日曜怪談「惣右介シリーズ その一」

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日曜怪談「惣右介シリーズ その一」

惣右介シリーズ①「足吊川」

 ▷ 第一話 とある逸話

   第二話 惣右介という男

   第三話 善行

   第四話 女将と監獄

   第五話 夜の帳が上がれば

   最終話 帰路

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むかしむかし、あるところに、一人の役人がおったそうじゃ。

彼は生真面目で礼儀正しく、自他を問わずあらゆる罪が許せない人じゃった。

そんな彼は、ある日役所の上の立場にある者たちが、文書の改竄をしているという噂を耳にした。

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正義感の強い彼は当然それを許せなくて、なりふり構わず上の者を問い詰めた。

なんでもある土地の民俗話について、観光地として盛んになるよう自分たちの都合のいいように書き換えていたそうじゃ。

それでは本当の土地の良さは消えてしまう。そう思った彼は、なんとかして文書の不正を改めるよう提案した。

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しかし、上の者たちは彼の言葉に聞く耳を持たなかった。

それどころか、観光業でひと山儲けようと考えていた役人たちは、彼のことが目障りで仕方なかった。

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そこで老婆はひと息つくと、カップのコーヒーが空になったのに気づいた。

彼女は湯を沸かしてカップに注ぐと、インスタントコーヒーの粉の入った袋を浸して、また話を続けた。

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そしてある日、生真面目な彼は、無実の罪によって処刑されることになったんじゃ!

もちろんそれは、彼を邪魔だと思う他の役人たちの仕業であった。

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その処刑の方法というのが、また残酷でな。川面にはみ出た太い木の枝に、彼は吊るされたのだそうじゃ。

吊るされたといっても首吊りではなく、首は首でも足首吊りであった。

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彼は大きな袋に詰められ、足首を縄でくくられて逆さ吊りの状態で何日も放置された。

しかも、頭の部分だけがちょうど川面に浸かるように吊るされているため、彼は逆さ吊りの苦痛に加え、溺死からも逃れなければならなかった。

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それは側から見れば、まるでコーヒーの袋をしゃぶしゃぶとしているようなものじゃった。

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そして彼女は、カップに浸かっていたコーヒーの袋を、言葉通りにしゃぶしゃぶとし始めた。

コーヒーの成分はその動きによってだんだんと水に滲み出て、完全なコーヒーとなると、老婆はひと口含んでうまいと言った。

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彼は果たして何日生き延びたのかはわからない。しかし、彼はきっと生きようと必死にもがいたことじゃろう。

これが、たとえば足首に重りをつけられて海に沈められているのでもあれば、彼も諦めがついたじゃろう。

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しかし、少し顔を上げれば、少し体を揺らせば、水面から顔が出て助かってしまうという状況こそ、この処刑のいちばんに残酷なところではなかろうか。

わずかな希望があるということは、時に完全な絶望よりも残酷になり得るのじゃ。

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そんな彼の苦痛をまるで意に介さない上の役人たちは、もはや人外であって、死に際の彼にこう言ったそうじゃ。

「これで、土地の本当の民俗を守るというお前の意思は達成されるぞ。お前がその話の題材となることでな」

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しかし、その袋の吊るされている間に、彼の怨念は少しずつ川へと滲み出ていった。

そして彼を偽の罪に処した役人たちは、後日一人残らずその川に浮かんでいたそうな。

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その後彼らの言う通りに、その川は「足吊川」として一部のオカルト好きの間で流行になったそうじゃ。

だがそもそもこの話自体が噂話なのではないかという憶測もあるくらいで、本当のことはなんにもわからん。

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この川には他にも様々な言い伝えがあるのじゃが、今回はこの辺で終わりにしようか。

老婆はそう呟くと、一目散にトイレへと駆け出した。

もちろんそれは、コーヒーの飲み過ぎであった。彼女の座っていたテーブルには、しゃぶしゃぶされたコーヒーの袋が山積みになっていた。

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これから惣右介の向かう「足吊川」というところでは、投網での漁が禁止されているらしい。

その辺も踏まえて後の説明は次の話で惣右介に託すことにして、老婆の話す「とある逸話」は、ここで終わりとさせていただこう。

・・・・・・

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