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中編7
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「タバコ」

「タバコを吸えば寿命が吸われる」とはよく言ったもので、タバコが体に有害であることを端的に伝えている。

「タバコは百害あって一利なし」という言葉も有名ではあるが、それを吸うことで快楽を得ている以上、「一利なし」と言ってしまうのはどうかと思ってしまう。

やはり私には、「吸えば吸われる」の方がしっくりとくる。

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…もし、その言葉の通り、本当にタバコが私たちの寿命を「吸っている」としたら。

面白いかもしれない。そう思って、とりとめもない思考にペンを走らせた。

ヘビースモーカーの私の口からは、ゆらゆらと煙が吐き出されていた。

その煙は、いまではほとんど見かけなくなった、喫煙席のあるレストランの排気口へと吸い込まれていった。

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都会の雑踏に無関係な道の端に、体の半分を吸われた一本のタバコが落ちていた。

人間はタバコを1本吸うと、約5分ほど寿命が縮むらしい。つまり、単純に考えると、その半分を吸えば2分30秒、人は死に近づく。

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しかし、タバコの世界では時間の単位が違っていた。彼らの中では、人間にとっての1分は1日に相当した。

一方で、その体感はまるで24時間、つまり人間が1分を過ごす間に、彼らは1440分もの密度の時間を感じているのである。

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そして、先程捨てられたタバコは、約2日半の制限付きではあるが、人間から吸い取った分の生をうけた。

さて、そのタバコは考えた。

「自分には、何ができるのだろうか」

酒やギャンブルと同等に扱われるタバコは、実は真面目な性格なのであった。

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彼は自分の生の終わりを知っていて、そうであるならばその使い方を、少しでもよいものにしたいと考えていた。

しかし、いくら考えても埒があかず、彼は煙混じりのため息をついた。

彼は一度捨てられたタバコだから、再び人間に吸われることはないだろう。

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つまり、もうこれ以上寿命は伸びないのだ。

それならば、まずは経験を積んだその道の先輩から、よりよい生き方を訊くのが賢いだろうと彼は考えた。

自分で考えることだけが思索ではない。彼がこれにたどり着いた時、すでにタバコ時間で2時間が経過していた。

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運のいいことに、彼の近くにはぼろぼろのタバコが落ちていた。

話しかけると、そのタバコはAと名乗った。

なんでも生を受けてから今日で4日目らしいが、その間に自らの名前まで決めていることに感銘を受け、彼は一瞬にしてAのことを信頼した。

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「儂の話は、ちと難しいぞう」

Aはぱっと見タバコなのかわからないくらいの、短い体をくねらせて彼の方に向いた。

そして、まるでタバコの吸いすぎかというくらいの、しゃがれた声で命の如何やについて語りはじめた。

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「儂は他のタバコどもに比べれば、随分と長く生きた方だろう。

しかしそれでも、よりよく生きようとするには短すぎた。

儂はこの4日間、努めて真面目にこの世界について考えた。

踏まれても、蹴られても、めげなかった。

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でも今となっては、真面目に生きるよりも、もっと楽しんで生きた方が有意義だったと思うのだ。

お前さんは儂よりも、長くは生きられないだろう。

しかしそれだけ、短くも激しい生を全うできる可能性に満ちている。

まるで火花のように。燃えろ、燃えろ!

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儂らはたとえ生を受けたところで、いつまでも"タバコ"であることを忘れるな」

そしてAは息絶えた。

「燃え尽きた」と言った方がいいような、安らかな死に顔だった。

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彼は深くお辞儀をして、Aの話を間に受けて考えた。

自分はAよりも長く生きられないのだから、真面目によりよく生きようとする必要なんてないと思ってしまった。

そうであれば、「楽しく生きる」とはどういうことなのか。

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そんな疑問にうんうんと唸っていると、突然、人間の指が彼の体を掴んだ。

もしや吸われるのか?一瞬抱いた期待は、大きなゴミ袋を見てすぐにひっこんだ。

しかし彼は人間の指から滑り落ちて、側溝の蓋をかいくぐって下水へと落ちた。

それは幸運といえようか定かではないが、少なくとも捨てられる運命は免れたようだ。

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彼は着水と同時に「じゅっ」という音を聞いた。

人間が彼を離したのも、彼には少しだけ火が残っていたからであった。

それから彼はゆらゆらと流されていると、やがてゴミの溜まった淵のような場所にたどり着いた。

そこには、自分と同じくらいの若いタバコがいた。

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その若いタバコはBと名乗った。しかし、Aの時みたいに、彼はBのことを信頼することができなかった。

Bは下水で濡れた体に砂をまぶして、奇妙な踊りを繰り返していた。

どうやら、Bはそれをカッコいいと思っているらしかった。

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彼の言い分はこうであった。

「よお、兄さん。どした?そんな暗い顔して。この世の中、生を受けたからには楽しく生きなきゃ損、損。

楽しいことは、身の回りにいっぱいあるぜ。みんな、それに気づいていないだけ。

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どうせ兄さんも俺と同じ、2日くらいの命だろ?それなら、ひたすらに楽しんで、燃え尽きて、ハイになろうぜ!」

