私が小学校低学年の頃の話。
その頃は平屋建ての祖母の家に住んでいて、比較的広い家は、私と妹にとっての冒険の場所だった。
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そんな家でも、日当たりが悪いとか、物置だとかの理由で何となく怖い場所がある。
祖母の部屋に続いている、長い廊下のその奥も怖い場所の一つだった。
突き当たりにお手洗い、押し入れ。その横に祖母の部屋があるのだが、部屋は良くてもそのお手洗いと押し入れがどうしてもダメだった。
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狭い物置、広い物置、離れの物置。
妹と2人で冒険とかくれんぼ、鬼ごっこを繰り返す中で、怖くてもどこにでも入り込めた勇気と小さな体は、その廊下の突き当たりにだけは行かなかった。
祖母の部屋に行くときは、全速力で走って行ってその部屋に篭るか、早々に走って戻った。
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決定的な出来事があったのは立春の前日、節分の日。
大豆が大好きは私は、いつも通り豆まきをする前からぽりぽりとつまみ食いをしていた。
笑われながら、さぁ行こうかと祖母に連れられて豆を撒きに行く。
豆まき中もつまみ食いは忘れない。
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物置、洗面所、台所。
四畳半、仏間、子供部屋。
そして件の廊下に向かった時だった。
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奥に何かいる。
突き当たりの、ちょうどお手洗いに入るための曲がり角から、黒い大きなモノが半身を覗かせていた。
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子供ながらに、まずい、と感じて廊下に進もうとする祖母を止める。
「鬼、鬼がいるよ」
鬼としか考えられなかった。
保育園時代、先生が仮装した鬼に大泣きしていた記憶があったけれど、泣くどころか近付きたくない一心だった。
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多分人の形をしていたと思う。
けれど人にしては体格も良く、天井までその頭が届いていた。
…その体が、何か、どういうわけか蠢いている。呼吸するように、心拍を刻むように。
ぞわぞわとした恐怖が背筋を撫でて、涙目になったのを覚えている。
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祖母は子供の冗談か、現実と空想の区別がつかなくなったんだと思ったらしい。
「そう?じゃあちゃんと豆まきしようね」
と、しゃがんで目線を合わせてくる。
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豆を掴み取る。
廊下に向かって、そこに近づいて投げようなんて思えなかった。
もしこの豆がアレに当たったら、と想像すると怖くてたまらない。
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お願いだからどこかに行ってくれますように。と必死になって廊下の手前に豆を撒いた。
黒いモノは動かない。
ただそこに立って、こっちを見ているだけだった。
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奥には祖母の部屋があったけれど、祖母は怖がる子供を無理に連れて行くことはなかった。
穏やかに手を引かれ、その場を去った。
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その後、あの鬼がどこに行ったかは分からない。
今でもあの廊下の奥は苦手だ。
作者芽衣
昔話。みっつめ。
ああいうのを見たのは初めてのことだったので、今では祖母が思ったように想像と恐怖が混ざったのかなとも思ってます。
11月1日、誤字修正。
11月3日、表記揺れ修正。