中編7
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しきたり

僕の名前はAという。年齢は30歳。両親は僕が若い頃に亡くなってしまい、今は一人だ。恋人もいないし家庭も持っていない。つい最近正社員の仕事を辞めてしまった。原因については嫌な上司がいたとか、作業が大変だったとか、細かい例を挙げればきりがないので割愛するとしよう。まあつまり今は無職って奴だ。

でも、貯金はある程度あるし働けと言う連中もいない。嫌な思いをして働くこと急ぐ事もないじゃないか。気楽な毎日だ。まあ仕事はその内機会があったらやればいい。

そう思っていたら、先日こんな風に声をかけられた。

「やあ!Bじゃないか。この前は大変だったな。最近どうだい?いやね。あの時は僕も悪かったと思ってるんだよ。君さえよければ、またうちに戻ってきてくれないだろうか。上司も歓迎するって言ってくれてるんだよ」

「え‥あ‥」

「ちょっと今忙しくてね。これから人に会わなくてはならないんだ。また連絡する‥といってもあんな事があったんだ。君の携帯の番号も変わっているだろう。連絡先を教えてくれないか?しばらく連絡が取れなくて不安だったんだぜ」

この時、僕の頭の中には色々疑問が浮かんだ。

まずBって誰だ?どうやらこいつは僕とBを間違えているらしい。どうしたものだろうか。間違いを指摘するべきなのだろうか。

いや、人を間違えているのはむこうの方だし、こいつの話にのっかってみるのも暇潰しには良いかもしれない。部屋で漫画やゲームをするのにも飽きたし、なんせ暇なのだ。危なくなったら逃げればいいだろう。それに、上司とか言ってたな。うまくいけば仕事にありつけるかもしれない。こんな事を考えた結果、連絡先を交換してしまった。

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その日の夕方、電話が鳴った

「さっきはすまなかったね。さっきも言ったが、君さえ良ければまたうちの会社で働く気はないか?まあこういった話は電話より実際に会って話した方が良いだろう。予定を空けるから、都合の良い日を教えてくれないか?上司も呼ぶからさ‥」

こいつ、まだ勘違いしているのか。でも仕事を紹介してくれるらしいな。会うだけ会ってみるか。

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「まずB君が無事で良かった。あの事故以来連絡が急にとれなくなったからね。心配していたのだよ。君がいなくなってから仕事が止まってしまっていてね。正直な所、早く戻ってきて欲しいのだよ。給料は前より少しだが上げようじゃないか。あと待遇に不満があるのなら多少は改善しようじゃないか。うん」

当日、Bの上司なる人物は俺を見たとたんにこうまくし立てた。待遇に不満もなにも僕はこの人を知らないし、そもそもBになにがあったのかすらわからない。なので1つ聞いてみる事にした。

「あの‥仕事に戻りたい気持ちは山々なのですが、僕になにがあったのでしょうか」

「おい、一体どうしたんだね。やっぱりあの事故のことが‥」

「まさか君、記憶がないのかい?」

「え、ええ‥事故にあって以来、昔の記憶が曖昧で‥だから連絡も取れず申し訳ございませんでした」(こう答えるしかないじゃないか)

「そうだったのか。となると事故のことも覚えていないのか?」

「すみません‥」

「いやかまわない。色々と大変だったからな。仕事はやりながら思い出してもらえばいい。そんなに難しくはないから、すぐに昔みたいに戻れるさ。必要な手続きはこちらで済ませておくから、君は来週から出社してくれ。会社の住所は‥」

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そんなこんなで、俺はBとしてその会社で働く事となった。履歴書等を書く必要もなく、俺の素性がばれることもなかった。

その会社は規模が小さめの製薬会社だった。シェアは広くないが、特定の商品には愛用者と呼べる層がおり、潰れることはないそうだ。開発部署と営業部署があり、僕は営業部署に配属されているらしい。

出社してわかったのだが、この会社には事細かなルールがある。まずは社員それぞれのデスクには必ず生物のぬいぐるみが1つずつおいてあるのだ。それを仕事終わりに持ち帰り、次の日には新しい生き物のぬいぐるみを持って来なければならないという。同じぬいぐるみは次の一週間まで持ってきてはいけないため、ぬいぐるみで今日の曜日がわかるといった様子だ。犬、猫、生き物なら何でも良いのかと思ったら、とある社員が恐竜のぬいぐるみを持ってきてこっぴどく叱られていた。基準があるらしい。

