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日常怪談「目覚まし時計」

中編4
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日常怪談「目覚まし時計」

俺はここ数日で三度も、目覚まし時計の音について苦情を受けている。

一度目は一昨日の夜。仕事から帰ってきたら、アパートの部屋の前におっさんが立っていた。

その人の顔には見覚えがあって、俺は「どうされましたか?」と話しかけると、

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「どうもこうもないよ。お宅の目覚まし時計がうるさいんだよ」

と怒りに震えていた。

今朝アラームの解除をし忘れたのかと思い、俺が素直に謝ると、彼は幾分か表情を和らげて、隣の部屋に帰っていった。

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二度目は昨日の夜。仕事から帰ってきたら、前の日と同じように、部屋の前におっさんがいた。

その顔はすでに、怒り心頭である。

「今日も、お宅の部屋から目覚ましの音が聞こえたよ」

なんでも、30分ほど鳴り続けていたらしい。

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今朝、俺は間違いなくアラームを解除したはずだが、もしかしたら勘違いだったのかもしれないと思い、ここでも素直に謝った。

彼もまた以前と同じように、表情を和らげ、いかにも満足げな様子で隣の部屋に帰っていった。

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三度目は、今日の夜。つまり、今さっき仕事から帰ってきた時のことである。

今日も、おっさんは俺の部屋の前に立っていた。

しかし、昨日までとは違って、俺には秘策があった。

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俺は今朝、目覚まし時計の電池を抜いてきたのだ。

そうであれば、たとえ解除をし忘れていてもアラームは鳴るはずがなかった。

三度目の正直。ついに俺は謝らずに済む。

それどころか、逆に浅はかな嘘をついたことを、おっさんが俺に謝罪するのだ。

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そして、俺は和やかな表情で、「本当に俺の部屋からですか?」と尋ねて事情を説明した。

しかし、おっさんの反応は、俺の予想を裏切るものであった。

「嘘をつくな!お前の部屋から、大音量のアラームが聞こえたぞ!」

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今更だが、こいつは頭がおかしいのだと思った。

また、これ以上彼と口論して、他の住民が警察に通報でもしたら面倒だと考えた俺は、潔く諦めて謝ることにした。

俺が謝っても、彼はいつもの和やかな表情にはならずに、いかにも不満そうな態度で、隣の部屋に吸い込まれていった。

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そして今、俺はとりあえず警察沙汰にならなかったことに胸を撫で下ろしていた。

そのあと、ある程度落ち着きを取り戻してくると、このアパートに越してきた初日に、上下左右の部屋の住民に挨拶した時のことを思い出した。

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彼の顔に見覚えがあったのも、その時に一度会っていたからだった。

あの時は、温和で心優しい人だという印象を受けたはずだが、今となっては自分の記憶違いなのだと思った。

しかしもうひとつ、俺の記憶には疑問があった。

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俺の記憶では、彼は隣ではなく、上の部屋に住んでいるはずだった。

いつのまに、隣の部屋に移ってきたのだろうか。

それとも、やはり俺の失念で、もともと隣に住んでいたのかもしれない。

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どちらにしろ、俺は仕事の疲れと彼から受けたストレスによって、猛烈な眠気に襲われた。

そして風呂などの最低限の用を済ませて布団に入った。

いつもの習慣で目覚まし時計のアラーム機能をオンにすると、俺はすぐに、眠りに落ちていった。

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翌朝、アラームの音で目が覚めた。

時計上部のボタンを押してアラームを止め、大きな伸びとあくびをした。

布団から出て、洗面所で顔を洗う。

昨日の疲労感は、すっかりリセットされている。

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俺が目覚まし時計を利用し始めたのも、スマホの目覚まし機能では目覚めがよくないことがきっかけだった。

小学生の頃からずっとアナログの目覚まし時計に慣れ親しんできたからか、それでないと1日のスタートを切った気がしないのである。

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時計のボタンを勢いよく押す感じは、なんだか自分に喝をいれているみたいで、それもよかった。

あとは、時計の針の小刻みに震える音も、睡眠導入剤として自分には有効に働いていた。

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ただひとつ、欠点としては、アラームの音量の調整ができないことが挙げられた。

そこで俺は、今朝はまだ目覚まし時計の電池を抜いていないことを思い出した。

頭のおかしいおっさん相手には無意味かもしれないが、一応できることはやっておこうと思った。

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俺はなぜか焦る気持ちを隠せず、小走りで寝室へと向かった。

そして、目覚まし時計を手に取って後ろのカバーを外した時、俺はくわえていた歯ブラシを布団の上に落としてしまった。

乾電池のあるはずの空間には、何もなかった。

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ふと、枕元を見ると、昨日の朝に抜いたままの乾電池がふたつ、転がっていた。

チクタクと規則正しい音は、相変わらず朝の静かな空間に響いていた。

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