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中編5
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理想の洗身

頭のおかしい友人宅に泊まったときのことだ。

その日は二人で深夜までサシ飲みをした。

世間一般では、そういう場合風呂にも入らず寝ちまうものなのだが、俺は寝る前にどうしてもシャワーを浴びてサッパリしないと寝られない性質なものだから、友人にシャワーを使わせてもらうよう頼んだ。

付き合いが長いため、友人も俺の性質はよくわきまえており、快諾してくれた。

ありがたい。

ああ、最高の時間が始まる・・

脱衣して浴室に入り、48度の熱いシャワーを浴びる。

たまらねえぜ。乾燥肌にはこの温度じゃなきゃいけねえ。

肌を覆う埃や汗のベトベト、さらには皮脂の汚れを熱湯がこそぎ落とす。

かゆいところを掻いた時のあの快感が、熱湯により全身に駆け巡る。

肌に悪いって?そんな熱湯浴びてるからいつまでも乾燥肌なんだぞって?くだらん。人生のベスト5に入るこの快楽を捨てられるものか。むしろ熱湯により細胞が活性化して喜んどるわ。46度じゃいけない。47度はいますこし。48度だけがもたらす快楽だ。50度?そんな熱湯浴びたら火傷するぞ。

やれやれ。

生き返るぜ。

ふう。

さて、とりあえずボディソープを身体に塗り込んだら、そのまま頭を洗おう。流すときは全身まとめてだ。

ボディソープを全身に塗りたくり、次にシャンプーを適量取り、頭を洗う。

眼を瞑って

ゴシゴシゴシゴシゴシ

ゴシゴシゴシゴシ・・・

ああ、ボディソープとシャンプーの良い香りが浴室を満たす。俺はいま、最高に真人間だ。そんな気になる。

ん?

・・・はぇ?

洗髪する自分の指が、なにか違和感を探知する。

自分の指がその形状を捉えたときに、背筋が凍った。

人の手だ・・・

いつのまにか、

つめたく、細長い指が俺の髪をかき分けて頭皮にへばりついていたのだ。

当然友人ではない。この浴室には俺ひとりだ。

咄嗟に眼を開けて鏡を確認する。

「うわああああああ!!」

生気のない顔の女が俺を見下ろしていた。

俺はシャンプーやボディソープを洗い流すことなく、もんどりを打ちながら、転げるように浴室を飛び出した。

「おまえ何してんだ!身体流してから出てこいよ!」

床に泡を撒き散らしながら居間に現れた俺を見て友人が喚いた。

友人の言うことも、もっともだが、今はそれどころではない。

「女が!浴室に女が!」

俺が半泣きで訴えると友人が笑い出した。

「ああ、そうか。話してなかったな。あの幽霊はな、我が家のアメニティなんだ。」

「・・・は?」

この狂人は何を言っているんだ?

アメニティ?

ホテルとかにあるハブラシやカミソリとかのアレか?

「まあ、後で説明してやるから、とりあえず泡を流してこいよ」

泡を流すにも一人では浴室に戻れないので、シャワーを浴びている間、友人に監視してもらった。

幸いあの女はもう現れなかった。

そして寝巻きを着てから、友人に先程の件の詳しいわけを尋ねた。

「いやさ、床屋や美容院で、プロにシャンプーしてもらうのって最高じゃん?」

「うん。」

「でな、俺考えたんだよ。家でもあの快感を味わえないかなって。でも、家に美容師さんを常駐なんて大富豪じゃないと無理だろ?」

「そうだね」

「だから美容師の幽霊を連れてきたんだ」

「・・どうゆうこと?」

「病気や不慮の事故とかで亡くなった美容師の霊を都内で探しまわったんだぜ?そんで閉店して空き家になった元美容院の中で彼女を見つけたんだ」

「はぁ・・」

「せっかく独り立ちして自分の店を持ったばかりのときに交通事故だってよ。さぞや無念だったろうな。」

「うん・・」

「そんで、連れてきた。巡り合わせだな。」

「・・ごめん、やっぱり分かんないや。怨霊とか怖くないの?」

「彼女は怨霊なんかじゃないぜ。いいか?怨霊ってのは、主に生者への妬みで普通の霊が変質してなるものなんだ。」

「へえ」

「でもな、彼女の生者に対する妬みは僅かだ。なぜか?」

「なぜなの?」

「俺へのシャンプーアンドリンスさ」

「詳しく」

「俺に毎朝毎晩、生前の仕事であった美容師業を施すことで、充実感を覚えているのさ。

俺は毎日プロの洗髪で癒され、彼女は霊でありながら、生き甲斐をもっている。まさにWin-Winの関係だろう?」

「はあ、うん、なるほど」

この頭のおかしい友人は、やはりネジがとんでいる。

そしてなにか、冒涜的なものを感じる。霊とはいえ、アメニティ扱いは如何なものか。

しかし・・・

「なあ、頭のおかしい友よ」

「なんだよ、その呼び方は」

「もし、アカスリ職人の霊がいたら、俺に紹介して憑けてもらえないかな?」

俺もまた狂ってる

「いいぜ。うちの美容師によれば五反田にひとり、腕を持て余してるのがいるらしいぞ。」

「ありがとう」

「いいんだ」

人間の快楽の追求に果てはない

それはときに霊魂さえも餌食になる

げに恐ろしきは生きている人間か・・・

その後、俺は改めて浴室の霊を友人に紹介してもらい、施術を受けた。

なるほど。冷たい指も夏場なら冷やしシャンプーと相性が良いかもしれない。俺の好む48度のシャワーと冷たい指が交互に頭皮を刺激すれば血行を促すことだろう。

さらに頭皮から首筋へのマッサージは流石本職の業だ。

ああ・・・

良い・・

顔剃りもしてもらいたいが、それは理容師資格との線引きから、この霊も拒むだろう。友人も無理に勧めることはしないはずだ。

だが、もし理容師の霊を連れ込んだとして、はたして剃刀を扱えるのか?この美容師の業の繊細さを考えるに、霊が剃刀を把持できるなら十分に可能性があるな・・

そんなことを、うつらうつら考えてるうちに、職人技の快楽は俺を夢の中へと落としていった。

・・・後日、偶然に俺は、先日施術してくれた女性美容師さんの顔を街中で確認することとなった。

彼女の顔が印刷されたポスターには、

一言こう書かれていた。

「行方不明者」

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