中編5
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靴が多い

「ただいまー」

そう言っておれは玄関に入る。

おかしなことに気づく靴が一足多い。

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誰かを家に誘った覚えもないし、妻や娘からも誰かを呼ぶとは聞いていない。

「おかえりなさーい」妻が玄関まで来た。

「靴が一つ多いけど、誰かいるのかい?」

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そう尋ねると。

「いや?あなたが帰るまで誰も家に来てないわよ」

「でもこれ見てくれよ。一つ多いんだよ」

妻が靴を数え始める。

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「ほんとね、一足多いわね。カナちゃーん?ちょっと来てくれるー?」

「なあに?めんどくさいなぁ」

中学生の娘がダルそうに来る。靴を見せて一つ多いことを聞いたが

「知らないわよ。そんなの」

そう言われておしまいだった。

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明日にでもゴミとして捨てておくことにした。

夕食を食べようとリビングに行く。

まずは冷蔵庫から缶ビールを一本取り出してグーッと飲む。この瞬間がたまらなく好きなのだ。

それを飲み干す頃には先ほどあった変な方のことなどもはやどうでも良くなっている。

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「はあー!うんまい!」

そう自分に労いの意味も込めて言う。

今日のメニューは鳥の唐揚げだった。妻はかなり良いやつで夕食はいつもビールに合うメニューにしてくれるのだ。

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「君は本当に凄い人だな、いつもありがとう」

いつもおれはお礼を言って食べる。

妻は照れたように下を向く。その顔がたまらなく可愛い。

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「私もう上がるからね」

娘がツンケンとした声でそう告げて少し軽蔑した眼差しをおれに向けながら部屋に上がる。

これもいつものことだ。年ごろの女にとって中年夫婦がイチャイチャするのは気持ち悪いのだろう。

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娘が上がった後は決まって妻がおれの股間に足を擦り付ける。

AVでよくある机の下での劇場が始まる。

「おいおい、よしてくれよ。まだ食べてるんだぜ?」

適当に誤魔化してみる。

「本当は嬉しいくせに」

妻が先ほどとは違う色気丸出しの表情でそう言う。

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おれは耐えきれなくなっていざバトルを始めようかという時。

「ピンポーン!」

玄関の方でインターホンが鳴った。

誰だちくしょう!こんな時に!おれは内心で激しく怒りながら「どなたですかー!」と叫んだ。

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「私です」

相手は冷めた声でボソッと言う。

「私じゃ分かりません。誰ですか?」

「私です、靴の持ち主です。」

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玄関にある靴の持ち主だと言う。

「それなら早く持って帰ってください!迷惑です」

そう言いながら玄関のドアを勢いよく開けた。

が、誰もいない。

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数歩だけ外に出て辺りを確認する。その隙にバーンと玄関のドアが閉まった。

慌ててドアに手をかけたが、鍵を閉められたのか開かない。

「おい!開けろ!」中に向けて叫んだが誰も返事をしない。

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「きゃあぁああー!!!!」

妻の叫び声が聞こえた。

おれは窓から侵入しようと思い庭の花瓶でガラスを割った。

鍵を開けて部屋に入る。急いで妻のいるリビングへ向かう。

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残っていたのは妻の死体だけだった。首と手首足首が全て切断されていた。床には大量の血が流れている。

あまりの凄惨な光景に吐きそして跪いて泣いた。

「誰がこんなことを!」と次第に怒りが湧く。

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「さっきのやつだ!」

そう確信して床に落ちていた包丁を手に取り家中を探し始めた。

それはおそらく妻を殺した包丁だが、自分の妻を殺した奴を同じ目に遭わせてやろうと思ったのだ。

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なるべく音を立てずに家の中を探し始める。

確実に仕留めてやろうと心に決め息を潜めながら居場所を探る。

リビングを出て廊下から玄関までの明かりをつけた時だ。

「あ!!」

例の靴を履いた娘が立っていた。右手に妻の頭をもっている。

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「お前なんてことしたんだ!!!!!」

おれはそう怒鳴りつけたが、娘は落ち着いた様子でニヤニヤと笑みを浮かべた。

その笑みはだんだんと大きくなりやがて目に届くくらいまで口が裂けた。

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「こいつは娘じゃない!バケモンだ!」

そう瞬時に判断し、おれは包丁を化け物に向けながら走った。

グサっと化け物の腹部に命中した。

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しかし化け物は倒れることなく立っている。

恐る恐るゆっくりと顔を上に向けると、娘の顔をしてケタケタと笑い出した。

急いで離れようとしたが無理だった。

化け物に抱きしめられたのだ。

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奇妙なことにそれはとても心地良い抱擁だった。

真冬に入る温泉、仕事帰りの電車での居眠り、赤子の時の母の抱っこ

形容すればそのようなものだ。

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おれはウトウトとして目を閉じかけた。

最後に見たのは娘の顔だった。

おれの下半身が硬く熱くなり温かく心地よいかまくらのようなところへ連れていかれた。

「あー、どうせバケモンが変なことしてるんだな」

そう思いながら激しい眠気に駆られて眠りに落ちた。

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目が覚めたのはウーウーというパトカーのサイレンと赤いランプによってだ。

娘が呼んだのだろう警察が家に来ているらしい。

おれは妻を殺したやつを捕まえてもらうため、飛び起きて警察の方を見た。

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カチャとおれは手錠をかけられた。

理由を聞けば妻の殺人及び娘への強制性交だそうだ。

必死に弁明したが、包丁を手に持っていたことと娘からの訴えで容疑は固まった。

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判決は死刑だったが処刑前に娘が面会に来てこう言った。

「あなたが私を抱いてくれなかったから」

どうやら娘は自分の母親にひどく嫉妬をしていたらしい。あの化け物はおそらく娘の私怨で生み出されたものだったのだろう。

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「はーあ、なんて思ってるんでしょうね。あの人は」

父の面会から帰ったカナはそう言う。

「本当の私の父は自分じゃないのに、母はあなたと出会う前の男との間に子供を作ってたのよ。つまりそれが私。

だけどあなたにそれを知られたらマズイから私は小さい頃から母に口止めとしての虐待を受けたし、あなたは反対に母から尽くされていたのよ。

玄関にあった靴は私の実の父のもの。父は傷心自殺をしたからいないけどね。

母を殺しあなたを追い詰めた化け物は父と私の怨恨から生み出されたものよ」

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カナは誰も家にいない中、そう語って一人ケタケタと目一杯口を裂けさせて笑うのだった。

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