長編11
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無料10連ガチャ

1. 無料ガチャ

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寂れた商店街を歩いていると、怪しげな風貌の男が、無料くじならぬ無料ガチャをやっていた。ガチャガチャ本体は白い紙で中身が隠されていて、何が出てくるかわからないが、無料という言葉に魅かれてガチャを引いてみることにした。

男が言うには、シークレットもあるらしい。僕は期待に胸を膨らませて、童心に返った気持ちでハンドルを回した。

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ゴトン、と小気味よい音とともに、カプセルがひとつ降りてきた。僕はそれを取ると指に力を入れてふたつに割った。中には何も入っていなかった。男はシークレットが出た、よかったなと僕の肩を叩いた。

シークレットといっても、本当に秘密にしては意味がない。結局怪しい男のやる無料ガチャなんてインチキだったのだ。どうせ他のカプセルも碌なものが入ってないだろうと、興醒めな気持ちでその場をあとにした。

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しかし、しばらく歩いていると、肩にずしんと重みのような違和感を覚えた。男に叩かれたせいかと思ったが、どうもちがう。まるで何かに憑かれたような…。

そこで、さっきのガチャガチャのカプセルには、実は何かが入っていたのではないかと思った。見ることはできない得体の知れない何かが、カプセルから出てきて自分に取り憑いている。

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そして、もしシークレットでなかったら、その何かは「見えていた」のだろうか。男のそばに大量の空のカプセルが積んであったのを思い出して、この商店街の過疎化は、決してイオンモールのせいだけではないことを悟った。

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2. くもり時々晴れ

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今日泊まるホテルには、あるよからぬ噂が立っている。部屋の洗面所の鏡には、湯気によって人の顔が浮かびあがるというのだ。風呂やお湯を使っていると鏡がくもるが、そのくもりが人の顔のように見えるらしい。私は恐怖よりも好奇心いっぱいに、チェックインを済ますとすぐに浴槽にお湯を張り始めた。

数分後、風呂が沸いた合図を聞いてゆっくりと浴室の扉を開けてみた。正面に見える鏡はくもっていて、たしかに、人の顔のような模様がこちらを見ていた。

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それは男の老人のようなシワのある顔で、仏頂面で私を睨んでいた。私はあっけなく噂の真意にたどり着いてしまったことに物足りなさを感じながらも、せっかくなので風呂に入ることにした。

なんとなく鏡のくもりをタオルで拭いて、がっかりした気分を汗と一緒にシャワーで流す。その後湯船に浸かってくつろいでいると、ふとどこかから視線を感じた。

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私が鏡を見ると、その正体がわかった。さっき消したはずの顔は復活していて、明らかに私の方を横目で見ていた。

その顔は、笑っていた。まるで快晴のお天道様のような、少しのくもりもないとびきりの笑顔だった。

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3.間取り図

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初めての一人暮らしということもあり、俺は物件選びに没頭していた。できるだけ安く、できるだけ大学に近いアパートを借りるために、幾多の間取り図、それから大学周りの地図を眺めてきた。今ではオープンキャンパス以来行っていないその土地の地理を完璧に把握し、駅前の居酒屋やデートスポットである公園の写真から、自分の華やかな大学生活を想像した。

いつか彼女を部屋に呼んで…なんて考えると、ますます物件選びに精が出た。

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そして俺が選んだのは、大学から徒歩で五分、しかも築三年と比較的新しい二階建てのアパートだった。二階の角部屋で家賃も良心的、そのうえベランダからは大学を含めた街の夜景を一望でき、俺はそれまで保留していた物件を一掃してこの部屋に住むことを即決した。

ただ一点、その物件の間取り図には解せない部分があった。その間取り図には部屋に入るための玄関の扉が書かれていなかった。

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とはいえ実際に玄関がないわけなく、ただの印刷ミスだろうと大して気に留めなかった。そして不動産屋に電話したり家具を選んだりしているうちに、あっという間に引っ越し当日になった。

