短編2
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蠢くモヤ

学生のここなさんの家は地主で、高祖父の代から地域で頼られる存在だった。家族は住民に困った事があると相談を受け、快く話を聞いていたそうだ。そんな家族を見て、ここなさんは幼い頃から誇らしく感じていた。ただ幼い頃に時折、不思議な事があった。

祖父がふとした時に、誰もいない玄関の前に立っている。彼女は不思議に思い、祖父に話しかけた。すると「お前も、もう少ししたら分かるよ...」そう答えるだけだった。それからしばらくして、父が同じように玄関に立っていた。玄関の扉は開いている。しかし玄関には誰もいない。日も落ち、目の前の庭は暗闇に包まれている。父の顔を見ると何とも切ない顔をしていた。その表情を見て、ここなさんは声をかける事が出来なかった。翌日、祖父と父は喪服を着て何処かへ出かけて行った。その時、彼女は前日の父の表情と、出かけた先に関連があるとは露も知らなかった。

そして、ここなさんが高校に入学した頃に不思議な事が起きた。彼女が家で1人留守番をしていると、「ピンポーン」と玄関前のチャイムが鳴った。インターホンモニターを確認するが誰もいない。不思議に思い、玄関に向かい扉を開いた。すると誰の姿もない。しかし、足元に何か気配を感じた。反射的に足元に視線を向ける。するとそこには黒い煙のようなモヤがモゾモゾと蠢いていた。音も発せず只々、芋虫が頭を上下に動かす様に蠢くだけだ。扉を閉めようとするが、その気持ち悪さに腰砕けしてしまう。黒いモヤは玄関前から動かない。そして何も発する事もなく、モヤは散り散りとなり空へ上がり消えていった。

ここなさんは扉をすぐに閉め、ヨタヨタとリビングに戻った。すると両親が戻ってきた。彼女が動揺しながら先程の出来事を話すと、父は「お前も見える様になったか。認められた証拠だよ」と答えた。その日、祖父と父にあの黒いモヤの説明を受けた。あの黒いモヤは地域の住民の誰かだと言う。この話の最初に説明した通り、ここなさんの家系は地域の地主だ。高祖父の時代から黒いモヤは、決まって家の主や直系の血筋の人間の前に現れた。ただ幼い時期には見えない。大人になってからだ。これがここなさんの家での成人の証だった。そして黒いモヤは決まって、地域の住民が亡くなって現れる。

祖父や父曰く、黒いモヤは亡くなった住民の魂だと言う。お世話になった地主の家に現れ、挨拶に来る。まるでお辞儀をしている様に。時に親しい関係の人間も現れる。ここなさんは納得した。翌日、懇意にしていた近所の幼馴染が事故で亡くなったと言う訃報が入った。以前、父が見せた表情には意味があったのだと理解した。今でも時折、チャイムが鳴り玄関の前に黒いモヤが現れる。ここなさんの前でお辞儀をするようにモヤは蠢いているそうだ。決して玄関より先には入らない。そして必ずその後に誰かの訃報が耳に入る。

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