同じ日の夕刻、大神家に一本の電話が入った。
大神遊人(おおがみゆうじん)は、電話の相手と何やら深刻な話をしている。
「…そうか、わかった。そろそろだとは思っていたが、よりにもよってあの場所でとはのう。くれぐれも他の生徒や教員などには見つからんように、なんとか上手く眠らせてここまで運んでくれるか?頼んだぞ気水」
遊人は受話器を置くと、真正面に座る遊平に向き直った。
「お父様。遊輔が?」
「ああ、墓地でな。遊輔は学校で何かを見たのかも知れん。ワシもお前もそうじゃったが、何かよほどの事でもない限りあの姿になる事はまずない。遊輔が学校を休みだしてから何か怪しいとは思っておったが…」
「まさか、マリアの墓に気づいたんじゃ?」
「うむ、それもあるかも知れんがの」
父、遊人はここ最近、遊輔の事を気にかけていた。
父も私も、自分が狼一族の末裔だと知らされたのが、ちょうど今の遊輔の年頃だったからだ。
思春期の血がたぎるこの時期に、大きなショックを受けたり、私たち一族が好む魅惑的な匂いを発する異性に出逢ってしまうと、自分の意思とは関係なく発症してしまう。
発症という表現が適切かどうかはわからないが、少なくとも私たち一族の誰もが望まない症状なのは確かだ。
赤い満月を見ると体が狼に変化するなんていったいどこの誰が望む?望むわけがない。
父が言うには、これは明治ごろに我が一族へかけられた呪いだと云う。
「遊平、気水が言うにはマリアの墓が掘り起こされていたらしい。おそらくあの校長の差し金だろうが、遊輔ももうしっかりと鼻の効く年頃じゃ。あの墓にマリアの匂いを感じたのかも知れん」
「校長?校長がなぜ見ず知らずのマリアの墓を掘り起こすんですか?」
「ん?おお。おまえには校長が誰かまだ話しておらんかったか。今現在の鳳徳学園校長はロビン・ウィルソンだ」
「ロビン・ウィルソン?!」
私は心臓をえぐられた気がした。
ロビン・ウィルソンとは、私の元妻、マリア・ウィルソンの父だ。
遥か昔、私がこの血筋だと気づいた時、父、遊人は言った。
「ワシら一族にかけられた呪いは何代続くかもわからん。せめて血を薄め続ける事により、この先、我が子達への呪いは少しでも薄まるやも知れん。よってワシは日本人同士で子をつくるよりは、別人種との子をつくる事を選んだのじゃ」
父はそう言って、私が一度も見たことの無かった母の写真を見せてくれた。
母は、イギリス人だった。
そしてこの時、母の死についても話してくれた。母は私を産み落としたと同時に亡くなっていた。
私たち一族の血を体に宿したものはその時点で死へのカウントダウンが始まり、子を産み落とした時点で死ぬ。つまり、大神一族には代々、女性は生き残れない運命なのだ。
私はそれを知って、日本人を妻にするのは諦めざるをえなかった。
そんな私がマリアと知り合ったのは二十歳の時だった。英会話講師をしていたマリアは私たち一族と似た魅惑的な匂いを放っていた。
日本の女性を避け、周りからは奥手で度胸のない男だと思われていた私が、彼女は逃がすまいと、日々猛烈なアピールを続けた。
その甲斐あってか、マリアは私の気持ちに応えてくれた。
しかし、この結婚に断固反対したのは、マリアの父、ロビン・ウィルソンだった。
ロビン・ウィルソンはあの手この手で私たちの邪魔をして別れさせようと仕向けた。
しかし、もうその頃、マリアの身体の中には遊輔の命が宿っていた。
マリアは誰も知らない街で遊輔を産み落とし、そして、マリアは私の手を握り、涙を流しながら死んだ。
私はこうなる事を知っていながらマリアに子を産ませたつもりだったが、マリアは初めからこうなる事を知っていたような口ぶりだった。
最後の最後までマリアは私と遊輔の事を心配した。
父は必ず大神一族を滅ぼしにかかるから、どうか遊輔を安全な場所に逃がしてくれと、マリアは息を引き取るまでそう繰り返していた。
私は父、遊人の決めた場所で遊輔を育てた。
だが、遊輔が三歳になった時、ロビン・ウィルソンは私の前に姿を現した。
