跡の貴重な資料映像がある」と聞かされ、ここに来ていたのです。

研究者を目指す彼にとって、映像はとても重要なもの。ですが、見せられた映像は…彼の思惑から外れていました。

いえ、それ以上に、「存在している事がおかしい」のだそうです。

でも、フェイクとは考えづらく…ただただ、そこに映るものに震えが止まらなかった、思い出すのも怖い、と言って…T君は、足早に帰ってしまいました。

それは、別に良かったんです。問題は…残りの人。

彼も他の人達も、誰1人としてT君や私を気にもかけず、ただひたすら、映像に賛美を贈っている。

…私は、その光景をぼんやり見つめながら、酷く気持ちが悪いと思ってしまって…

お酒と変なキャンディのせいかな?とも思ったんですが、そういう、内臓からくる気持ち悪さではなく、もっと感覚的な…そんな感じ。

それから、2週間後ですかね。ふと思い立ったタイミングで、私は黙って家を出ました。

…何だか、急に冷めてしまって。事件だと騒がれたら困るので、置手紙はしましたけど。

彼からのお小遣いを貯めていたので、それを資金に都外へ越し…メアドも何もかも、替えました。一刻も早く、あの変な感覚と離れたかったんです。

ですが…不快感は、日を追うごとに増幅していったんです。それも間接的に。

はっきりと自覚するのに、大して時間はかかりませんでした。

彼が、バグったんです。

変なの、って思うでしょう?でも、その通りなんです。

今まで、理路整然な語り口だったのが、酷く感情的で、話題があっちこっちに飛んで、一体何を主張したいのか分からない。

なのに彼自身は、以前通りの自分だと信じてるんです。何も変わった所は無い。むしろ、どんどん良くなっていってる、って。

それは、彼以外の、あの上映会の招待客も同じでした。

精巧緻密な裸体画が定評だったの芸術家が、急に、ぐちゃぐちゃに絵具を塗りたくる画風に変わったり、慈善団体の実業家だった人が、新興宗教的なビジネスを立ち上げたり。

でも彼らは、大なり小なり変化しても、社会から受け入れられる。それなりに確固たる名声がありますからね。

ですが、彼は…

「お前ら、オレは神様をこの目で見たんだよ!それがどういう事か分かるか?俺は!神様からお姿を崇めるにふさわしい人間だって、認められたんだ!」

画面の中で久しぶりに見た彼は、目が酷く濁って、口の端から泡を吹いて叫んでました。

一部の物好きが、「発狂者の動画」と触れて回ったから、視聴数は激減していませんが…運営とか、日常生活とかはもう…以前のようには出来ないと思います。

それよりも、私はT君が気になって、色々調べ回って連絡を取ったのですが…一歩遅かった。彼も、もう駄目そうでした。

電話の向こうから、穴を掘っていると仕切りに訴えていて…何のために?って聞いてみたら、

「見つからないため」

と…真剣な口調で答えたんです。

見つかると、危ないんだそうです。どう危ないか…両親や恋人が、刃物を持って、追いかけて来るんですって。

…それを聞いても、私、以前みたいに心配にはなれませんでした。興信所で彼の連絡先を調べて貰った時に、T君の素性も知ってしまったんです。

T君ね、色々と人を騙してたんですよ。

研究者になるって言うのも、家族からお金を巻き上げる口実だったみたいです。

それが、いきなりパーティーに呼ばれて、そんな映像見せられたら、引きますよね。

だって、彼の目には…「家族が、血まみれになりながら指をさしている」

────そんな風に、見えたそうですから。

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今思えば、あのキャンディを食べなかったら、私も彼らと同じようになってたんですよね。

これは私の憶測ですが…多分、あのDVDは、見る人によって映る物が違うんだと思います。T君には…騙した相手が。実業家の人には、何か教祖的な人物でも映ったんでしょう。

彼には、何か人ならざる、神様みたいな姿…妖怪でも映ってたのかな?

だって、あんな熱心に、狂ったように言うのを見たら…怖いとか通り越して、笑えません?

DVDの送り主の、ファンだという人も、きっと何か見たんでしょうね。国のアイデンティティを揺るがす何かを。

…ウケる。ほんと、バカみたい…あのキャンディ、一体誰がくれたのか記憶に無くて、結局分からず仕舞いですが…私、ツイてましたよ。

本当に…ふふっ、可笑しいったらもう…お腹痛い!ははははっ…ははっ…

あーあ、つまんないの…

…………………

その言葉を最後に、「Rさん」からの電話は切れた。

スピーカー越しに響く彼女の声が、最初こそ、気恥ずかしさを含む、女性らしいものだったのが…段々とテンションが低くなり、諦めと軽蔑が混じる、疲労に満ちた声に変っていった事を、その場にいた誰もが感じ取っていた。

たった15分から20分程の会話が、この時だけは丸1日時間を使ったように思えて、通話が終わるなり、どっ、とため息が漏れた。

それでも…

「ぜひ聞いて欲しい、恐ろしい話がある」────その一言だけを、私宛のダイレクトメールで送って来たのには、衝動的ではない、何か深い理由があるはず…そう、思っていた。

「どうします、これ?」

私の隣で、担当が尋ねる。私の連載は、いつもこうして…依頼者から直接電話で話を聞き、記事に纏める手法を取っている。

彼女からメールが来た時、正直どうすればいいのか分からず担当に相談したら、

「オカルト特集って事でいいんじゃないすか?」

…と、まあ、軽い答えが返って来た事から、このインタビューが成立したのだ。

が…

「困ったな」

Rさんの話を頼りに、彼…こと、動画配信者を調べたのだが、どれだけ検索をかけても、該当する人物は見当たらない。

それどころか、コラボ相手だという、「業界の人間」とやらも、一切情報らしい情報が出てこなかったのだ。

「フェイクかなぁ」

今回はハズレ…そう、凹んでいた時だった。

「先生!先生…これ、さっきの子じゃないすかね?!」

担当の机の、デスクトップパソコンに動画サイトのトップページが映る。

その、膨大なサムネイル画面が並ぶ中に…1人の、女性の顔のアップが映し出されていた。

灰色がかった顔色で、何とも、いやらしい感じの笑みを浮かべた女性…

その、「無題」と書かれたサムネ画像を、担当は興奮気味に覗き込み、喜んでいる。

私は、横から手を伸ばし、PCを閉じた。

「危ないよ、『神様の動画』だったら、どうするの?」

担当は、ハッと我に返ったように私を見るなり、青ざめた。…当然だろう。

私も担当も、誰も…Rさんの姿を見た事が無いのだから。

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