「岩谷、ちょっといいか?」
町の紹介パンフレットの原稿を修正していた俺は部長に呼ばれて席を立った。
「この前、君が提案していた町の紹介用のビデオの件だが、町長からOKが出たぞ。早速取り掛かってくれ。」
俺は胸の中でガッツポーズをした。
東京の某大学を卒業し、地元の町役場に勤めて五年になる。
町の広報を担当しており、町おこしのアイディアをいろいろと提案してきていたのだが、こんな長野の田舎町で、頭の古い爺さんどもに新しいアイディアを認めさせるのは容易な事ではない。
それでもマイナーではあるが見どころも多いこの町をどうにかPRしたいという思いで、今回AR、拡張現実を使ったPR動画の作成にこぎつけたのだ。
「ありがとうございます!それで予算は?」
「20万円」
「は?」
「それしか認められなかったんだ。確かに少ないと思うが、それで頑張ってくれ。よろしく。」
「いや、よろしくって・・・」
nextpage
◇◇◇◇
「仕方がない、ちょっと路線を変更して360°動画で何とか作ってみるか。」
タッチパネル式のディスプレイでお客が自分の好きな方向を見ることが出来て、それに解説のテロップやCGを加える。
しかしいくつかの町の観光名所や食事処だけでは、あまりぱっとしない。
可愛い女の子に案内役を務めて貰うのも良いかも知れない。
しかし大勢の人に見て貰うためには何かもうひと工夫欲しいところだ。
「心霊スポットも最後におまけとして加えるか。」
この町の外れに通行禁止になっている車一台がぎりぎり通れる小さなトンネルがあり、子供達の間で幽霊が出るという噂があるのだ。
町を走る国道から隣の町へと抜ける横道に入り、更にその道を逸れたところにある。
隣の町へ抜ける道が新設され、使われなくなったトンネルなのだ。
もちろんそのような場所へ勝手に観光客が訪れるのは好ましくないのだが、おそらく映像だけでその場所を特定するのは無理だろう。
『特別な許可を得て撮影しています』のようなテロップを入れておけばいい。
nextpage
◇◇◇◇
しかし、機材をレンタルするだけでもかなりの費用だ。
ある程度名の知れたガイド役の女の子を使いたかったのだが、とてもそんなお金は出ない。
俺は町役場の戸籍係に勤める磯村さやかに目を付けた。
二十三歳で独身、すらっとした美人ではないが、丸顔で愛嬌のある顔立ちは万人受けするだろう。
そして、どことなく幼いアニメ声が俺のイメージにぴったりだったのだ。
彼女は高卒で町役場に就職しており、同期採用という事もあって顔は良く知っている。
しかしどちらかと言うと内気な性格をしており、このような人目に触れる動画に出演するのは嫌がるに違いない。
「頼むよ。町おこしのために協力してくれ。」
案の定、嫌がる彼女を三日掛けて何とか口説き落とし、ようやく出演することに同意して貰った。
彼女が交換条件として提示してきたのは、一度でいいから渋谷と原宿に連れて行ってくれという事だったがお安い御用だ。
「でも彼氏に殴りこまれるのは勘弁だぜ。」
「大丈夫!今はいないから。」
それでなくとも若い女の子が少ないこの町で、こんな可愛い子に彼氏がいないなんて男たちは一体何をやっているのだ。
頭から彼氏がいるものと決めて掛かっていたのだろうか。
nextpage
◇◇◇◇
撮影は順調に始まった。
基本的に撮影は磯村さやかと俺のふたりだけだ。
360°カメラで撮影するため、他のスタッフが傍にいると邪魔なだけだし、余分な費用は押さえなければならない。
小型の台車を使い、俺自身が映らないように俺の頭より少し高い位置にポールでカメラを固定し、俺の出すカンペを見ながら少し前を磯村さやかが町中をガイドしながら歩いて行く。
町のパンフレットを元に俺が起こした観光スポットの案内の原稿をあらかじめ彼女に渡していたのだが、彼女は当日までにほぼ完ぺきに暗記し、彼女なりのアレンジを加えながら一度も噛むこともなく完璧にガイド役をこなしてくれた。
最初は躊躇っていたが、意外に向いているのかもしれない。