ロビン・ウィルソンが私から遊輔を奪おうとした時、奇しくも空には赤い満月が浮かんでいた。
私は恐怖に慄くロビン・ウィルソンの顔に、呪われた爪を振り下ろした。
ロビン・ウィルソンは殺意に狂う私と遊輔を置いて、仲間の手を借りてすぐにその場を去った。
私は残された出血の量からして、ロビンは死んだと思っていた。
父、遊人もロビン・ウィルソンは死んだと私に言った。だから、私はロビン・ウィルソンがまだ生きていて、更に、遊輔の通う高校の校長だったとはにわかに信じられなかった。
「ワシの父も、ワシもお前も代々、鳳徳学園を出ておる。その理由はその昔、ワシらのご先祖さまが莫大な出資をしてこの学校を建てられたからじゃ。
それぐらいの情報はロビン・ウィルソンの耳にも入っておると思い、遊輔が入学してからはずっと気水に目を光らさせておったんじゃが」
「お父様、ロビン・ウィルソンはいつから鳳徳学園の校長を?」
「たしか、五年ほど前からじゃ。じゃが、マリアの墓があの学校の墓地に入ったのはもっと前。気水が言うには、マリアが死んだ翌年からじゃから、もう一五年以上はあの墓があるという事になる」
「気持ち悪い。ロビン・ウィルソンはいったい何を企んでいるのでしょうか?娘の復讐をするには手がこんでいるし、時間が立ちすぎている」
「うむ。あやつは何か別の形でワシらに復讐しようとしているのかも知れん。
マリアを別の場所に移したのにはなんらかの理由がありそうじゃ。この後、またマリアの棺を戻すのか、それとも違う誰かの…」
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気水百香(きすいももか)
これが今の私の名だ。
もちろんこれは本名ではなく、大神遊人様からこの学校に教員として潜り込むためにつけていただいた名前にすぎない。
私は、いや、私の先祖は明治以前から大神家に仕えてきた家系だ。
私は五年前からこの学校にいて、当時、校長として赴任してきたロビン・ウィルソンの動向を監視している。
遊輔くんがいずれこの学校に入学されるのは決まっていただけに、遊人様にはどんな些細な情報も漏らさず報告してきた。
だが、このロビン・ウィルソンという人間は謎に満ちていた。
顔の半分を白い仮面で隠しており、日中はほとんど生徒の前に姿を見せない。
全校朝礼などは全て放送を通して行い、その内容も明らかに誰かが用意したものをただ読み上げているにすぎなかった。
毎日、校長室には出勤している様子だが、ほとんど外には出てこず、雑用などは全て側近ともいうべき八島弘(やじまひろし)という男が行っている。
八島は教員でもなんでもないのに、なぜか学校の出入りを許されていた。
私はこの八島という男を調べた。
少ない情報からわかった事は、八島は私と同じように、親の代からロビン・ウィルソンの親族に仕えてきたらしかった。
八島は神経質そうな男で、校長以外の人間にはにこりともしない。私が話しかけても、最低限の返事を返すだけだ。
あと、何かの病気なのか、八島の目は赤い。その目に見つめられると身震いがするほどに。
それは校長の片方の目と同じだった。
そんな八島の動きがおかしいと気づいたのは、九月の初めだった。
ある一人の女子生徒をまるで監視でもしているかのようにつけ回していた。
その生徒の名前は、甘瓜美波(あまうりみなみ)
つい最近、都内から転入してきたばかりだ。
私は何か気にかかり、知り合いを伝って調べてみた。すると甘瓜美波は前の学校でストーカー被害にあっていたと知った。
しかも、その時に警察がマークしていた人物は、八島弘だった。
それがロビン・ウィルソンの差し金なのかはわからない。でも、私は彼女がこの学校に転入させるよう仕向けたのは八島ではないかと感じた。
なぜ、私がこんなに甘瓜美波に興味があるのかにはもちろん理由がある。
それは、遊輔くんの甘瓜美波に向ける目が異常だったからだ。