当日、不動産屋で鍵を受け取り、親の運転でアパートの前まで送ってもらった。荷物はすべて今日の夕方に郵送される予定だった。

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俺はこれから自分の住処となる部屋の前に立ち、ひと安心した。わかってはいたが、玄関の扉が紛れもなくあることになぜか胸を撫で下ろしてしまった。

扉を開けると、何十回と目に焼きつけたお気に入りの間取りが現実となっていた。新生活のスタートを肌身で実感して、俺の胸はいよいよ高鳴った。

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その後、親との別れを思い少しだけしんみりした気持ちで、ベランダから離れていく軽自動車を見つめていた。さて、荷物が届くまで街の散歩でもしようかと玄関の方に振り返った時、俺は絶句してしまった。

あったはずの扉が、ない。玄関の扉があったはずのところはただの壁となっていて、俺ははじめてあの間取り図が正しかったことを理解した。

この部屋は入ったら終わり、扉は消えて、誰かが外から開けるまで出られない。

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俺は親に連絡しようとしたがなぜかベランダから電話をかけても電波が届かず、結局配達員が扉を開けてくれるまで、泣きながら部屋に閉じ込められる羽目になった。ただベランダだけが唯一の逃げ道だと言うように、目下ではのどかな街の風景が、何にも遮られずに広がっていた。

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4. 睡魔

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私の眠り方は少し変だ。それは寝相や眠る場所といったことではなく眠る時の意識の問題で、というのも、魔物のような生き物が私の手を引いて連れていくという映像を、目をつぶってまぶたの裏に見ることでしか眠れないのである。

たとえどれだけ体が疲れていても、目を閉じて「睡魔」が迎えに来なければ一向に眠れない。逆に夜更かししたい時でも、うつらうつら目を閉じてしまって、そこに睡魔がいて手を引かれればたちまち眠りに落ちてしまう。

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私は自分の意思で眠れていない気がして、どれだけ寝ても寝不足の時のような倦怠感を感じていた。そしてある日、車を運転している最中にうっかり目を閉じてしまった。そこは高速道路で、単調に続く道に眠気を覚えたための失態であったが、ふっと目をつむった二秒ほどの間に、睡魔が私の手を引こうとしていた。

…私はそのまま眠りに落ちて意識を失い、路肩のブロックに乗りあげた。その後しばらくは気を失っていたものの、幸いにも鞭打ちで済み、周りの車との衝突もなかった。

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しかし、路肩に突っ込む瞬間、まぶたの奥で私の手を引いていた睡魔は大きな衝突音とともに横に吹っ飛んだ。青色の血を流してだらりと横たわる睡魔は、もう二度と起き上がらなかった。私は夢の中で何度も声をかけた。いつも引っ張ってもらっていた手を、はじめて自分から握ってみた。

結局睡魔は動かないまま、私は病院のベッドの上で目を覚ました。眠りに落ちる時と違い、目覚めはいつも突然やってきた。そしてその夜から私は眠れなくなった。

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どれだけ目を閉じても睡魔がやって来ないから、私は寝不足に苛まれながら、まぶたの奥の暗闇をさまよい続けた。

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5. 免許証

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いつもの散歩コースを歩いていると免許証を拾った。

その免許証は僕のものだった。

名前も写真も住所も、自分のもので間違いなかった。

でも、僕は免許証を落としていなかった。

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第一、僕は車が運転できなかった。

つまり免許証なんて持っていなかった。

じゃあ、これはいったい誰のものなのだろう?

あと、写真の僕はどうして泣いているのだろう?