町の人達も非常に協力的でカメラを意識しながらも笑顔で対応してくれる。
nextpage
撮影は順調に進み、最後に心霊スポットの撮影を残すのみとなった。
「えっ?そんなの聞いてない。」
磯村さやかにあらかじめ渡してあった原稿では、この心霊スポットは含まれていなかった。
彼女がそれを理由にガイド役を断るのではないかと危惧したからなのだが、彼女は特に抵抗を見せなかった。
カンペは用意してないが、この場所に関しては細かくガイドする必要はなく、怖がる彼女の様子が撮影できればいいのだ。
「ここは簡単なトンネルの説明だけで、あとは全部さやかちゃんのアドリブで実況だけしてくれれば良いから。何だったら黙っていてもいいよ。それもそれなりに臨場感が出るからね。」
俺はそう言いながら、あらかじめ借りていた鍵でトンネルの前に設置されているフェンスの扉を開けた。
nextpage
両脇に雑草が生い茂った古い道路の向こうでトンネルが妖しげに口を開いているのが見えた。
天気が良ければ夕焼けの時間なのだが、今は曇っており薄暗く、それらしい雰囲気を醸し出している。
予想外に、このような肝試しが嫌いではないという磯村さやかは、カメラをスタートさせると、どこか楽しげにトンネルの説明をしながら入り口へと向かった。
トンネルの中は薄暗く、もちろん誰も居らず静まり返っている。
磯村さやかには懐中電灯を渡してあるが、借りているカメラは暗視機能もついており、照明などはなくても問題ない。
nextpage
「やっぱり怖いですね。今はまだ夕方ですけど、深夜に来るのはかなり度胸が必要ですよ。」
「このトンネルは昭和四十年頃まで使われていましたが、新道の開通と同時に閉鎖されました。特に事故などの記録はないのですが、いつ頃からか子供達の間で幽霊が出るという噂が広まったんです。」
磯村さやかが、俺の二メートル程前をナレーション風のセリフをトンネル内に反響させながらしゃべりつつ歩いて行く。
俺はその後ろからカメラの付いた台車をできる限り揺らさないようについて行くだけだ。
何事もなく進んで行くが、そもそも何かが起こることを期待しているわけではない。
心霊映像を撮るつもりなど毛頭ないのだ。
nextpage
それでもオカルト番組が好きでよく観ているという磯村さやかは、時折カメラを振り向きながら上手に雰囲気を醸し出してくれた。
町おこしビデオのおまけ映像としては充分だろう。
実はこのトンネルの反対側の出口は以前の土砂崩れで埋まってしまっており。反対側へ抜けることは出来ない。
取り敢えずそこまで行って、後は入り口まで戻ってシメの映像を撮って終了だ。
「ということで、町外れにあるお化けトンネルへ来てみました。残念ながらこのトンネルはメンテナンスもされておらず、危険なため一般の方の立入りは禁止されています。今日は特別な許可を取って、こんな場所もあるよってことで撮影してみました。
でも実際に何も起こらなくて良かったわ。それではこれで終わりです。是非時間を作って町へ遊びに来て下さいね。さようなら。」
nextpage
◇◇◇◇
編集が終わった町おこしPR動画は役場内での評判も良く、町長の一発OKを貰い、町内にある道の駅での公開に続いて、動画サイトに公開し、町のパンフレットにもそのURLやQRコードが記載されると口コミを含めて徐々にアクセス数も増加していった。
町役場にも様々な問い合わせが寄せられるようになったが、中でも群を抜いて多かったのが磯村さやかに関する問い合わせだった。
やはり俺の見立てに間違いはなかった。
nextpage
しかし所詮田舎町の紹介ビデオであり、アクセス数の伸びは緩やかだったのだが、ある日突然急激にアクセス数が伸びた。
どうしたのだろうとコメント欄を見ると驚くべき言葉が並んでいた。
― まじか。本当に映っているじゃん。これ絶対本物だよね
― ガイドの姉ちゃんも全く気付いていないみたいだし、全然見えていなかったのかな
― これってやらせじゃないの?
― 黒っぽい服を着た女の人だけじゃないよ。別に作業服を着た男の人も映ってたよ!
