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魅惑の旧校舎(仮) 第四話 (第四回リレー怪談)

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魅惑の旧校舎(仮) 第四話 (第四回リレー怪談)

カア…カア…カア…

「パパ、ママ、見て!あそこ、黒い鳥がいっぱいいる!」

「ああ、あれはカラスだよ」

「なんで、カラスがいるの?」

「守っているんだよ」

「何を?何で?何で?パパ教えて!」

「ふふっ、マリアは知りたがり屋さんね」

「そうだな…ほら、おいで、肩車しよう」

「わああ、高ーい!」

「マリア、よく見てごらん…あれはロンドン塔といって、王様やお姫様の住まいだったんだ。でも、それだけじゃない。武器を仕舞っておいたり、時には牢屋にもなった。とても、とても沢山の歴史があるんだよ」

「カラスは、それを守っているの?」

「そうだよ。飛ぶことは出来ないけど…」

「なんで飛べないの?」

「守り神だからさ。カラスがいる間は、女王も、この国のみんなも平和に暮らせる…その為には、飛んで行ってしまわないように、羽を少しだけ、切らないといけない…」

「…そうなんだ…」

「でもその代わり、お家やごはんを、ちゃんと用意されているんだよ。それに…」

「それに?」

「特別な力がある…僕達と同じ…」

「パパと?何で?どんな力なの?」

「なんだろうね…いててっ、こら、やめなさい!マリアったら…」

「ひみつはだめー!何で何で?教えてパパ!何で~!」

「あらあら、ダメよマリア…」

「ミス・マリア、お父様に乱暴はいけませんよ」

「ヒロ!ヒロもパパにお願いして!教えてって!ねえ、何で?」

何で…?何で…?

どうしてこんなことするの!?私、彼を愛しているの…それに…

あの人との子供がいるの!…

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ギャアッ、ギャアッ、ギャアッ…

「チッ…こんな所に作りやがって」

2週間前から悩まされていた音の正体が、ようやく判明した。

すぐ隣の空き地にある大木の上…しかも私の部屋の窓と同じ位置に、カラスが巣を作っていたのだ。

ギャアッ、ギャアッ、ギャアッ…

金属ハンガーや木の枝で出来た小さな巣いっぱいに、3、4羽の幼鳥が、ザンバラな羽をバタつかせ、醜い声で叫び続ける。

いつの間に孵化したのか…早朝から響くこの忌々しい声のせいで、睡眠時間が削られていた。

苛立ちの沸点はとうに臨界点を超え、彼らの営みを許す、心の余裕は皆無だった。

「マジ、うるさい…!」

部屋の奥に立てかけていた、細長い袋を取り紐を解く。ピンと伸びた弓…その体を横たえ、私は躊躇なく窓に付き出し、押した…

ギャアッ、ギャアッ、ギャ、ギャ!ギャアアア!!!