そしてBは一緒に踊るよう彼に手招きをしたが、彼はその誘いを丁重に断った。

萎えた表情をするBを尻目に、彼は再び下水へと落ちて流された。

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流されながら、彼は生き方について考え直した。

彼は、Bのような生き方を決してカッコいいとは思えなかった。

それは、自分だけが楽しめばいいような、自分勝手なものであるように思えたからだった。

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Bは踊りながら喋るので、体についた砂を幾度となく彼に飛ばしてきたが、全然気に留める様子はなかった。

そんなBは、むしろカッコ悪いとさえ思ってしまった。

彼は、「楽しく生きる」ことの本当の意味がわからずに再び唸りながら、かなりの距離を流された。

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いつのまにか開けた場所に出た時には、すでに1日が経っていた。

そこでは、何人かの人間たちがせっせと働いていた。おそらく、下水の処理をしている者たちなのだろう。

彼は水の勢いが増すカーブに耐えきれず、下水から弾き飛ばされて床に落ちた。

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彼は人間に踏まれまいかドキドキしながら過ごしていると、しばらくして、上から何かが降ってくるのに気づいた。

その物体はちょうど彼の上に落ちて、大した音もせずに床に転がった。

それは、彼にとって見慣れないものであった。

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それにもかかわらず、なぜか同類のような仲間意識を感じとってもいた。

それもそう、上から落ちてきたのは、ズボンのポケットから滑り落ちた電子タバコなのであった。

そいつはCと名乗ると、助けてもらったことを丁寧に詫びた。

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「お礼と言ってはなんですが、ここでひとつ、私がこの世界について知っていることを、あなたに教えて差し上げます」

なんでも電子タバコは、普通のタバコに比べれば極端に長く生きられるらしい。

Cの丁寧な態度も、長く生きた貫禄からきているのだと彼は思った。

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「私がこれまで生きてきた中で得たものは、この世の中は腐っているという諦めだけでした」

彼の口調は相変わらず丁寧だが、その語気には力強い何かが含まれていた。

彼は続けた。

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「この世の中は、偏見で満ち溢れています。人々は、信じたいものを信じて、信じたくないものには目をつぶります。

タバコの煙ひとつとってもそうです。たしかに、タバコの煙は人間にとっては有害です。

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しかし、本当に悪いのは、煙そのものではなく、その煙をなんとも思わずに平気で人に迷惑をかける人間なのではないでしょうか。

火のついたタバコを平気で路端に捨てる人。禁煙とわかっている場所で吸ってしまう人。歩きタバコをなんとも思わない人。

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かくいう私、電子タバコは、そんな人間の身勝手さから生まれました」

そこまで言った時、上の方から「あった」という声が聞こえると、次の瞬間にCは人間に連れ去られてしまった。

かすかに漂うCの残り香を嗅ぎながら、一人残された彼は、いよいよ生きるということがわからなくなった。

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この不条理な世の中で、真面目に生きるのも馬鹿らしく、楽しく生きるとはどういうことなのかもわからない。

不貞腐れた彼は、大きなため息をついて、

「やってらんねえなあ」

とつぶやいた。

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そして、近くに落ちていた新品同然のタバコを見つけると、彼はまるで本能が求めるようにそれを吸った。

新品のタバコはだんだんと短くなり、半分くらいまでなった時、自我が生まれた。

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「私に命を与えてくれて、ありがとう」

まだ名前のないそのタバコは、彼にそう言うと駆け足で去っていった。

その様子がなんだかとても楽しそうで、彼ももしかしたらそのように生きられるかもしれないと思った時、彼は自分の中の灯火が、すっかり消えてしまっていることに気づいた。

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彼は最期に、誰かにではなく、「こちらこそありがとう」とつぶやいた。

そして彼の一生は、誰にも気づかれない部屋の隅で、終わりを告げた。

・・・・・・

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我ながらに、おかしな話が出来てしまった。

レストランはいつの間にか家族連れで混んでいて、喫煙席の自分はなんだか隅に追いやられているような気持ちになった。

一方で、私の心は随分と開けているようにも思えた。

目の前の家族が食事を楽しんでいるのを、さっきとは違う目で見ることができるような気がした。

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私は自分で作ったこの話から、決して何かを得たわけではなかった。

しかし、何かを失ってしまったということに、気づくことはできた気がした。

ヤニに汚れた壁も、もとは真っ白であるように、私は大人になって汚れてしまったのだ。

そして私は新しい箱を開けると、そのうちの一本をいつもよりも丁寧に吸った。

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ぷかぷかと浮かぶ煙は、どれもはかなく消えていった。

その味は、いつもよりも苦い気がした。

それと同じくらい、甘い気もした。

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