どうやらアップした映像のどこかに幽霊のような姿が映り込んでいたようだ。
もちろん撮影時には全く気がつかなかったし、編集する時にもそんな姿は確認していない。
しかし、編集する際にも360°全映像を隅々までチェックしたわけではないし、そんなことは時間的に不可能だ。
nextpage
コメント欄を追っていくと、どうやら入り口から入ってしばらく進んだところの背後、すなわちトンネルの出入り口近くを横切る黒い服を着た女の人の姿が、そしてトンネルの一番奥まで進み引き返そうとしたところで、奥の壁の隅に作業服姿の男が映っているらしい。
編集前の生データは自宅のパソコンの中であり、取り敢えず役場のパソコンで役場のウェブサイトからPR動画を開いた。
nextpage
「岩谷さん、ちょっといい?」
昼休みで他に誰もいない広報部の事務所に入ってきたのは磯村さやかだ。
おそらく彼女もこのコメントに気がついたのだろう。
「ああ、さやかちゃん。PR動画のコメントだろ?俺も今確認しようとしたところだったんだ。」
「え?コメントって何?それよりもこの前のトンネルなんだけど、昨日友達のお婆ちゃんから話を聞いたのよ。」
話によるとあのトンネルは昭和四十年頃に新道が開通した後も、隣村までの距離的が若干短かったこともあって、徒歩の人にはしばらく使われていたらしい。
しかし夜間になると使う人は全くと言っていいほどいなかったようだ。
そして昭和四十三年夏、早朝のこのトンネルで絞殺された若い女性の遺体が発見された。
女性の名は瀬下恵子。二十二歳だった。
発見したのは、村から町へ行商に出る途中だった中年女性で、遺体はトンネルの中間あたりの路肩に放置されていた。
「その若い女性は黒い服を着ていた?」
「ううん、そこまでは聞いていないけど、でも何で?この話はもう誰かから聞いてた?」
「いや、その女性の姿がこの前のPR動画に映っていたって。」
「え?うそ。」
磯村さやかはまだPR動画がバズりつつあるのを知らなかった。
「俺も今気がついて、本当に映っているのか確かめようとしていたところだったんだ。」
「それ、私も見たい!」
再びパソコンに向かい、動画の再生を開始した。
そしてコメントにあったトンネルに入るところで、画面を指先でスワイプし磯村さやかが映っている正面から180°向きを変え、後方を映しそのまま再生を続けた。
磯村さやかの音声はそのままに、画面はトンネルの入り口を映し、その白い光がトンネルの奥へ進むに従い徐々に小さくなって行く。
「あっ!」
俺の背後から画面を見つめていた磯村さやかが声をあげた。
nextpage
突然画面の左隅、トンネルの壁際にじわっと滲み出るように女の姿が浮かび上がったのだ。
距離はカメラから十メートル位後ろだろうか。
セミロングの髪で黒い服を身に纏っているが、俯いて横を向いて立っているため顔は見えない。
撮影している俺達はそれに気づいていない為、立っている女から徐々に遠ざかっていく。
すると突然女がこちらを振り向いた。
そしてかなりの速さでこちらに滑るように近づいてきたのだ。
画面の中で女の姿がどんどん大きくなってくる。
青白いその顔には全く見覚えはない。
そしてあと数メートルというところまで近づいたところでふっと消えてしまった。
nextpage
女の姿が映っていたのは十五秒ほどだ。
少し動画を戻して女の顔がある程度はっきり映っているところで画面を止めた。
青白い顔で、表情はない。ただその目は真っ白で瞳がなかった。喪服らしきワンピースを着て、首には真珠のネックレスをしている。
「やめてよ。そんなところで画面を止めないで!怖いよ!」
磯村さやかは画面から顔を背けた。
「さやかちゃんはこの時この女の姿に気がついてないよね?」
「当たり前でしょ!」
俺はもう一か所、男の姿が映っているという部分を確認することにして、映像を先に進めた。
画面は後方を映したままだが、自分で撮影、編集した画像だ。磯村さやかの声だけで今どの辺りなのかは分かる。
一番奥までたどり着き、磯村さやかのセリフの後で向きを変えて元来た方向へ戻る。
書き込みによれば男が映っているのはこの後だ。
