やっと手に入れた生活。
それは、長年の憧れだったネコちゃんとの生活だった。
今まで一人で2LDKに住んでいたけど、ネコと暮らすワンルームは割高な家賃以上に私の心を癒した。
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18時過ぎ、いつものように「ただいまー」と言いながら玄関を開ける。
ずっとつけっぱにしているエアコンのおかげでドアの向こうから涼しい風が吹く。
『にゃ〜……』と気怠げにひと鳴きしてトコトコとウチの子が近寄ってくる。
ああ、1日頑張ったなと自分を褒めてあげれる瞬間だ。
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そんなある日の帰り道、神社のそばを通るんだけど境内につながる階段の一番手前の段にお婆さんがうずくまってた。
『大丈夫ですか?』と声をかけようと近づくと、シャッ!と機敏な動きで右足のくるぶしあたりを引っ掻かれた。
「痛っ!」
反射的にしゃがんでくるぶしを抑える。
ケヒヒヒ、ケヒヒヒと笑いながらいつの間にか老婆は走り去っていた。
いったいどういうつもりなのかしら!?
それにしても、あんな速さで走れるのだからお婆さんだというのは私の思い違いでもっと若い人なのかもしれない……
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「タマちゃんーごはんだよー」
金曜日
休みの日の前にはいつものキャットフードの上にジェル状のおやつをふりかけてあげるようにしている。
タマは音もなくストトトとエサ皿に寄るといつものようにおいしい粒から食べ始めた。
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その頃にはくるぶしの痛みも引いていたし、この時まではとても、これからおそろしい目に会うなんて想像もつかなかった。
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深夜
私が寝ついて1時間ほど経ったころ、ガタガタと建具が揺らされる音で目が覚めた。
私のウチはキッチンスペースと居室が1枚の引戸でさかいになっていて、どうやらその引戸が揺れているようだ。
……あれ、ちゃんと玄関閉めたよなぁ
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風が吹き込んだせいとするならば原因は玄関以外に考えられない。
ふと気づくとタマが両目をらんらんとさせながら引戸をにらんでいた。
ガタガタッ、ガタガタッ!
次第に音が大きくなるにつれてタマは毛を逆立たせ、シャー!と威嚇をし始めた。
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私は、この時にはもうドアの向こうにアテが付いていて、あの時の老婆のせいだ。とか幽霊とか悪霊とかそういったものを渡されちゃったんだとか思考がグルグルと回っていた。
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ガタガタッ!
ひときわ大きく戸が鳴ると、シンとした一瞬の間が空き、ギニャー!と声を立ててタマが私の懐に顔を突っ伏した。
すると
「ちょーだぁい、ちょおだ〜い」
戸の向こうから震えるような老婆の声が響いた。
私の胸元まで登ってきたタマが緊張のせいかブルブルと震えながらさばりついている。
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意識をタマに移したその時
今までの抵抗が嘘のように引戸がスーッと開かれ、そして……
「あなたの足、ちょおだァ〜い」
上半身を引きずるようにして寝室に這いずり来る蛆虫の湧いた面で満面の笑みの老婆が迫ってきた
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私はそこで意識を失った。
翌朝、目が覚めるとペロペロとタマが頬を撫でるように舐めていた。
あれ、今さっきのお婆さんは?
私は寝覚めたばかりということもあり、少し寝ぼけたまま猫の額を撫ぜた。
「ニャー」
うれしそうに一鳴きすると立ち上がった私のくるぶしをしつこいほど舐めた。
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あの時の卑しく粘りつくような上目遣いは忘れられない。
たぶん、あの時からタマはタマじゃなくなったのだ。
作者春原 計都
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