中編7
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冷たい手

「握手しましょう?」大学まで歩いていた時、駅前の交差点でそう声をかけられた。

僕が振り向くとそこにはツヤのある長い髪をして目の大きさも鼻や口の形も声も全てが綺麗な女性が立っていた。

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僕は思わず相手の方へ手を差し伸べる。

あまりの綺麗さに顔を直視できず視線は自分の手ばかりを見てしまう。

相手はそっと僕の手のひらに触れようとする。

僕は下半身が熱くなり、ダメだと思いながらも徐々にズボンが膨らむのを感じた。

お構いなしに女は僕の手に触れる、その瞬間僕は思いっきり手を離した。

あり得ないほど女性の手が冷たかったのだ。

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僕は顔を上げて相手を見ようとしたが、いつの間にか女性は消えていた。

「あれ、おかしいなぁ」そう呟き大学までの道を再び歩き始めた。

いつも通り適当に授業を受けて適当に友達と喋って帰る、そんな一日になると思っていた。

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しかし、今日から最悪な日々が続くのだった。

大学に着き荷物を下ろす。

授業までの間、友達と喋って過ごす。

そして問題は授業が始まって起こる。

なぜか急に悲しくなり涙が一つ頬を伝った。

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一つ出ればまた一つと出る、次第にそれは止まらなくなりどんどん涙が出る。

さらにはヒックヒックとしゃっくり混じりの声が出て周りの注目が集まってしまった。

「恥ずかしい、早く止めないと」

そう頭では思っていても悲しさも涙も声も止まるどころか大きく増えていく。

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そんな状態では授業を受けられないからと教授が誰か保健室に連れて行くようにと指示を出した。

友達の一人が肩を貸してくれ何とか保健室にたどり着いた。

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「しっかり休めよ」そう友達は言って授業に戻る。

保健室のベッドの上で寝ているといつの間にか眠ってしまった。

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ある夢を見る、辺りには赤とオレンジ色の灯りが無数に散らばっている。

何を話しているのかは分からないが、ガヤガヤと声があちらこちらで聞こえる。

赤とオレンジの灯りはどうやら提灯の灯りらしい、僕は道を歩くことにした。

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歩いている途中で前に進めなくなった。肩を誰かにつかまれているようだ。

僕は焦りと恐怖から前へ前へと進もうとするが一向に進めない。

反対に後ろからつかむ力が強くなり、無理やり引っ張り倒された。

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後頭を地面に押さえつけられ、下半身に今まで感じたことのない気持ち悪い感覚が走る。

蛇のような生き物を無理やり腹の中へ入れられた感じだ。

その蛇は何度も何度も腹の中を駆け巡る。

次第にそれは速くなり、一気にバーンと弾けた。

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その瞬間ハエの入った熱湯を腹の中にぶちまけられた感覚が襲う。

ガバ!はぁはぁはぁ!とぜぇぜぇ息を荒らしながらベッドから跳ね起きた。

保健室の先生が心配そうにこちらを見ていた。

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「大丈夫?だいぶうなされていたけど」

「す、すみません。変な夢を見まして」

「怖い夢でも見たのね。もう今日は迎えに来てもらって帰りなさいね」

優しい口調でそう言われ、また涙が溢れ出てきた。

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「あらあら、そんなに怖い夢だったの?少しずつでいいから話してみて?人に話せば楽になると思うから」

先生は紙コップに水を入れて出してくれた。それを一杯飲み干すと気持ちが少し落ち着いた。

先ほど見た悪夢を話す。

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「変な夢ねぇ、どう?話せて落ち着いた?」

「はい、おかげさまで、ありがとうございます」

「それじゃあ、お家の方に連絡して迎えに来てもらいなさい。それまで休んでて良いから」

「ありがとうございます」

先生は仕事に戻り、僕はスマホで親に連絡をした。

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車に乗って運ばれている間、母から何があったのかを聞かれたので悪夢の話をした。

「それはたぶん、女の人のレイプされた時のイメージが悪夢になったのね」

「え!?」

なぜか大学に着いてから忘れていたけど、朝の通学途中に変なことがあったのを思い出した。

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その話を母にする。

「あー、その人は昔レイプ殺人でもされたのねぇ。よくそういう話はホラー小説なんかで出てくるのよ。例えば自殺した女の子の霊が襲ってくる〜みたいなの」

「いや、でも現実には起こんないでしょ。普通」

「世の中には怖い体験をしたことがある人も多いわよ?自分の世界だけで相手の世界が分かるわけじゃないの」

正論を言われて納得するしかなかった。やがて家に着く。

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家の玄関前には宅配ボックスを設置しているのだが、何か荷物が届いているようだった。

母に部屋まで運ぶように言われボックスを開ける

それは50センチくらいある長細いダンボールだった。

リビングまで持ち運び、机の上に置いた。

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どうやら父宛の荷物のようだ。どうせゴルフバットか何かだろう、そう思って机に置いたまま放っておこうとした。