バサバサ…ガサッ…ガシャン…

断末魔のような音が、響いて消える。

同時に…視界が開け、大木越しに爽やかな風が通る。下を覗くと、木の枝がちらほら落ちているだけで、どうやら本体は、敷地の外側に落ちたらしい。

…これで、やっと過ごしやすくなる。

「カレンちゃん?起きたの?朝ごはん出来たから、降りてらっしゃい」

「…はーい、わかった」

沢カレン、鳳徳学園高校2学年。親の勧めで弓道を習うが、練習に嫌気が差して脱線。その後、友達の誘いでオカルト部に入るも、活動には一度も参加せず、今に至る。

目下、とりあえずの楽しみは…生徒や教師の噂話や、デートの相手探し。

「ねえ、大神君ってまだ学校来ないね」

「失恋の傷、まだ癒えてないんだね~、でも、甘瓜美波って、大して可愛くなくない?」

「私はあなたたちと違うのよ、って雰囲気が超苦手…何考えてるか分からないし」

「ところで、カレンは次どうする?相手」

「ああ、目星は付けてるんだけど…もう一押しかな?外国人なんだけど…」

「…もしかして、『便器』?」

「はぁ?違うよ!…ねえ、校長先生って、いつも何してるんだろうね?」

「さあ…知らない」

「だよね、変なお面したイギリス人って事しか知らない…けど、」

「けど?」

「校長室を出入りしてる男の人は何回か…」

「へえ…先生じゃなくて?」

「多分…なんか、謎だよね」

たまたま偏差値が届いたのと、制服が可愛いという理由で入学しただけ。

なのに、この学校の奇怪な空気といったら…

ちょっと良さげな青春を送れれば十分だった私の思考を侵食するように…それは、ますます濃くなりつつあった。

便器型のお面を被ったガイジンの校長…陰気なオカルト部の部長に、不気味な転校生。

そして、私の目線の先…ぼんやりとそびえ立つ、古い時計塔と、旧校舎────

噂では、夜中突然大時計が鳴るとか…昔、女生徒が事件に巻き込まれたとか。

普通じゃない空気にウンザリしている一方で…あの古びた造形が、私の好奇心を駆り立てていた。

何故?分からない。そもそもこれは、私の意思だろうか?

何か…得たいの知れないものに引き寄せられている気がして、背筋が冷たくなる。

これは一体…

「あなたたち、ここで何しているの?」

突如、聞き覚えのある声がして、反射的に体が固まった。その背後を、コツコツとヒールの足音が近づき、声の主は、私とクラスメイトの顔を覗き込んだ。

「先生…」

「昼休み終了まで残り10分…そろそろ教室に戻る時間では?」

気水百香。学校の指導教諭の1人。ダサい黒縁眼鏡に、地味なスーツ。事あるごとに、時間だの校則だの…今時、校則を律儀に守っている生徒なんて、生徒会長の護摩堂アキラくらいだろう。うるさい女。

「はあい、ごめんなさ~い」

「沢さん!その言い方…謝罪と言えるのかしら?」

「…申し訳ございませんでした」

最近、気水百香はやけにピリピリしてる。もしかして、「あれ」がバレるの、気にしてるのかな…

つい1週間前の夜の事。おじさんとのデートの帰り道…ふと通り過ぎた校舎の裏口から、気水百香が誰かと出てくるのを見かけたのだ。

その誰かが、大神遊輔だと気付いた時は思わず声が出た。教師と生徒の恋愛は別に珍しい事じゃない。ただ、それが気水百香と大神遊輔という組み合わせ…笑いが止まらなかった。

先生、大神君と、どんなイケナイ事してるのかなぁ?

「気水先生怖かった~、あれ、カレン笑ってる?」

「もう慣れたし!ふふっ…」

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午後9時。待ち合わせ場所のコンビニに向かうと、既に彼が一服しながら待っていた。

「ユウター!お待たせ!」

「おお!カレン、久しぶりー!」

中学時代の同級生、ユウタ。ちょっとチャラいけど、心根は優しい奴。何より、私の遊びに、唯一まともに付き合ってくれる男友達だ。

「びっくりしたよ…カレン、昔は超怖がりだったのに、どういう心境の変化?」

「まあね~、とりあえず行こう?めっちゃ面白い場所だから…」

「すげえ楽しみ、うわ~テンション上がる!」

「まあまあ、くれぐれも大きな声出さないようにね…」

身バレ防止にフードを被り、裏門を飛び越える。当然、校内は暗く静まり返っている。少し歩いた所で、懐中電灯の明かりを真っ直ぐ向けると…暗闇から浮き出るように、古いレンガの壁が姿を現した。

通用口は既に、何者かに破られている。多分、気水百香の仕業だろう…こんな場所で、夜毎大神君と逢引きだなんて…

「こわ~、いくら何でも、こんな場所で?」

「この目で見たから多分間違いない。立ち入り禁止区域なら、誰にも邪魔されないでしょ?」

「そうだけど…他人のイチャイチャ現場を写真に収めるの、気が引けるなあ(笑)」

「とにかく行くよ!」

割れた窓ガラスの破片を除けながら、慎重に足を進める。思っていたより廃墟感は無い。が、板張りの廊下を歩く度、埃とカビが混じった臭いが漂う…

さて、先生と大神君はどこかな…

緊張と興奮で、鼓動の波紋が全身を伝い、その度にゾクゾクと毛が逆立つ。

ただの教員と生徒の関係に、自分が何故ここまで執着しているのか分からない。正直、大神君にも甘瓜美波にも大して興味が無い。

ただ…気水百香という存在が無性にウザかった、それだけ。このスキャンダルを公にすれば、この学園から姿を消すだろう…そう思ったのだ。

どれくらい時間が過ぎただろう。廊下を延々と歩くも…それらしき気配は一向に感じられない。同じ景色の連続に、飽きてきたのだろう。ずるっ、ずるっ…と、ユウタのだるそうな足音だけが、背後から響いていた。

「ユウタ、音立てないでよ、バレるじゃん…」

ずるっ…ずるっ…

ムカつく、マジで人の話聞けよ…ユウタ…ユウタ?

