トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、Aさんの話です。
大した話じゃないんですけどね、トイレに行きますとね、音が聞こえてくるんですよ。ぎゅぅ~~~って絞る音がして、もうここまでかなって感じになって、ぎしっ、ぎしっ、ぎしって音になるんです。
大きな音じゃありません、(あ、聞こえるな)ってくらいです。
ユニットバスとか小さなお店の兼用トイレだと、通風口当たりから聞こえてきます。公衆トイレとか大きな商業施設のトイレのように個室がいくつも並んでいるトイレだと、個室の一つ一つから聞こえてきます。
そういうところの複数の音はそろってはいません。柱時計がたくさんあってカチコチする音がばらばらに聞こえるように、ぎしっ、ぎしっという音もばらばらに、それぞれに聞こえます。
私は誰かとトイレに行くことはないですが、たまたまその場にいた人は、聞こえる人と聞こえない人がいるみたいなんです。でも聞こえて(あれ?なんか聞こえる)という人と、別に気にしない人なのかもしれません、それは聞いてみたことがないので解りません。まあ個室に振り返る人と何の反応も示さない人とに分かれてはいるんです。
それはどうでもいいんですよ、私も聞こえ始めたときは何回か個室の中を確認してみたんですが何もなく、なんで音が聞こえるんだろうなぁと不思議に思いましたが、それで何か起こったわけでもなく、ただ音がするだけですからね、
それはどうでもいいんですよ。
すいません、実はあなたに聞いてもらいたい話って、本当は「トイレには行かない方がいいんじゃないかないか・トイレにまつわる異聞シリーズ」とは関係ないんです。でもそれじゃ悪いから、変な音が聞こえてくるのは本当なんで話しましたけど、そうじゃない話もオマケとして聞いてください。
(とノートを取り出して)
私は本当の親を知らないんです。
高校を出るとき「もう話してもいいだろう」と育ててくれた両親がかしこまった席を設けてくれて教えてくれたんです。
「私たちも詳しくは知らない、お前を頼んできた役場の人から、解っている範囲のことだけを教えられたんだ。
お前は幼い頃、父親と二人でT地方を旅回りというか、お大尽の宴会に顔を出して、話をして祝儀をもらって生計を立てていたそうなんだ。
母親はもういなくて、その父親も本当の父親なのか、その男の人も育ての親なのか解らない、とにかく幼いお前と男の人が二人でTの各地を廻っていたんだそうだ。
その宴会で何を話していたのか、詳しい内容は解らないんだけど、評判は結構高くて、幼いお前が何かキセキを見て、それを話すと聞いたお金持ちたちがとても感心して、かなりの大金を出していたんだそうだ。だからお前たち親子は家を持たず、宿から宿へ、宴会から宴会を歩き回って、学校には行かないけどそれなりの生活ができていたそうなんだ。
役人の中にはその話の内容を知りたがった人もいるんだけど、客のお金持ちを特定できなかったり、主賓のお大尽も掴まらない、なんとか見つけても話したくないと教えてもらえないとかで、結局評判のことしか解らないんだそうだ。
それで「キセキを話した」というのも〝奇跡〟と〝奇蹟〟では意味が違うし、よもや人の生き死にの〝鬼籍〟でもないだろうけど、普段生活しているぶんには見ることができないことを見て、それを話したんだろうな。
それが嘘なのか本当なのか、夢なのか幻なのかも調べようがない、お大尽も本当だと思ってお金をだしたのか、お前が可哀想だと思ってお金をだしたのか、それも解らない。
で、それよりも大きな謎は、お前の父親が、お前を連れていた男の人が突然自殺してしまったんだ。
大騒ぎになってみんな「子どもは大丈夫か!」と探し回って、押し入れの中で寝ているお前が見つかったんだけど、そのときのお前は何もかも忘れてぼぉっとしているだけだったんだそうだ。
それでまた役所の人たちが動いて、お前がうちに来ることになったんだが、お前、今も昔のことを何も覚えてないだろ?
うん、いいんだ、覚えてないことはしかたがない、それはいいんだけど、気にする人ってのはいるもんで、
父親が自殺したからお前がショックを受けて記憶をなくしたのか、お前が記憶をなくしたから父親が自殺をしたのか、どっちだろう?と考える人がいて、やっぱり解らない。
お前が見たというキセキが本当にあったとして、その父親は関わっていたのかなぁ」
ってことらしいんですけどね、どうなんでしょうねぇ、トイレで変な音が聞こえることと、ぼくが見たらしいキセキって、何か関係あるんですかね?
……私はどうしても、「お父さんはどういう方法で自殺したんですか?」と聞くことができませんでした。
作者吉野貴博