映像が磯村さやかの動きを追って向きを変えると、後方を映した画面にはたった今まで磯村さやかが立っていた土砂崩れによって完全に塞がれたトンネルの出口が映る。
そして磯村さやかの動きに合わせて、塞がれた出口から徐々に遠ざかろうとした時だった。
画面の左端にじっとこちらを見て立っている男の姿が半分映っていた。
書き込み通り、グレーの作業服姿で短髪の男だ。
画面をスワイプしてその男の姿を画面中央に持ってきた。
「やだ。ここにも映っていたの?気持ち悪い。」
「さやかちゃんが聞いたお婆ちゃんの話にこんな男は出てきた?」
磯村さやかは不安そうな表情で首を横に振った。
「でもその殺された女の人はそのお婆ちゃんの同級生だって言っていたから、さっきの女の人がその殺された人かどうかはこれを見て貰えば分かると思うわ。」
「じゃあ、この男の人が誰かも知っている可能性もあるね。」
磯村さやかは早速友人のところに電話し、お婆さんに会えるようにお願いしたところ、どうせ暇な人だからと特に詳細の理由も聞かずに承諾してくれた。
おそらくあのPR動画のバズり話にネタを添えようと、自分も一緒に話を聞きたいと思ったのだろう。
俺と磯村さやかは、早速その日の夕方、パソコンを持ってその友人のお婆さんの所へ出かけた。
nextpage
「ねえ、あんな怖い映像を見せて、お婆ちゃん心臓が止まって死んじゃったりしないかな。」
磯村さやかが冗談ではなく真剣な表情でそう言ったが、それは俺も少し心配だった。
「とにかく見せる前にこんな映像で怖いからねと念押ししておけば、いきなりでびっくりすることはないだろうから多分大丈夫だよ。」
俺はそう言って磯村さやかを納得させて、その友人の家の呼び鈴を鳴らした。
お婆さんは奥の座敷でにこやかの俺達を迎えてくれた。
そしてあの映像を見せると、あの映像に映り込んだ女性は瀬下恵子に間違いないと言った。
「恵子ちゃん、未だにあんなところで彷徨っておったんか。南無阿弥陀仏・・・」
お婆さんはそう言って涙を浮かべ、パソコンに向かって手を合わせた。
俺は続けてお婆さんに、あの作業服姿の男性の映像も見て貰った。
「これは・・・ケンちゃん。やっぱりここにおったんじゃな。」
この男性の名は芝原健三郎と言い、瀬下恵子の恋人だった。
当時、彼は役場の土木課に勤務しており、トンネルのメンテナンスに訪れていたところであの土砂崩れに巻き込まれてしまったのだ。
村人総出で彼を探したが、狭いトンネルの向こう側であり大型の重機も入れないところで充分な捜索も出来ずに彼を発見することは出来なかった。
nextpage
そして彼の四十九日の法要の日だった。
四十九日は納骨の日だが、遺体の見つからない彼の為に親戚一同、そして恋人である瀬下恵子もあのトンネルの土砂崩れの現場を訪れ、法要を営んだのだが、お婆さん曰く、そこで瀬下恵子がいなくなってしまったのだ。
お婆さんは周辺を探したが見つからず、先に帰ってしまったと思っていたが、翌日になりトンネルの中で遺体となって発見されたということだ。
しかしこれは、磯村さやかが聞いてきた話と噛み合わない。
瀬下恵子が行商の女性に発見された時は、まだ土砂崩れは起こっておらずトンネルは通行可能であったはずだ。
しかし動画に映る瀬下恵子が喪服らしき黒い服を着ていることからすると、法要の際にいなくなったというのも真実味がある。
「どういうことなのかしら。」
俺達は首を捻りながらも、お礼を言ってお婆さんの家を後にした。
「でも、どっちの話もあのお婆さんから聞いた話ってことだよね。ボケてんじゃないの?」
「とにかく、事実を調べてみましょうよ。瀬下恵子さんが遺体で見つかった日と土砂崩れがあった日のどちらが先なのか。」
その足で役場へ向かうと資料室へ入り、当時のことを調べてみた。
nextpage
◇◇◇◇
事実としては、瀬下恵子が遺体で発見された方が先だった。
そしてその一か月後に土砂崩れが起こっていたのだ。
「芝原健三郎さんが土砂崩れで亡くなった時、そして法要の時も、瀬下恵子さんはこの世にいなかったって言うのが事実なのよね。でも恋人同士の幽霊なのに何故トンネルの中でふたり別々にいるのかしら。恋人同士なら一緒に成仏すればいいのに。」