遊人様にその話を伝えると、返ってきた言葉は二つあった。
一つは、甘瓜美波が大神家と同じような獣の血を持っている可能性。もしくはそれと似たような特殊能力を持っている家系。
二つ目は、私の推測どおり、八島はロビン・ウィルソンの指示で、甘瓜美波をこの学校に呼び寄せたのは間違いないだろうという事だった。
遊人様は、甘瓜という名字に何か引っ掛かられたようで調べてみると仰った。
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九月下旬。
私は夢を見た。
それはとても恐ろしい夢だった。
普通、夢と言えば断片的にしか思いだせないがはっきりとおぼえている。
薄暗い廊下の向こう。私の目の先にやたらと大きな男が立っていた。男の周りにはいくつもの火の玉が浮遊していて、男の手には紫色の炎を纏う、鋭利な鎌のような物が握られていた。
男の目の前には鳳徳学園の制服を着た女性徒がいる。
南瓜に似た異様なマスクを被った男は、いまにもその女性徒に襲いかかりそうな殺気を放っていた。
男が鎌をゆっくりと振り上げた時、男の後ろ側に女性徒がもう一人倒れているのが見えた。
全く動かない。もう死んでいるのか。
ゴポゴポと赤い血泡を口から垂れ流し、男から必死で逃げようとする女性徒と私の目があった。
甘瓜美波だった。
「いやーーーー!!!」
彼女のその口からもの凄い絶叫が上がった。
と、同時に、窓の外からそれに負けないくらいの大きな轟音が私の視線を奪った。
今は鳴らない、鳴るはずのない時計塔。
それは私が毎日のように学校で目にしている時計塔。ここが今は使われていない旧校舎だとすぐに気づいた。そして、私の見ているこの景色が鐘が鳴るたびにどんどんと歪み始めた。
目が覚めた時、私はあまりにも生々しいその余韻に震えが止まらなかった。
私は窓から見えるどんよりと曇った空に、数羽のカラスが飛んでいるのを見た。
でもそれが、ただのカラスではないとすぐに気づいて、急いで窓辺へと駆け寄った。
そこには明らかに背中に羽の生えた黒い人間が空を飛んでいた。私はまだ夢を見ているのかと、何度も自分の頬を叩いた。
しかし、それが鳳徳学園に向かって飛んでいるのだと気づいた時、私はまた別の胸騒ぎをおぼえた。
甘瓜美波、遊輔くん、八島、そしてロビン・ウィルソンの顔がぐるぐると頭を駆け巡る。私は居ても立っても居られず、急いで学校へと向かって走った。
灰色に濁った分厚い雲を纏った空は、ゴロゴロと不気味な音を鳴らしていた。
第三話 了
作者ロビンⓂ︎
本作品は、掲示板にて行われている「第四回リレー怪談 https://kowabana.jp/boards/38 」の第三話となります。
第四走者のrano_2様は、10/31(日)に投稿予定です。
第一話 : ゴルゴム13様
https://kowabana.jp/stories/35392
第二話:五味果頭真様
https://kowabana.jp/stories/35416
第三話:ロビンⓂ︎
第四話:rano_2様
https://kowabana.jp/stories/35448
以下、リレーに関する注意事項です。
注1、
本作の趣旨は、有志11名によるリレー形式でひとつの「怖話」をつくることです。
参加者多数のうえ、全体でかなりの長編になりますので、ところによっては怖さが控えめになる場合もあるかと思いますが、あくまで当初の目的としては「怖話」を目指すものであることをご理解いただけますと幸いです。
注2、
本作はアワードの対象からは辞退申し上げます。
また、リレー小説参加者は投稿作品に対して「怖い」ボタンを押すこと、およびコメントを書き込むことはいたしません。
注3、
企画に対してのお問い合わせやご質問につきましては、企画の窓口であるゴルゴム13・ロビンⓂまでご連絡ください。
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