「開けてみなさい?」

母は人の荷物を開けない人だから意外だった。

「いや、でもこれ父さんの荷物だよ?」

少し戸惑いながら言うと

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「さっさと開けなさい!」

急に怒鳴るように言われた。驚きながら仕方ないなと箱の封を切った。

梱包材やらを出していき中身が見え始めたころ

「うわ!」僕は声を出して後ろに身を引いた。

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それはお札がびっしりと貼られた細長いものだった。

母は先ほど怒鳴ったばかりなのにニコニコ笑ってそれを赤ちゃんを抱くように優しく持った。

そうすると、それがピクピクと動くのだ。

気持ち悪い光景に僕は固まってしまった。

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「部屋に上がってなさい?」

母はにこやかに、それでいて迫力のある低い声で僕に命じた。

僕は逃げ道を得た動物のように走って自分の部屋へ向かった。

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変なことが起こりすぎて頭がおかしくなりそうだ。

何もしていないと不安だからゲームをすることにした。

ゲーム機の電源をつけてモニターが表示されるのを待つ。

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映し出されたのはゲームではなく、朝に会った綺麗な女だった。

そいつは何言うこともなく画面の中に佇んでいる。

僕は恐怖で再び固まる。

しばらく、その女と睨めっこを続ける。

すると女はいつの間にか消えてモニターにはいつものゲームが表示された。

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いろいろと考えないためにゲームに没頭した。

母から部屋をノックされるまで集中していた。

夕食だから降りて来るようにとのことだ。

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今日のメニューはハンバーグだった。あまり食欲は湧かないが好物だったので何とか食べられた。

何となく父のだけ少し大きいように感じた。

子どもじゃないのでそんなことはいちいち指摘しないが違和感はある。

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いつの間にか、先ほどのお札に包まれた物が無くなっていたが考えないようにした。

母も普通に会話をして父も普段通りだったから安心した。

あれは変な夢だったのだろうと思い込むことにする。

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それから数日間は何事もなく平凡な生活が続いた。

父が仕事に持って行く弁当の具材に対して

「練り物が多くなったね」と母に少しばかりの愚痴を言うくらいだ。

そんなこと、よくある事だったから気に止めない。

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しかし数日後、父に異変が起きた。

毎朝、必ず玄関にあるドアの前に正座して何か呪文のようなものを唱え始めたのだ。

母が「もういいわよ、あなた」

そう声をかけると呪文をやめて普段通りに戻るのも奇妙だった。

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そんなやり取りが何日間か続く。

父の呪文は次第に大きくなり、時々奇声や笑い声を上げるようになった。

僕は怖くてさっさと朝食を済ませて大学に逃げ込むしかなかった。

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朝、大学に向かっている時。

「握手しましょう?」

聞いた覚えのある声がした。

僕は家に変な物を送り付けたのも父がおかしくなったのも、コイツのせいだ!という思いがあったので怒るように振り返った。

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差し出された手を睨みつけて握り潰してやる気持ちで相手の手を握った。

おかしい、握り潰してやるつもりが一気に穏やかな気持ちになった。

温泉に浸かっているような、学校帰りの電車で居眠りをしているような感覚になった。

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相手の方を見ると、前のように消えてはおらず綺麗な顔を近くで見ることができた。

その顔に見惚れていると相手はにっこりと笑い一言だけ

「ありがとう」と言って消えた。

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僕の中に得体の知れない満足感が起きた。

普通に考えれば自分の生活を狂わせた相手に対して思う気持ちではない。

でも「良かった」そう思ってしまっている。

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それからの家庭は大変円満だった。母はニコニコして過ごし、僕も楽しく幸せだった。

不思議なのは父だけがおかしくなり、うつ病だと診断されたくらいだ。

母はうつ病になり、家にずっといる父を大切にしている。

その理由を聞けば面白い答えを返された。

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「会社のせいで鬱になったことにしてるから、何もしなくても毎月たくさん手当が出るのよ。この人はお金の神様みたいな存在なの、だから毎日大切にしているのよ」

僕も父を大切に思っている。その手当ての中から学費が支払われているから。

奨学金なんて借金を背負う必要がなくなったのだ。

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「ねぇ、お母さん」

「なあに?」

「前に届いたお札だらけの包みって中身は何だったの?」

「あー、あれね。あなたが握手をした女性の腕なのよ。冷たい手をした人の」

「ああ、そうなんだ。それってどこに行ったの?」

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「ぜーんぶ、お父さんのお腹の中よ」

「だからしばらくの間、お父さんのお弁当は練り物が多かったんだね!」

「そうよ。あなたはあの人のようにならなくて良かったわ〜レイプする男なんて最低だもの」

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「え!?お母さんあの男にレイプされたの?」

僕の母をいじめた男は父親だとしても許さない、そんな怒りが一気に沸き起こった。

「私がさせたのよ」

「ああ、良かった。だからこうして楽に暮らせているんだね」

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「そうよ。だからあなたも彼氏に抱かれた後、レイプされたって思えば良いの。そしたらあの人が現れるから」

「うん!僕もそうするよ!早く彼氏にしてほしいなぁ」

「相手からされないと意味がないからね?気をつけるのよ!」

「うん!わかった!」

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僕には先月付き合った彼氏がいる。僕も彼も男だけど、彼は受け入れてくれている。

僕が女の子の格好をすれば抱いてくれるとも言ってくれた。

早く彼の蛇を中に入れたい。それで幸せな家庭を作るのが僕の夢なんだ。

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