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6. ツバメの巣

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五年前に定年退職し、子どもたちも全員独り立ちした。仕事も子育てもやり遂げたという充実感に満たされる一方、仕事からも子育てからも解放された自分の心はぽっかりと穴が空いたような感じがする。

そんな今、私の楽しみは、毎年春に我が家の軒下につくられるツバメの巣を観察することだった。今年はまた一段と大きな巣ができていて、その中で五、六羽の雛が大きな口を開けて親鳥を求めている。

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忙しなく行ったり来たりする親鳥を見て、私は社会人として父親として、忙しかったかつての日々を思い出した。そしていやに感傷的な気分になって、力強く羽ばたく親鳥を応援したいと思った。

忙しいというのは、とても幸せなことなのだ。私は雛たちの成長を我が子のそれと重ね合わせ、今では滅多に帰ってこない子どもたちの顔を思い浮かべながら、時々親鳥の多忙を妬んだりもした。

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そんなわけで、いよいよ雛たちが飛び立とうとする時期になると、自然と私の目に涙が滲んできた。親鳥も、少しだけ痩せたように見える体に喝を入れ、もう何度あるかわからないエサ運びに従事していた。

親鳥が巣から離れてすぐ、巣の中の雛たちが喚くように鳴いているのを発見した。雛たちもまた、親との別れを嘆いているのかと思ったが、どうやらそうではないようだった。

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私は訝しげに巣を観察した。心なしか巣自体が動いていて、そのために雛たちは鳴いているような気がした。その違和感はだんだんと大きくなった。ついには巣に脚が生え、ぎょろりと目が剥くように見えたのを、老眼のせいにしてしまいたかった。

そして次の瞬間、巣全体が大きな口となって、雛たちをひと口で食べてしまった。飛べない雛たちは無抵抗に飲み込まれ、得体の知れない生き物は咀嚼しながらのそのそと動き出した。

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私は開いた口が塞がらないまま、さっきまで巣だった生き物が家の壁をつたって消えていくのを見つめていた。戻ってきた親鳥が路頭に迷うのを見て、私は今すぐにでも子どもたちに会いに行こうと思った。

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7. 緑ヶ丘

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僕の住む街には「緑ヶ丘」という、自然豊かな丘陵地帯がある。そこには多種多様な木々が生え揃い、暖かい季節になると一帯が鮮やかな緑に覆われる。年々この街の人口は増加しているが、それもこの土地の魅力に惹かれて引っ越してくる人があとを立たないからだろう。

しかし、緑ヶ丘についてフレッシュな話ばかりかというと、そうではない。

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この土地はかつて大きな戦場となった場所で、丘の下には大量の死体が埋まっているという。昔ちょうどお盆の時期に、戦によって多くの兵士が命を落とした。その魂を弔うために、戦死した兵士の数だけ木々を植えたのが緑ヶ丘のルーツなのだとか。

そのため死体の養分で生長したといわれる木々たちは、毎年八月になると季節外れの紅葉を見せる。それはもう見事な紅葉で、まるで丘全体が血の海に沈んだように、寒い冬までの間を鮮やかな赤色で染めている。

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8. コンビニの中にあるバス停

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隣町には少し変わったコンビニがあるという。なんでもそのコンビニの中にはバス停があるらしい。知人に聞いた話の真相を確かめるべく、私は例のコンビニへと赴いた。自宅から歩ける距離だったから徒歩で向かった。

風が強い日だった。到着すると、乱れた髪を整えながら店内へと入ってみる。たしかに、入り口のすぐそば、イートインスペースの一画にそれはあった。時刻表までちゃんとあった。

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観光地として有名なのか、店内は人であふれかえっていた。あるいは単純にバスが来るのを待っているのかもしれなかった。

私も帰りはバスに乗ろうと思った。バスが来るまでのあいだ、バス停の謎について訊いてみた。

「並んじゃうからさ」

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店長らしき従業員が言うには、どうやら外に置くと霊が並んでしまうらしい。霊たちがコンビニの中に入ってこないのか訊いたら、入り口にお札が貼ってあるから大丈夫だと言う。私はどきりとした。ガムだけ買って外へ出て、入り口付近を見回してみた。

やっぱり。おそらく貼ってあったのであろうお札は、強風によって一枚残らず飛ばされていた。壁には変色したセロハンテープの跡だけが残されていた。それじゃあ、霊たちは…。

