短編2
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星の海に独り

「なあ山本、人は死んだらどうなるんだろうな?」

その時緒方は、病室の窓から冬枯れの中庭を見ていた。そこに人影はない。

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「どこかの民族では、すべての生き物の魂は、死後に『大いなる存在』に還るんだそうだ。それを聞いた時俺は思ったよ。提灯鮟鱇みたいだなって。知ってるか?鮟鱇のオスはメスに比べて身体がとても小さいんだが、交尾の際にメスの身体にくっついて、そのまま同化しちまうんだとさ。つくづく、人間でよかったと思ったぜ」

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「余計なことを何も考えずに、大きな存在におんぶに抱っこになれるなんて、気楽な気がするがな」

 僕がそういうと、緒方は「お前らしいな」と小さく笑った。

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「なあ、俺は生きてあの星を見ることはできないが、お前がきっと、それを果たしてくれ」

 頼むぞ、と言って友人は泣いた。

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 あれから10年の歳月が流れ、無人探査機がついに惑星ヨダカに到達した。

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 これから地表の岩盤をボウリングで掘り進んで、地下に眠る太古の海から、底引き網の要領で貴重なサンプルをできる限りの多く収集する予定だ。

 そして、最終的にそれらを無事に地球に持ち帰ることこそ、僕たちチームのミッションである。

しかしまずは、無事目的地に到着したことで、僕を含めチームメイトたちは大いに胸を撫で下ろしていた。

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「ヤマモト、祝杯を上げに行かないか?」

「いや、僕はもうしばらくここにいるよ。オガタにも、この景色を見せてやりたいから」

 そうか、奴によろしくな、と言って仲間たちは引き上げていった。

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 暗い研究室でひとり、探査機から送られてくる、遠くの星の風景をモニターに見ながら、酒を飲んだ。 

 と、荒涼とした地表と、真っ黒な空ばかりを映していたカメラに、奇妙なものが映り込んだ。

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 人だ。

 こちらに背を向けた、白衣姿の男だった。 

 宇宙服もなしに、人間が存在できる場所ではないというのに。

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「緒方ーーか?」

 やや左肩を下げた、気だるげな立ち方。それは確かに、あの緒方の後ろ姿だった。

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 お前、生きて見ることはできないからって、死んだ後にそいつに乗っていったのか。

 何かの一部になるという安寧を捨てて、10年もの間、孤独な航海をしてきたというのか。

まったく、お前らしいよ。

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 そっちはどうだ、緒方? 

かつてひとりも人が死んだことのない、真空の大地に立つ孤独な幽霊よ。

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 また10年かけて帰ってこい。

そして今度は、ふたりで祝杯をあげようじゃないか。

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