またこの季節になりましたね。
ここ数年はコロナの影響で比較的大人しかったハロウィンイベントも、今年はこれまでの分も含めて盛大に行われるのでしょうか。
ところで、ハロウィンのイラストなどで、よく蜘蛛の絵があるのを見たことがあると思います。
月や蜘蛛の巣を背景に描かれたものが多いですよね。
ショップに行くと紐やゴム等で吊り下げられた蜘蛛のオモチャなんかもあります。
皆さん、あの蜘蛛が何を意味しているかご存じですか?
よく悪霊や魔女の化身と言われるようですが、昔アイリッシュの友人が違うと言って教えてくれたのは、全然異なる話でした。
日本でも、夜の蜘蛛はあまり縁起の良い存在ではありませんが彼の話によると、ハロウィンの夜に現れる蜘蛛は『陰ながらあなたを見守ってくれている人の化身』だそうです。
直接的な家族や恋人以外に、陰ながらあなたを見守ってくれている存在だそう。
ですからハロウィンの夜に蜘蛛を見掛けたら、ぞんざいに扱ってはいけません。
殺すなんてもってのほか。
そんな蜘蛛に関してこんな話もあるようです。
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十月も半ばを過ぎ、秋も深まってきたある日、大学生でひとり暮らしをしている小峰美咲のもとに小包が届いた。
玄関前に置かれていた小包の送り伝票を見ると差出人は、田代優樹菜。
田代優樹菜は小学校の時の同級生で比較的仲が良かったのだが、小学校を卒業するのと同時に彼女の父親の仕事の都合で海外に引っ越してしまい、それでもしばらくは手紙のやり取りもあったが、高校生になる頃にはいつの間にか連絡が途絶えてしまっていた。
引っ越しの日、優樹菜は美咲に抱きついて離れたくないと涙を溢していたが、美咲は海外で生活することになる優樹菜が少し羨ましく、少し冷めた目で彼女を見ていたような気がする。
その彼女がいったい何を送ってきたのだろうか。
送り伝票には名前だけで住所は書かれておらず、中身は”玩具”と書かれている。
不思議に思いながら箱を開けてみると、中にはハロウィングッズのお店で見たことがあるような濃い紫色をした毛むくじゃらの蜘蛛のぬいぐるみが入っていた。
縦横二十センチほどでそれほど大きくはないが、毛に覆われた体も足も柔らかく、丸い目をした顔つきもどこかかわいい。
三十センチほどの柔らかいバネがついており、どこかに吊り下げるようになっている。
「もうすぐハロウィンだもんね。でも優樹菜ちゃんがどうして?」
もう一度送り伝票を確認してみたが、やはり名前だけであり、電話番号も書かれていない。
考えてみれば、ずっと音信不通だった彼女はどうやってこのアパートの住所を知ったのだろうか。
「でも優樹菜ちゃんらしい、可愛い蜘蛛さんね。」
美咲は箱から取り出した蜘蛛を早速カーテンレールにぶら下げた。
「うん。ハロウィンらしくて可愛い。」
小さな蜘蛛一匹で一気に部屋がハロウィンぽい雰囲気になったのに満足し、箱を片付けようとした時、底に折り畳んだ便箋が入っているのに気がついた。
開いてみると、それは美咲宛の短い手紙だった。
美咲の記憶にうっすらと残っている優樹菜の文字よりもずっと大人びた綺麗な文字だ。
考えてみれば、いつまでも小学生の時の幼稚な文字のままでいる訳がない。
大人になったな、と変なところに感慨深いものを感じながらその文面に目を落とした。
―美咲ちゃん
私、美咲ちゃんの事ずっと見てるからね。
優樹菜 ―
昔は仲が良かったとはいえ、もう五年近くも音信不通の優樹菜からの突然のこの短い一文に美咲は戸惑った。
優樹菜に何かあったのではないか。
当然そう思った。
とにかく送って貰ったお礼は言いたい。
優樹菜がこのアパートの住所を知るとすれば美咲の実家に問い合わせる以外にはないだろう。
小学校の卒業名簿は実家の住所のままであり、自慢にはならないが、どちらかといえば人付き合いがドライな美咲には他に小学校時代の友人で現在のアパートの住所を知っている人は思い当たらなかった。
しかし、実家に確認してみたが、優樹菜からそのような問い合わせを受けたことはないと言う。
試しに連絡先の分かる小学校の時に同級生にも何人か連絡してみたが、誰も卒業した後の美咲自身の動向すら知らなかった、
しかし送り主は美咲が知らない相手ではなく、そのうちまた連絡が来るだろうと美咲はそのまま優樹菜からの連絡を待つことにした。
