中編3
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握ってくれた手

マンションの一室の四畳半、大小それぞれ1枚の布団を敷いて、私と母と妹の順に川の字になって寝る。

初めに妹、次に私、母の順に眠りに落ちるのが我が家の常だった。

その時期の私は受験やら何やらで、学校から帰っては爆睡することを繰り返していた。

そんな日。

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眠りに落ちたはずなのに意識が覚醒した。が、体が窮屈で動けない。

金縛りだった。

疲れからの金縛りは何度も体験した。

けれど体が思うように動かない感覚は慣れない。 

いつも通り、瞼を上げられないまま、じくじくとした焦りと恐怖を感じた。

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怖さを紛らわすために縋る先を探す。

母が隣で座っているのは目を閉じていても気配で分かっていた。

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助けて欲しい。

もう嫌だ、抜け出したい。

辛い、苦しい、生きづらい、苦しい、苦しい。

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胸元の上で、自分の体を抱くように腕を交差させていた私の右手に感覚があった。

握る。

左手にも感覚があった。

握る。

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じんわりと掌に広がった熱に、体から力が抜ける。

人肌は好きだ。この温かさが好きだ。

目を開ける。

母はやっぱり隣にいた。

…こちらに背を向けてスマホをいじっていたけど。

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は、と息を吸っているのかも吐いているのかも分からないまま、ただ呼吸音が聞こえた。

手を動かさず、ぐ、と頭を上げて自分の手を見る。

何も握っていない。

けれど、さっきまで握っていた感触が残っている。

掌に感じた熱はまだ冷めない。

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「ねぇ、今、手握ってくれたよね?」

母の背に聞いた。

「まだ起きてたの?」

寝てたんだ、でも今起きたんだ、ああ今はそんなことは何でもいいんだ、私の手握ってくれたよねと返事を急かす。

「はぁ?握ってないけど」

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でも、でも握った感触があったんだと伝えても、こちらが望む反応は返ってこない。

けれど、隣にいた母が悪いものを感じていないならいいだろう、大丈夫だ、と思った瞬間、眠気が襲ってきた。

こちとら受験に悩める高校生だ、そのまま寝た。

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数日後、母と妹と食事に行く機会があって、改めてその話をした。

「お姉ちゃん、寝ながら泣いてたりとかするもんね」

妹はさらりと言った。けれど初耳である。

自分の寝言で起き、悪夢で起きている経験がある私には信じ難かった。

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「でも誰か握ってくれたんだってば、こう寝てて、右手にはこう、左手には…」

その手をどう握ったか、私はその時はっきり覚えていた。

相手の親指を握り込んで、残りの4本の指はこう伸びて…と実際に妹と母の手を使って再現して、はたと気づく。

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どちらも右手だ。

私の両手は、どちらも右手を握っていた。

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「誰か握ってくれたんじゃないの」

母が揶揄うように言ってくる。

「まじか…」

あんなにはっきり握ったのに、と手を動かす。

しかも握った手の両方が右手である。

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驚きと不思議さとで頭はいっぱいだ。

ぐるぐると頭をこねくり回しても答えなんて見つかりやしない。

以降、また手が握られることはなかった。

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今でもあの手について不思議に思う。

けれど私はあの時、確かに手を握ってもらった。

握手にしては熱く、気のせいにしてははっきりとした感触を、時々思い出す。

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