学校帰りに公園に寄った日のこと。
僕は近くの自販機で買った缶ジュースを飲みながらベンチに座り休憩をしていた。
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時刻は午後3時ごろ、夏の日差しが降り注ぐよく晴れた日だった。
近くの遊具で子どもたちは遊び、その近くで母親たちがお喋りをする。そんなありふれた光景をぼんやりと眺めていた。
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日陰の涼しさと気温の温かさでウトウト眠りそうになっていると「お兄ちゃん!そこ座っていい?」
そう元気な子どもの声が横から聞こえた。
声がした方を見るとランドセルを背負った小さな男の子がいた。
「ああ、良いよ」と答える
「ありがとう!」
そうお礼を言ってその子は僕の隣に座った。
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『ハツラツとしてかわいらしいな』と思っていると
男の子が元気よく話しかけてきた。
「ねえねえ!見て欲しいものあるんだ!」
目をキラキラさせながら笑顔で言う。
「どんなもの?」
「これこれ!」
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男の子がランドセルから取り出したのは小さなクマのぬいぐるみだった。
それはボロボロで縫い目が外れかかっていた。
「これね!おばあちゃんが僕が小さい時にくれたの!」
「じゃあいつも大事に待ってるんだね」
「うん!そうなんだー!大好きだからいつも持ってる」
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「それならこれからも大事にせんとね」
僕がそう返すと
「だけどね、これ捨てないといけないんだ」
「え、どうして?」
男の子はさっきまでの明るい表情と一変して顔も声も暗く沈んだ感じになっていた。
「このね、クマさんの中におばあちゃんが作ってくれたお札が入ってあるの」
「うん、それで?」
「昨日それがグシャグシャに壊れてたの」
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「本当に?どこが?」
そう尋ねると男の子はクマのぬいぐるみの背を見せてくれた。
背中の縫い目が縦に割れていて中のワタが見える。少しかき分けてみると中に酷く小さく丸まったお札があった。
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「本当だ、どうしてこうなったの?」
「昨日ね、学校から帰った後一人でお留守番してたんだ。それで自分の部屋でゲームしてたんだけど変なことがあったの」
「どんなこと?」
「トットットットって廊下を歩く音が聞こえたの。初めは気にしなかったんだけど段々と大きく変になっていったの。ゴンゴン!ザッザ!ゴンゴン!ザッザ!って」
「それでその後はどうなったの?」
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「僕、その音が怖くて布団の中に潜って止むのを待ってた。そうしたらタッタッタッタってお母さんの足音が聞こえたの。それで安心してお母さーん!って大きな声で呼んだら」
男の子は怯えた様子になって声が詰まっていた。
「これ飲んだら良いよ」と缶ジュースをやると
「ありがとう」と言ってゆっくり飲んでいた。
ふと気になったのが遊具の方にいるお母さんたちがこちらを見てヒソヒソと訝しんで話している。
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そりゃあ大学生が小学生と話していると怪しむかーと思い納得した。
男の子は少し落ち着いた様子になって再び話してくれた。
「お母さーん!って大きな声で呼んだらね?」
「うん、どうなったの?」
「たっくん、ただいま!ってお母さんの声が聞こえたから安心してドアを開けたの」
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「それで?」
「ドアを開けても誰もいなかった。玄関まで行ったけどお母さんの靴は無くて怖くてまた自分の部屋に戻ったの」
「それは怖かったね、その後も何かあった?」
「その後はダッダッダッてお父さんの足音が聞こえて【たく】帰ったぞー!って呼ばれて出てみてもいなかったりドンドンとかザッザとか変な音が聞こえたりした」
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「僕はもう怖くて怖くておばあちゃんにもらったお守りのクマさんを握って布団の中に入って泣いてたの。すると変な音が止んで僕いつの間にか寝ちゃってた」
「目が覚めた後はどうだった?」
「起きたらリビングのソファにいたの。お母さんが運んできてたみたい、お父さんも帰ってたから急いでさっきあったことを話した」
「そうしたらお父さんもお母さんもそういう変な音を聞いたことがあるって言ってた。僕を怖がらせないように黙ってたんだって」
「クマのぬいぐるみは変な音がしてた時に壊れたのかな?」
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「うん、そうだと思う。僕が起きた後、お母さんがクマを見せてくれた時に今みたいにグチャグチャになってたから。お母さんが言うにはおばあちゃんのクマが守ってくれたんだねって」
「うん、おばあちゃんの作ったクマを大事に持ってたから助けられたんだと思うよ。それにしても怖い体験だったね、今は大丈夫?」
「今はね!家族みんなで一緒のところに住んでてとっても楽しいの!いつも一緒にいられるから怖くないし幸せだよ!」
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男の子の声も表情も会った初めの頃のように明るくなっていた。
気づくと1時間近く公園にいてしまっていた。今日は夕方からバイトがあるから帰らないといけない。
男の子に「もうそろそろ帰るね」と伝えると
「ねぇ!ウチにおいでよ!」
「ウチにおいでよ!」
「ウチにおいでよ!」
そう強く誘われた。
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「ごめんけど、今日は仕事があるから帰るね」そう言って荷物を持って立ち上がった。
男の子も納得してくれたようで
「じゃあ、また今度ウチに遊びにきてね!お兄ちゃん!今日は話聞いてくれてありがとう!」
と言って手を振りながら男の子は走って帰って行った。
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僕は自転車にまたがり家に帰る途中、一つ怖いことに気づいた。
あの子、足音が無い
作者カボチャ🎃