ふと足を止める。すると、ユウタも歩くのを止めた。時計塔の方角から、バサバサ、と何かの羽音が微かに聞こえるだけで、辺りは急に静かになる。ユウタは依然無言のまま…

「ちょっと…何か言っ────」

振り返ると、いつの間にかユウタの姿は忽然と消えていた。足音も、声も立てず…そんな事ってあるだろうか?

「え、うそ、ユウタ…」

ギャアッ!ギャアッ!ギャアッ!ギャアッ!

突如、何処からともなく、あの忌々しい声が鳴り響いた。

ギャアッ!ギャアッ!ギャアッ!ギャアッ!

何…!?一体何が起きてるの…!?

ギャアッ!ギャアッ!ギャアッ!ギャアッ!

鼓膜が痛い…嫌だ…うるさい、うるさいうるさいウルサイ!

「黙れ!!あんな所に…私の家に巣を作るアンタらが悪いのよ!」

ヤバい事態になっている事は、明白だった。早く、早くここを出なきゃ…出口、出口は────

「うそ…」

真っ直ぐ入り口から進んできただけ。なのに今、目の前には、いつの間にかレンガの壁が立ち塞がっていた。

うそ、おかしい、だってさっきまで扉があったのに…何で?何で!?何で!!

ズルッ…ズルッ…ズルッ…

「…ユウタなの?…びっくりさせないでよ!ねえ…どこにいたの?」

ぴちゃ、ズルッ…ぴちゃ…ズルズル…

「ねぇ…ユウ、タ────?」

異様に膨れた顔、異様に長い体、右手に大きな鎌、左手に…

……首?

「…うそ…でしょ…な、んで…」

誰か、助けて、助けて…ここから出して…!

ギャアッ、ギャアッ、ギャアアアアアアッ!!!

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「…校長、お加減は如何ですか?」

「ヒロ、ここは学校じゃない。校長はよしてくれ」

「これは失礼を、お許しください」

「フフ…まあ、仕方なかろう…具合は、幾分か良くなったよ…」

「良かった…どうか無理をなさらずに、もうお休みになりますか?」

「ああ…そうするよ、今日は、朝から嫌なものを見た…」

「ええ…立場は違えど同じ眷属の者が…しかも、無垢な子供達があんな目に遭うとは…」

「あれは、学園の生徒だ、今頃…酷い夢を見ているに違いない。それに…あの雄叫び…」

「ウィルソン様…」

「君には、嫌な役回りばかりさせてしまっているな…それも全て、あの男の所為だ…」

「私の使命は、ウィルソン家一族をお守りする事。全て当然の事です」

「役者はもう間もなく揃う…どうか、その時まで…ヒロ、お前だけが頼りだ…」

「勿論です、ウィルソン様…」

顔の皮膚を歪ませる、痛々しい傷痕…

高度な移植手術の結果も虚しく、それは呪いのように刻まれ、今日まで苦しめ続けている。

妻を失い、先代を失い、最愛の娘まで…禍々しい一族によって奪われ…

今度は、いつ目覚めるかも分からない「あの力」の存在に、自らの命が脅かされている。

あの少女の、覚醒に。

ふと、廊下の姿見に映る自分と目が合う。右腕に、羽が貼りついたままだった。この能力を使いこなすのは、未だ容易ではない。

────ヒロ!お願い…私、彼を愛しているの、本当に────

「マリア…」

誰のせいでもない、そう言えたらどんなに良いだろう。

僕も、あなたも、抗えない宿命の元に、生まれ落ちたに過ぎないのだ。

脈々と受け継がれてきた、この血筋からは逃れられない。だからこそ、

「もう、あいつらの好きにはさせない、大神、お前達だけは…!」

因縁に決着をつける、今度こそ…

                                      【続く】

Concrete
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