しかしその日から美咲は吊り下げたその蜘蛛のぬいぐるみに奇妙な感覚を覚えた。
ぶら下がっている蜘蛛と頻繁に目が合うような気がするのだ。
気がつくと蜘蛛がこちらを見ている。
蜘蛛の向きを変えてみても、またこちらを見ている。
柔らかいバネで吊り下がっているだけなので、ちょっとしたカーテンの動きなどで向きが変わってしまうのかもしれない。
しかしあの手紙に書いてあった、《ずっと見ているから》という優樹菜の言葉が妙に気になったが、折角の旧友からのプレゼントであり、取り敢えずハロウィンが終わるまでは飾っておこうと、そのままにしておいた。
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◇◇◇◇
今年の十月三十一日、ハロウィンの当日は月曜日であり、基本的に平日だ。
美咲はいつも通りに大学へ行き、夕方にアパートへ戻った。
結局、優樹菜からは何の連絡もなく、紫色の蜘蛛は相変わらず窓際にぶら下がって美咲の方を見ている。
友人達とは昨日の日曜日にパーティをやったため、今日は彼氏の正樹と水入らずで過ごす予定にしていた。
正樹とは付き合い始めてまだ一か月も経っていない。
今月の初め、横浜の赤レンガ倉庫で開催されたビアフェスへ友人と出かけた時に、言うなればナンパされたのだ。
なかなかの二枚目で優しそうな彼を美咲もそれなりに気に入っている。
美咲は、得意の料理でかぼちゃのパイを作り、ワインを用意したところで、正樹の乗ったバイクの音が聞こえてきた。
ハロウィンの夜という事で、美咲は魔女、正樹はドラキュラの仮装に着替え、ふたりでソファに並んで座りグラスを合わせた。
正樹は話が上手であり、ふたりの時間を巧みに盛り上げてくれる。
ハロウィンらしく、正樹の怖い話にきゃーきゃー言いながらワインを傾けていると、突然ぽとっと何かが落ちるような音が聞こえた。
「何かしら。」
美咲が音のした方へ顔を向けたが、床の上には特に何も落ちていない。
しかし目線を上に移すと、ぶら下がっていたはずの優樹菜がくれた蜘蛛がいなかった。
カーテンの前にバネだけがぶら下がっている。
「あれ?蜘蛛さんがいなくなっちゃった。」
美咲は立ち上がってカーテンの下を探したが蜘蛛は何処にもいない。
「蜘蛛?」
「うん。小学校の時の友達が送ってくれたんだ。可愛いぬいぐるみなんだけど、どこ行っちゃったんだろう。」
しかしせっかくのふたりだけの時間を探し物で潰してしまうのはもったいないと、美咲はすぐに諦めて再び正樹の隣に座り、話の続きを促した。
「あれ?」
正樹が突然、何気なく点けていたテレビの画面の横を指差した。
そこには紫色の細長い棒のようなものが覗いている。
「あ、蜘蛛さんの脚だ。」
美咲がそう言った途端、それはすっとテレビ台の陰に隠れてしまった。
正樹は立ち上がってテレビの周辺を見てみたがそこに蜘蛛はいない。
見間違えだったのかとも思ったが、ふたりともそれを見ているのだ。
顔を見合わせて首を傾げながらも、ふたりがまたソファに座って話の続きを始めた時だった。
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ガサガサガサ・・・
テレビのすぐ前の床の上を紫色の何かがものすごい勢いで横切って行った。
「何だ?今の。美咲がいなくなったって言った蜘蛛じゃないのか?」
「え、だってあれは玩具のぬいぐるみだよ。あんな勢いで動くはずないじゃん。」
もうふたりは怖い話どころではなかった。
正樹は再び立ち上がり、紫色の蜘蛛らしき物が走って行った辺りを恐る恐る探してみたが、やはり何もない。
二十センチ四方の大きさであり、隠れる場所も限られるがどこにも見当たらないのだ。
美咲はどこかからまた戻ってくるのではないかとビクビクしながら周囲を見回した。
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いた。
蜘蛛は堂々と美咲の勉強机の上でじっとこちらを見ている。
机はたった今蜘蛛が走り去った方向と部屋の反対側にあるのだが、どうやって移動したのだろうか。
しばらくの間、美咲と正樹はじっと蜘蛛と睨み合うようにしていたが、やはりぬいぐるみなのだろうか、蜘蛛は微動だにしない。
「ぬいぐるみ・・・だよな?」
そう言いながらドラキュラの仮装をした正樹がゆっくりと机に近づいていく。
ガシャ!