ある時、先輩社員について現場を回っているときこんな風に言われた事がある。

「こら!気を付けろよ!俺の後ろから声をかけるなと言ったじゃないか!!」

「あ、すみません。しかし、あなたの後についている場合はどうしたら‥」

「そうか、君は記憶が曖昧だったんだな。今回は許すが、とにかく今後は気をつけてくれよな。社員に対して後ろから声をかけてはいけない。常識なんだよ。因みに声をかける場合は俺の前に立ってから声をかけるんだぜ」

「手間ではありませんか‥?」

「手間とかそういう問題じゃないんだよな。ルールってか‥うちはこれでやって来てるんだから。業務時間中はそうするもんなんだよ」

まあこれに関しては気を付けるだけでなんとかなるので、そんなに難しくはなかったが

またある時、こんな事があった。

社内で暴力事件があった。とある部下が上司を殴りつけたのだ。原因は上司にあった。部下に仕事を命じるとき、部下の額に手で触り星の印を書いてから命じなければならないのだが、急いでいたのかこれをやらなかった。これは大変な侮辱を意味する。しかし、部下もいけなかった。このような事態では殴っても許されるのだが、その前に上司の机の足を4回蹴り飛ばし、それを誰かに見られている必要がある。これをやらなかったため、重大な規則違反となるらしい。この二人はクビを言い渡され、会社を去っていった。

まあこんな事件があったが、基本はルールを守り、仕事に打ち込む。こんな毎日が続く。かつての上司や同僚と仕事終わりに飲む事もある

「すっかり調子を取り戻したようだね」

「昔は色々あったみたいですが、今はなんとか働けていますね。皆さんのおかげです」

「これからもよろしく頼むよ」

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そんなある時、開発部署の社員から報告が上がってきた。

「Bさんお疲れ様です。新商品が完成しました。こちらに一覧があります。売り込みの方をよろしくお願いします」

「あ、この前の一粒飲めば3時間声が高くなる薬、わりと好調らしいじゃないか。あとは飲めば爪に色がついてマニキュアの代わりになる奴、増産が入ったからよろしく。今回はどうだ?」

「これは飲むと神経物質を抑制して、興奮を抑える薬です。類似品はいっぱいありますが、わが社独自の点としては幸福感も味わえますよ。勿論人体には無害です」

「わかった。得意先に売り込んでみるよ。‥おや?この色のついたサンプルはなんだい?」

「あ、すみません廃棄品です。いやあ神経物質の抑制という点で研究をした結果、副産物として馬鹿げた薬を開発してしまいまして‥一言でいうなら、ばかになる薬です。飲むとばかになります。一定時間で治りますがね。サンプルも少量ですしとりあえず捨てておきます」

「まてまて、面白いじゃないか。人体には無害なんだろう?少し分けてくれないか?」

「良いですけど、つまらないものですよ‥」

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次の日は休日だ。もらった薬を飲む。毎日気をつめて働くと、たまにはばかになりたいもんだ。人体には無害らしいし。

薬を飲むと、いやに思考がはっきりしてくる。

何もかもおかしくないか?会社のしきたりはある程度はあるだろうが、あまりにも意味のわからないルールが多すぎる。そもそも俺は誰なんだ?まわりは当然の様にBとして扱うが、俺はAだろ!?俺はおかしくなったのか‥?たまらず精神科を受診する

「ええと、これまでのいきさつをもう一度、できるだけ細かく」

「ですから、知らない男性に声をかけられて‥」

「そこです。どうしてあなたはその話にのっかったのですか?」

「さあ‥気分の問題としか‥」

「お気の毒ですが、もう手遅れですな。そういう性分なのでしょう。まああなたは今は充実した暮らしをしている様ですから、あんまり下手な事はなさらないよう‥」

医者からの帰り、携帯に上司から連絡が入る

「休みの日にすまないね。2日後の来客のための準備は進めているかい?シャアロックホウムズさんだ。くれぐれも失礼のないようにだな」

「あーあの名探偵の‥」

「何を言っているんだ?取引先の社長さんじゃないか。寝ぼけているのか?また明日詳しい話を聞くからな。一回頭を整理しておきなさい」

次の日、薬の効果がきれている

「明日にはシャアロックホウムズさんが来社する。真っ赤なバラを20本、壺にいれて等間隔に並べろ。壺の表面は黄色に塗るんだ。あとは部屋の真ん中に魔方陣をかけ。それから‥」

いそいそとした口調で回りの人間に指示をだし、自分も作業にとりかかる。生きて働くという事は、楽しいものだ。

Concrete
コメント怖い
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ネタバレ注意
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何故そうなっているのか理解し難いところに恐怖を感じるので、個人的にはとても怖い作品だなと思いました(*'.'*)
次回の作品も楽しみにしております‼︎

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