あるカップルが夜景を見るために山に登った。
山道の中腹の駐車場に車を停め、そこからは徒歩で展望台に向かった。
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小さな展望台で景色を堪能した後、男は「ごめん」とだけ言い、すぐ脇にある古びたトイレに入っていった。
女はトイレの前で待っていたが、一向に男が出てくる気配がない。
不審に思った女は、声をかけながら携帯の明かりを頼りに男子トイレに入っていく。
個室を一つ一つ確認したが誰もいない。
見ると、一番奥の個室の前に開け放した小さな窓があり、個室のドアの荷物かけに縛られたロープが窓の外へと垂れ下がっている。
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ここで女は男の企てを理解した。
男はトイレに入るとすぐに隠し持っていたロープで窓から外へ出て身を隠し、様子を見に入ってきた女がロープに気を取られているところを入口から回り込んで驚かす、という算段なのだろう、と。
顔を窓に向けたまま後ろに注意を向けると、女のすぐ後ろで微かに人の気配がする。
逆に驚かしてやろうとタイミングを測っていると
「ギシッ」
と女の頭の上で何かが軋む音がしてハッと振り返った。そこで信じられないものを見た。
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天井から男の体がぶら下がっている。
顔の"上半分"が天井にのめり込んでおり、下顎をしきりに「おうお、おうお、」と動かしている。
服は着ていない。肌は絵の具を塗ったように青白く、男がもうこの世の者ではないことは容易に理解できた。
男の下を通って逃げようとした女だったが、床にまたしても奇怪なものを見てしまう。
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男の顔の"上半分"だった。
"上半分"が床からひょっこり顔を覗かせてこちらを見ていたのだ。ちょうど水面から目だけを出して辺りを伺うように。
目が縦長になるほど大きく見開いて、女に何か物言いたげな風だった。
と同時に頭の上から男の声がした。
「どうぞ、どうぞ、」と。
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女は発狂寸前で思わず窓から飛び出した。
背後からキャキャキャキャキャキャと狂った笑い声が聞こえて来る。
女はすぐに後悔した。
窓の外はすぐ崖になっていたのだ。
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あくる日、件のトイレの窓で裸の男性の首吊り死体が発見された。駐車場に停めてあった車内の荷物などから女性と見られる同行者の行方が捜索され、トイレ裏の崖下で遺体が発見された。男性の服は窓の横の個室の大便器に押し込まれていた。これが「サツキ山の幽霊」怪談の始まりである。
作者zki
女はこの展望台で男に別れ話を切り出した。男は悲しみながらも受け入れてくれ、女は内心安堵していた。
一方、男はこの場所に誘われた時点で女との別れを予感していた。この展望台はかつて男が女に告白した場所であり、女が真剣な面持ちでこの場所を指定した時、それが容易に想像できたのだった。
男は、もし別れることになったら自殺する事で女に復讐してやろうと考えた。そのため、予め荷物に首吊り用のロープを忍ばせていた。しかし男は、女が死ぬ事までは望んでいなかった。
サツキ山には悪しき霊がいる。
彼は訪れる者の魂を喰らおうと思案していたが、力が足りずそれまで犠牲者はなかった。
ところが思いがけず男の魂にありついたおかげで多少の力を得た霊は、その力と男の怨念を利用して女の魂をも喰らうことに成功した。
こうして小さな力を得たサツキ山の幽霊はその力を大きく成長させていき、今日では有名な自殺スポット、心霊スポットと呼ばれるに至った。