私の父は長いこと勉強会に行ってました。
宗教ではない、心の平安について話し合う勉強会だと言ってましたが、私も兄も母も一度も誘われたことはなく、どんな勉強会だったかは解りません。
しかし父が癌になり、入院し、苦しむようになったとき、何回か先生とお弟子さんが病室に来ました。
父はベッドで泣きながら感謝をし、先生が手をかざすと心底安心した顔になり、苦痛が消えるようでした。そんな父を見て私はこの先生が本当に凄い人なのかと驚く一方で、家族にも見せたことのない安堵の顔を見せる父に不満をもったのも確かでした。
しばらくして父は亡くなったのですが、何度か来た先生は痛みをなくすだけで治すのではないのかと思ったものでした。
葬儀が終わって遺品の整理をしてると、兄が父の通帳を見て、長期間にわたって引き出されているのを、これはお布施だろう、計算したらけっこうな額になると言い出しました。
父は家族に貧しい思いをさせなかったので別にいいじゃないかとは思いましたが母も通帳を見て返してもらおうと言いだし、三人で勉強会の教室に行くことになりました。
教室はお寺とか教会のような立派なところではなく、普通のアパートの一室でした。
兄が強い調子でお金を返してくれないかと言うと、先生はあっさり承諾してくれました。
ノートパソコンを広げて表計算ソフトから父の支払い一覧を出して総額を言い、兄が計算した紙を見て確認し、すぐにお金が用意されました。
「うちは宗教じゃなくて慈善事業なんでお金は返しますけどね、税金の関係がありますんで、領収証書いてください」
あっさり言われます。
となるとこちらが何か悪いような気になってきて、強気だった兄もお金をつかんで鞄に入れるのに躊躇するようになり、母は
「お布施ではないんですか?」と聞くと
「ええ、このお金もお父さんがお気持ちと持ってきたもので、断るのも悪いかと受け取っていただけです、お預かりしているようなものですのでお返ししますよ」
たんたんと事務的に言う先生にだんだん申し訳なくなってきます、なんと言っても先生は何度も病室に来てそのたびに父の苦痛をやわらげてくれていたのです。
兄がいたたまれなくなったようで
「では改めて、お礼としてお納めください」とお金を無造作に、だいたい半分くらいかなという量を先生の前に置きました。
そこでようやく先生は感情を表に出して
「いえいえ、本当に結構ですから、お金目当てではないですから」と拒むのですが、そこまで下手に出られるとこちらも引くことができなくなり、何度も押しつけあいがあって、ようやく先生は受け取りました。
ペコペコ頭を下げる先生に、これまた腰を落としてイエイエを続ける兄を見ながら教室を出ました。
これで話が終われば良かったんですけど、そうはなりませんでした。
葬儀にまつわる諸々が全て終わりほっとしたころから、居間に父が現れるようになったんです。
縦に半分だけ。
断面がどうなっているのかは見えませんし見たくありません、父はじっと部屋の隅を見ているだけで私たちを見るでもなく話しかけるわけでもないのですが、夢も希望もないという表情で、肌も腐敗しているようです、臭いがしないからいいというものでもなく、見ているだけで嫌です。
先生からお金を半分取り返したからだなとすぐ思いました。
慌てて先生に連絡を取ろうとしたのですが、もう引っ越したあとでどこにいるかわかりません。お葬式をあげたお寺や伝をたどって霊能力者と言われる人に助けを求めましたが、みんなお金の話もせず断ります。
どうしようもありません。
私はすぐ家を出、母は施設に逃げ、兄がこの家にいるのですが、なるべく家にいないようにしているようです。
私も母も、兄にいつ逃げてもいい、空き家にして朽ちるに任せようといい、兄も限界が来たら逃げるとぎりぎりまではいるようです。
家に誰もいなくなったら勝手な噂が流れ、肝試しに来る人が出てくるのでしょうか。
みんな呪われればいいと思います。
作者吉野貴博