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中編5
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アンケート調査3

1

ビュンビュン車が行き交う道路の向こう側に、リクルートスーツの女がたっていた。

俺がそれに気づいたら、女はにこっと笑って頭を下げた。

2

女は藪から棒にこう言った。

「アンケートにご協力をいただきたいのですがよろしいですか?あなたが死にたくなった理由や、心残りの理由。その他、基本、簡単な内容ばかりですので正直にお願いいたします」だって。

とつぜん何を言い出したんだと思ったけれど、眼鏡の奥の目が笑っていなかったんで、俺は差し出された紙に目を通した。

この女、なんで俺が死にたがっているのを知ってんだ?

2

俺がアンケート用紙を書き上げたと同時に、女はそれをヒョイと取り上げた。

「はいはい、なるほどなるほど。借金苦ですか。共同経営していた友人にお店のお金を持ち逃げされて、全てをかぶったってわけですね。金額は八千万!?家は差押えで、奥さんにも逃げられたんですね。これは死にたくなるのも納得です」

俺は、用紙に借金苦と書いただけなのに、この女はなぜか全てを言い当てた。逃げた友人に復讐したいことも。

アンケート内容はほかにも、死ぬ前に会いたい人や死ぬ前に感謝を伝えたい人。死ぬ前に処分したいもの。死ぬ前に食べたいもの。死ぬ前に行きたい場所。死ぬ前にどうしても成し遂げたい事。そんな感じの質問ばかりだった。

俺は馬鹿正直にそれらの質問に答えたが、この女はそれらの心残りを今から一つずつ解決していきましょう!なんて言いはじめた。

正直、得体が知れないにもほどがあると思ったよ。でもこの女、アンケート用紙にも書いてないはずの俺の名前を言ったんだ。

3

「申し遅れました。わたくし走馬灯株式会社からきました調査員のヒグチと申します。

川島さん、いまこの時点ではわたくしに対して大きな疑念をいだいていらっしゃるかと思いますが、次第にそれも薄れてくるかと思います。

もちろん、最後にはこれらの行動の真意をお話しさせていただきますのでご安心ください。」

いま考えても不思議なんだけど、この時の俺はヒマだし面白そうだから付き合ってやるか。と思ったんだ。

4

そのあと、ヒグチと名乗る女は俺を車で連れ回した。

どうやって調べたのか、俺を裏切って逃げた矢田部の居どころをあっさりと突き止めた。

「どのような復讐をお考えですか?」と、ヒグチさんは色々な復讐内容の書かれたパンフレットを見せてきた。

でも、俺は思いのほか悲惨な生活を送っていた矢田部を見て、下から三番目の『10分に1回、尿意をおぼえる体になる』という比較的軽い復讐方法をえらんだ。

「ほんとうにアレでよかったんですか?後悔しませんか?」と、ヒグチさんは帰りの車の中で何度も俺に確認してきた。

俺は「いいよ」と答えた。

最後に食べたいものや行きたい場所。

最後に会いたい人や、最後に感謝を述べたい人などを次々とこなしていき、いよいよ次が最後になった。

『死ぬ前にどうしても成し遂げたかった事。』

俺はアンケート用紙にこう書いた。

中学の頃からずっと好きだった女の子に告白したかった。去年亡くなった愛犬のペロともっと遊んでやりたかった。宝くじで一等を当てたかった。その金で豪邸を建てたかった。

「どれか一つでお願いします」

ヒグチさんは、なかばふざけて書いた俺の回答を見て、少しめんどくさそうな顔をした。

5

「川島さん、一つ目の中学時代からずっと好きだった女の子ですが、残念ですがもう他界しています。三年前、初めての子供を病気で亡くし、そのあとすぐに彼女は自ら命を立ちました」

なんでそんな事がわかるの?と、尋ねたら、ヒグチさんは「偶然ですが、彼女の担当もわたくしでしたから」と、答えた。

俺はそれを聞いて、「ふーん」と答えた。

「さてと…」

ヒグチさんは車をとめると、俺の目を見た。

「川島さん。このたびは突然連れ回して本当に申し訳ありませんでした。少々バタバタになりましたが、生前にやり残した心残りは晴れたでしょうか?」

「うん、ありがとう。楽しかったし、心にずっとつっかえてたモノが取れたよ」

そう答えると、ヒグチさんは緊張がとけたように笑顔になった。

笑うとけっこう可愛いんだなと思った。

6

ヒグチさんは改めてこう言った。

「おそらく、川島さんはもう気づいてらっしゃると思うのですが、あなたはすでに亡くなっています。あなたは半年前に、今朝、わたくしと会ったあの場所で、あの道路に飛び出して自殺を図ったんですよね?」

俺が頷くと、ヒグチさんは後部座席から鞄を取り、中をゴソゴソと始めた。

「普通ならわたくしの仕事はここで終わりなんです。この世に未練を残してその場にしがみ付いている川島さんのような地縛霊に新たに塗り替えた走馬灯をお見せして、成仏させれば任務完了なのですが、今回はそれで終わりではなくてですね…」

ヒグチさんは、鞄の中からお目当ての書類を探り当て、俺に差し出してきた。

「これ、入社するのに必要な書類です。わたくしもう十分過ぎるほど働いたので、そろそろ調査員を引退して、生まれ変わりたいなーなんて。川島さん、良かったらわたくしの代わりにここで働きません?」

ヒグチさんが急にそんな事を言いだしたもんだから焦ったな。表情には出さなかったけど、内心はけっこうバクバクで、「何言ってんだコイツ?」と、思ったよ。

7

ヒグチさんが言うには、この走馬灯株式会社とやらで調査員をして、哀れな地縛霊を成仏させれば徳を詰めるらしい。

普通、自殺者は罰として永遠の苦しみを味わうんだけど、頑張って徳をたくさん積めば、また生まれかわれるんだとか。

生まれかわる?

俺は生まれかわりたいんだろうか?

永遠の苦しみが待っているなんてそんな脅し文句は卑怯だろ。そんな地獄を味わうくらいなら生まれかわった方がマシなのかな。

って事は、ヒグチさんも過去に自殺した?質問したかったけれど、ヒグチさんは書類を俺に押し付けて、すぐに車を降りるようにいった。

「川島さん、あなたは絶対に来ると信じています。いや、絶対に来ます。では、また会社でお会いしましょう。ではお疲れ様でした」

8

ヒグチさんを見送った後、俺はしばらく何にも考えらなかった。

俺は何にも考えずに、暗くなるまでずっと空をながめていた。

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