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短編2
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「印鑑」

ここが最後のアパートか。配達員の俺はこの日最後の任務を完了するべく、アパートの階段を駆け上がった。

受取人の名前は伊藤といった。名前からして女性のようだ。

俺は住所欄から部屋番号を確認し、彼女の部屋の前に立った。そしてチャイムを押すと、すぐにドタドタと賑やかな足音が近づいてきて、ゆっくりとした動作でドアが開いた。

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「ご苦労様です」伊藤というその女性は、俺の顔を見てにっこりと笑った。

正直俺のタイプにドンピシャで、思わず顔がにやけてしまう。しかし配達員として、そして男として、平然を装いこう言った。

「宅配です。ここにサインか印鑑をお願いします」

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すると彼女はポケットから印鑑を取り出した。準備がいいなと思って彼女を見ていると、「ポケットにシャチハタを入れとくのが習慣なんです」と照れ臭そうに笑った。

その笑顔にまたも心揺さぶられたが、俺はふと、彼女から何か望ましくないにおいを嗅いだ。

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それは鉄のようなにおいで、俺は無意識によからぬ想像をしてしまった。しかしその想像はあながち間違いでないようにも思えてしまった。

なぜなら彼女の着ている長袖のブラウスの袖に、赤い染みがついていたのだ。

そういえば少しだけ見える部屋の中も、不自然に散らかっているような…。

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そこまで考えた俺は、彼女の声で現実に戻された。

「お暑い中疲れたでしょう。お茶でも用意しましょうか?」

いつもの俺なら躊躇なく飛びついていたが、彼女から漂う鉄のにおいが俺にその提案を断らせた。

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「すいません、仕事中なので」

「あら、残念です」

そして荷物を渡すと、俺はそそくさと部屋の前から離れた。彼女は俺が見えなくなるまで、ドアを開けたまま見送っていた。

その顔は相変わらずの笑顔で、それを見て俺はさっきまでの考えはすべて思い違いであるような気がした。

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彼女が、強盗なわけないよな。

少し落ち着きを取り戻した俺は、階段の途中で、サインの確認を怠ったことを思い出した。

俺は手元の用紙に目を移した。

印鑑の名前は「山下」だった。

Concrete
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