町の居酒屋で磯村さやかはチューハイのジョッキを口に運びながら、そう言って考え込んだ。
役場を出た後、俺と彼女は晩飯がてらこの居酒屋に入り、映像の事やお婆さんの話、そして今調べてきた資料の事を話していたのだ。
しかしいくら考えても、決定的な矛盾がある以上、あのお婆さんがボケているという結論にしかならない。
nextpage
その時、隣のテーブルに座って飲んでいた七十歳を超えているであろうお爺さんふたりが声を掛けてきた。
「お前ら、五十年前に旧道のトンネルで起こったあの事件の話をしてるのか?」
お爺さんのうちのひとりが芝原健三郎の後輩だったと言った。
nextpage
人口の少ない小さな町だ。このような事も頻繁に起こる。
そしてそのお爺さんが話してくれたのは、当時芝原健三郎は瀬下恵子に対しいろいろな不満があって別れたがっていたということだった。
瀬下恵子が絞殺され発見された時、町の多くの人が彼を犯人だと思った。
しかし物的な証拠は何もなく、彼の父親が町の有力者だったこともあったのか、彼が逮捕されることはなかった。
しかし、その一か月後に彼がトンネルで土砂崩れに遭った時、町の人は瀬下恵子に復讐されたのだと噂したのだ。
「今となっては、憶測でしかないが、恵子さんはやっぱり健三郎に殺されて、健三郎はその報いを受けたって事だろうな。」
お爺さんは遠い目をしてそう言うと、持っていたコップ酒を一気に飲み干した。
nextpage
◇◇◇◇
「私、思うんだけど、お婆さんが芝原健三郎さんの法要の時に瀬下恵子さんがいたって言うのは本当じゃないかな。」
居酒屋を出て、磯村さやかを彼女の家まで送って行く途中で、磯村さやかは妙に真剣な顔でそう呟いた。
呟きとはいえ、もちろん聞いているのは俺だけだ。他には誰もいない。
「お婆さんは、殺されトンネル内に遺棄された瀬下恵子さんの事と、彼女が法要の場にいてその後消えてしまったことと、時間的なずれがあることを五十年という時間の中で自分が納得できるように心の中で話を作り変えてしまったんじゃないかな。」
法要の時に瀬下恵子は生きていなかった事実に対し、お婆さんは瀬下恵子が死んだ時期を法要の直後だと思い込むことで自分の中の矛盾を解決しようとしたのではないかと彼女は推測したのだ。
それが事実かどうかは解らない。
しかしそれを証明することにあまり意味はなく、磯村さやかと俺が、それが真実なのだろうと納得できればそれでいいのかもしれない。
nextpage
◇◇◇◇
PR動画の反響はまだ続いているが、町役場としてふたりの幽霊の存在、そしてその経緯を公式にアナウンスするわけにはいかない。
結局はPR動画から最後のトンネル部分を削除し、知らぬふりを決め込むことにした。
nextpage
まだどこからか嗅ぎつけてあのトンネルを訪れる人もいるようだが、町によって道路のフェンスだけでなく、トンネルの入り口も板壁により封鎖された。
とにかくおかしな事故が起こらないことを祈るだけだ。
nextpage
しかし、元恋人同士、そして結果的に殺し合った芝原健三郎と瀬下恵子の亡霊は、誰も訪れない封鎖されたあの暗いトンネルの中で、いつ終わるとも知れない延々と続く時間を今もふたりきりで過ごしているのかと思うと、複雑な気持ちになる。
nextpage
そして磯村さやかは、あの動画のお陰と言うべきだろう、都内にある芸能事務所から声が掛かり、明るい顔で役場を辞め町を出て行った。
nextpage
彼女と交わした、渋谷、原宿へ案内するという約束は叶わなかったが、今となってはどうでもいい。
彼女が東京で成功することを町中の人が期待しているのだ。
俺を除いて・・・
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
今年の夏、北海道の支笏湖へ遊びに行った時、道の駅で現地のAR動画を見た時に思いついたので、今回作品として起こしてみました。
"後ろ"が怖いというのは、人間の目が背後を見ることが出来ない以上つきまとってきますよね。
あなたの背後は大丈夫ですか?
え?ベッドに仰向けになってスマホを見ているから大丈夫?
ふ~ん、それ、本当に大丈夫ですか?