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ふと店内へと目が向いた。ただの客だと思っていた人たちは、全員が無表情にこちらを見ていた。

背後で車の音がした。バスがやって来たと思い振り返ると、同じ顔をした乗客たちが、私の体をすり抜けてぞろぞろと降りていった。

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9. コンセント

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最近よく家のコンセントが勝手に抜けている。

そのために、テレビが映らなかったり冷蔵庫が機能しなかったりと不便を被っている。

ある日、見かねた私は家中のコンセントをガムテープで固定してみた。

次の日の朝、コンセントはひとつも抜けていなかったが、まるで窒息死した生き物の体のように、家の壁が紫色に変わっていた。

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10. 空気清浄殺人事件

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「助けようとしただけなんだ」

被疑者であるAの悲痛な声は、無機質な壁に反射してこだました。取調官としての私の任務は、彼から事件の詳細、特に四人の人命を奪ったその方法を聞き出すことであった。

「だから、俺は助けようとしただけなんだって」

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Aの供述はその一点張りだった。誰かを助けるために四人を殺さなければならなかったのかと訊くと、「三人は違う」と興味深い返答が返ってきた。

私はAからうまく情報を聞き出すために、現時点でわかっていることを整理しながら順を追って彼に質問した。被害者は四人いるものの、それぞれが別の方法で殺されていた。

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まず、第一の事件について。プールに遊びにきていた会社員Bは、頭が内部から破裂した状態で発見された。

「その人は溺れていて、だから空気が必要だと思っただけなんだ」

Aが言うには、溺れて心肺停止状態だったBを助けるために、Bの口に浮き輪用の空気入れを差し込み、ひたすらにポンプを上下したらしい。

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次に、第二の事件について。とあるビルの中で倒れていた清掃員Cは、窒息した状態で亡くなっていた。

「その人は過呼吸で苦しんでいて、だから空気が過分だと思っただけなんだ」

Aが言うには、突然の過呼吸に見舞われたCを助けるために、Cの口に掃除機のノズルを押し当てて、ひたすらに吸い込み続けたらしい。

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また、第三の事件について。実家の浴槽で沈んだ状態で発見されたAの父Dは、溺死によって亡くなっていた。

「お父さんは何日も前からお風呂の中で動かなくて、だから空気が不足しちゃってると思ったんだ」

Aが言うには、数日前から父が風呂から出てこないことを察して、まるで魚の水槽にするように、浴槽にエアーポンプを設置したらしい。

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…Aの堂々たる供述に私は絶句するしかなかった。彼は少しも悪びれる様子がないので、心から人助けをしようと考えて行動したのだと思った。

空気を必要としている人には業務用の空気入れを、過呼吸で喘いでいる人には掃除機を、空気が不足している人にはエアーポンプを、彼は最善の選択だと信じて施しただけなのだ。

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「じゃあ、最後の事件はどういうことなんだ」

私は、前の三つの事件とは明らかに毛並みの違う、四つ目の事件について説明した。

その事件は同窓会が行われたパーティ会場で、同級生のEが窒息死するという内容だった。

「Eは、どのような理由で殺す必要があったのか?」

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私の質問に、Aはきょとんとした表情で答えた。

「俺は、周りのみんなを助けたかったんだ。Eは空気を読めなくて、パーティの雰囲気を悪くしていたから、その口をガムテープで塞いでやったんだ」

KYな友人を、その場の空気を浄化するために殺した。平然とそう言いのけるAを前に、私は冷静さを失い、次第に呼吸を乱していった。

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どうして最後はガムテープだったのか。彼の理論からして、空気清浄機ではダメだったのだろうか…。そんなことを考えていると、突然にAの手が私の口元に伸びた。

「呼吸が苦しそう。俺が助けてあげる」

そう言ってAはテーブルの上にあったペンを握ると、気道を確保するためなのか私の喉に何度もねじ込んだ。

薄れゆく意識の中最期に見たのは、正義を全うして満足そうな、Aの純朴な笑顔だった。

Concrete
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