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彼との出会いは大学の入学式だった。会場として用意された広い体育館の中、私はたまたま彼の隣に座っていた。彼は手にタオルを持っていた。膝掛けにするのではなく、スーツ姿に似合わない色褪せた青色のタオルを、式の初めから終わりまでずっと、しわくちゃになるまで握りしめていた。
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次に彼を見たのは学生食堂で、彼は一人でうどんを啜っていた。右手は忙しなく箸を動かし、左手は器ではなくタオルを握っていた。色褪せてはいたけど青ではなく緑だったから、前に見たものとは違うものだった。彼は食べ終わるとそれで口を拭いた。どうやら彼のタオルには使い分けがあるようで、次に彼を見た時のタオルの色が私のキャンパスライフの楽しみになった。
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彼とはひとつだけ講義が一緒だった。水曜日の一限目の、大講義室のいちばん前に彼は座っていた。いつも熱心にノートをとっていて、赤色のタオルで時々汗を拭いた。左斜め後ろの私の視線にも気づかず、彼はノートに顔を埋めていた。黒板を見ることさえなかった。ただひたすらに、何かをノートに書いていた。
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タオルの色には三色あることを発見した。青と、緑と、それから赤だ。後にそれは光の三原色と同じであることに気づいた。色の使い分けがあるのか彼に訊いてみたら、そんなものはないと笑われた。私は水曜日の一限目に、彼の隣に座るようになっていた。彼の左隣は私の特等席で、彼の右隣はいつも空席だった。
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彼の部屋を訪問すると大量のタオルが出迎えた。三原色がほとんどだったがオレンジやベージュの変わり種も見られた。タオルの何がいいのか訊くと「あったかい」と一言だけ返ってきた。私は彼の過去に何かあると睨んだ。タオルを手放せない彼のルーツを、私は友人として知りたいと思った。
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私は何度も彼の過去を尋ねた。彼はそれを頑なに拒んだ。彼は怒るとタオルを引っ張る癖があり、三本目のタオルが破れた時絶交を言い渡された。それからしばらくは別々に行動した。この時二年生になっていて、同じ講義が四つもあり気まずかった。彼のノートに書く量は喧嘩の前と後で倍近く増えた。私は腹いせにノートを盗み見てやった。そこに書かれていたのは何重もの「死ね」の殴り書きだった。
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ある時彼は泣いていた。どうやらタオルをなくしたらしい。私は彼の肩を抱いて、一緒に探そうと笑いかけた。私は彼と仲直りをしたかった。タオルはゴミ箱に捨ててあった。彼は半狂乱になってゴミ箱を蹴り飛ばした。私は彼を笑う者たちに気づいていた。彼が気づいているのかはわからなかった。
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彼は大学に来なくなった。しばらくして留守電が一通あった。再生すると、騙してごめんという彼の声が聞こえてきた。私は騙されていたのか。彼とはそれきり会うことはなく、二十年あまりの時を別々に過ごした。
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ある日仕事帰りに入った居酒屋のテレビで、懐かしい彼の犯した罪を知った。彼はこの二十年間で数人の首を絞め殺した。凶器はもちろんタオルだった。私は彼が極刑も免れないことを悟った。彼の供述は反省ではなく信念だった。一本のタオルにつき一人しか殺さないこと。一本ずつ丁寧に、その人とのあらゆる思い出を染み込ませるようにじっくりと殺すこと。映像に映る逮捕時の彼は、大学のゴミ箱に捨てられていた私との思い出のタオルを持っていた。どうして笑っているのかと同僚に聞かれ、私は初めて笑っていることに気づいた。どうして笑っているのか、自分でもわからなかった。
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これは人づてに聞いた話。彼の家からは大量のタオルが押収され、どのタオルにも黒のマジックでばらばらの日付と場所が書かれていた。それらはすべて犯行日時と犯行場所に一致した。しかし一本だけ、別の日時と場所、それから他のものとは違って、ある文章が示されていた。
「19××年○月☆日、**病院。産婆の手でタオルに包まれた僕は、産まれたその日に人間だった自分を殺しました」
そのタオルはどうやって手に入れたのか、**病院で使われているものと同じであった。それは彼が産まれた時に実際に使われていたものなのか。真相は彼の死とともに闇に包まれた。
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彼の最期は勾留所で、着ていた衣服を結んだロープで首を吊った。その死に顔はとても人間のものではなく、悪魔のような形相だった。見開かれた目だけは笑っていて、視線の先には看守が支給した体拭き用のタオルが濡れた状態で落ちていた。そのタオルは一晩中口に含んでいたために彼の唾液が染み込んでいた。彼が死ぬ間際まで求めていたのは、誰がどう見てもつまらない、白色で無地のただの布切れだった。
作者退会会員
次は"ミステリ怪談「タオル」"という話を投稿する予定です。本作はその没案を中編にまとめたものです。
今週はタオルだけの三作になってしまいそうです。来週は「頬玉」を完結させます。