いきなり蜘蛛が弾かれるように置いてあったペンを蹴散らすと素早く机の陰にいなくなってしまった。
「なんだよあれ。ぬいぐるみじゃねえだろ!」
正樹が美咲を睨むようにしてそう怒鳴ったが、もちろん美咲にも何が起こっているのか全く理解できない。
「ひっ!」
美咲がいきなり声を出して、手に持っていた魔法のスティックで机の下を指した。
机の下には引き出しのついたサイドボードがあるのだが、その下のごく狭い隙間から蜘蛛が顔を覗かせ、こちらを見ているではないか。
そしてふたりが視線を向けた途端にまたすっと隠れてしまった。
「いったい、何なんだよ!気味が悪いから俺は帰る!」
正樹はそう言うと自分のバックに着替えた服を押し込み、ドラキュラの仮装のまま部屋を出て行こうとした。
「ちょっと待ってよ!私を置いて行かないでよ!」
「知らねえよ!お前がどっかから貰って来た蜘蛛だろう。俺には関係ねえよ。」
美咲は慌てて正樹を呼び止めたが、正樹はそう言って玄関でそそくさと靴を履きドアを開けた。
その時・・・
美咲の目の前で、黒いマントを着た正樹の背中にあの蜘蛛がどこからか飛んで来て貼り付いたのだ。
正樹は全く気づいていない。
驚きで声も出せずにいる美咲の目の前で、正樹は背中に蜘蛛を付けたままドアをバタンと閉めて帰ってしまった。
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◇◇◇◇
美咲がまたあの蜘蛛が現れるのではないかと眠れぬ夜を過ごした翌朝、正樹の友人から連絡が入った。
昨夜、正樹はバイクで電柱に激突し即死したという事だった。ドラキュラの仮装をしたままだったそうだ。
それを聞いた美咲の脳裏に、昨夜正樹の背中に貼りついている蜘蛛が浮かんだ。
(まさか・・・あの蜘蛛と事故は関係ないわよね。)
つい最近ナンパされ、誘われるがままに付き合い始めたばかりという事もあり、正樹に対して、それほど強い悲しみは湧いてこない。
しかし自分のせいじゃないと思いながらも、美咲は彼の背中に取り憑いた蜘蛛の仕業かも知れないという思いは拭い切れなかった。
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◇◇◇◇
その五日後、美咲は正樹の告別式に出向いた。
そして焼香を済ませ、斎場を出たところで四、五人の中年のおばさん達がひそひそと話している声が耳に飛び込んできた。
「・・・ひとりやふたりじゃないらしいわよ。あの子に騙されてお金を騙し取られた女の子。」
「あんな風に大人しそうで、真面目そうな見た目にみんな騙されるのね。」
「今回の事故だって、きっと騙された女の子達の恨みの念なのよ。」
「ああ、怖い。悪いことはするもんじゃないわね。」
正樹のことに違いない。そんな男だったのだろうか。
自分を騙そうとして正樹は近づいてきたという事であれば、あの蜘蛛に救われたということになる。
しかしだからと言って正樹に死を与えるほどのことなのか。
やるせない気持ちで斎場を出ようとした時、目の前の石畳の上にあの蜘蛛がいた。
「あ」
気づいた美咲が声を出した途端、蜘蛛はささっと横の植栽の中に隠れてしまった。
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◇◇◇◇
そしてその日の夜、先日優樹菜の動向を聞いた小学校時代の友人から驚くべき話を聞いた。
美咲から連絡を受けた彼女が気にして調べてくれたのだが、優樹菜は一昨年、アイルランドで亡くなっていた。
小学校の卒業と同時に引っ越したまま永住していたのだが、心臓に病を発して亡くなったのだと言う。
その優樹菜からあの蜘蛛は送られてきたことになる。
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アイルランドの古代ケルト人は、一年の終わりを十月三十一日とし、その日は死者が蘇ってくる日として恐れていた。
その亡霊達に連れ去られないように自分達もお化けの仮装をしたのが、今のハロウィンの起源になるのだが、その時に自分の親しい人達も安全であることを願う気持ちの化身として蜘蛛を置いたのだ。
思い起こしてみれば、優樹菜から蜘蛛が送られてきたのは、正樹と付き合い始めた直後だった。
美咲は優樹菜のことを親しい友達としか意識していなかったが、彼女にとって美咲はもっと意味の深い存在だったのかもしれない。
そして美咲を見守る化身としてあの蜘蛛を送り込んだのだろうか。
《私、美咲ちゃんの事ずっと見てるからね。 優樹菜》
あの短い手紙が美咲の脳裏に蘇る。
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あれ以来、美咲の周囲にあの蜘蛛の姿は見えない。
また来年のハロウィンの頃に姿を見せるのだろうか。
きっと真っ当な彼氏を作って平穏に暮らしていれば、蜘蛛は姿を見せることなくどこかで静かに美咲のことを見守っているのだろう。
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墓参りにも行けないアイルランドの地で眠る優樹菜の為に、美咲は小さな花瓶に花を生け、同封されていた手紙と共に机の上に置くとそっと手を合わせた。
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
毎年この季節になると《ナイトメア ビフォー クリスマス》を見たくなります。
サリーが好きだな~