中編3
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ひび割れる窓

お笑い芸人を目指していたS。今でこそ芸能界では、事故物件に住むことがネタになっている。しかし、当時はそんな事が話題になるとは予想もしなかった。Sは大学卒業後、就職をせずお笑い養成所に通っていた。親の反対を押し切り、芸人を目指す。当然、援助などもない。親不孝者だと父親に罵られ、半ば強制的に実家を追い出された。仕方なく再出発の場所を決める事にした。幸運にも、ふらっと入った不動産屋が格安の物件を紹介してくれた。

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そこはボロアパートでも何でもない、普通のワンルームの部屋だった。風呂もトイレも付いている。芸人志望の貧乏人が住むには勿体ない。安さの理由を聞くと、不動産屋は「芸人志望なら話のネタになるかと思います」とニヤけながら話した。Sはその言葉を聞き、詳しい話も聞かずに入居を決めた。それが不運の始まりだった。それは引越し初日から始まった。

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疲れのためか、荷物の荷分けも程々にし、布団を敷いた。そして電気を消し、眠りにつこうとした。眠っている後ろには窓がある。窓からは車が走る音だけが響いている。段々と意識が途切れていくと、急に何者かが窓ガラスを「バン!」と叩く音が聞こえた。Sは驚き、飛び起きた。音がした窓を見ると誰もいない。窓には小さなヒビが入っていた。不動産屋に貼り替えてもらったばかりだった。

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Sは「誰かの嫌がらせか..」と感じたが、すぐに不動産屋が言っていた事はこれだったのだと理解した。住んでいる部屋は2階だ。窓の外は建物もない。外から窓を叩くのは不可能だ。Sは怖さよりも、このような不思議な体験をして、話しのネタになる事に興奮した。翌日、友人を招きその話をした。友人は「何だ面白そうだな。今日はこのまま泊まらせてくれよ」と答えた。

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二人で酒を飲みながら盛り上がる、何時頃だろうか。酔いも進み、二人して雑魚寝しながらウトウトしていた。すると昨日と同じ「バン!」と窓を叩く音がした。2人は飛び起き、窓を見た。やはり誰もいない。電気をつけ、窓を確認すると昨日より窓ガラスのヒビが広がっていた。

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友人は「本当に起きたな...」と話し、先程までの勢いが無くなっていた。そして続けて「ここやばいんじゃないか...」とも話した。Sはそれでもネタになるから大丈夫だと強がりを言った。翌日から一人の生活が本格的に始まった。

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バイトから帰り、布団の中に潜る。深夜、やはり窓を叩く音が聞こえる。窓ガラスは少しずつヒビが広がっている。どんどん不安になり、ガラスにテープを貼り、ヒビが広がらないようにした。しかし、毎晩窓は叩かれる。そしてヒビは大きくなる一方だ。もう少しで窓は割れ、砕け散るかもしれない。

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怖さよりも、好奇心。いや話しのネタになるかもしれない期待が上回る。「窓を叩く誰かを見てやろう。犯人を突き止めてやる」Sは心に決めた。夜中、暗い部屋で布団にくるまり、じっと窓を眺める。カーテンを開け、街灯の光がうっすら入る窓を見つめ続けていると、視界に何かが入り、「バン!」と音が大きく鳴り響いた。それは一般の大人の数倍以上ある掌だった。掌は窓ガラスを覆い、部屋が一瞬真っ暗になった。そしてガラスは一部割れ、床に飛び散った。

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翌日、Sは部屋を出た。私は何故出て行ったのか?彼に尋ねた。彼は「好奇心より恐怖が勝りました。あの掌の大きさは人ではありません。ガラスが一部割れ、大きな男の顔が隙間から覗いていた。全て割れたら、きっと入り込んで来ましたよ。」と震えた声で答えた。

ガラスを貼り直しても、きっとまた現れる。

その大きな男の顔は、まるで自分達が虫かごに顔を覗かせている時の様な、好奇心溢れた表情をしていたそうだ。入り込まれたら何をされるか分からない。きっと虫けらの様に扱われる。Sはそう思い部屋を出る事にした。

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彼は話しのネタを得たが、お笑いの才能がない事に気づき、今では飲食店で働いている。客に時折、この話をすると、多少怖がってくれる。

怖がってくれるなら体験した甲斐があったと、

彼は笑って話した。

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