長編10
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ザイコウセイ

――さあみんな、面白い話をしようか?

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僕が子供の頃に通っていた小学校の話だ。

そこはC県の片田舎にある、ごくありふれた普通の小学校なんだけどね。

だけど、その学校では、数年ごとに「神隠し」が起こったんだ。

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ある日忽然と、児童の姿が消える。

それも決まって、校舎の中で。

周りはみんな、必死になってその子の行方を探すけど、見つからない。

消えた生徒は戻ってこない。

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普通なら誘拐や事故を疑うよね? 

でも違うんだ。

それはやっぱり、正しく「神隠し」だったんだよ。

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初めにそれが起こったのは、1989年の11月だった。

ちょうど、元号が昭和から平成に変わった年だね。

当時六年生のふたりの女の子。仮にアカネちゃんとミドリちゃんにしようか。

ふたりは自分たちの教室で、放課後、残っておしゃべりをしていたんだって。

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日が暮れてきたので、そろそろ帰ろうかという話になった。

仲良しのふたりは、揃って教室のある三階から、下駄箱のある昇降口まで歩いて行った。

靴を履き替えていた時、アカネちゃんが声を上げた。

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「いっけない! 今日宿題が出てた算数のドリル、机の中に入れっぱなしだった」

「ここで待っててあげるから、早く取ってきなよ」

もう靴を履いてしまったミドリちゃんは、ちょっぴり不満げにそう言った。

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「ごめんね、ちょっと行ってくるね」と、アカネちゃんは薄暗い校舎の中に、駆け足で戻っていく。

ミドリちゃんはしばらく昇降口で友だちの帰りを待った。

でも。

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5分しても、10分しても、アカネちゃんは戻ってこない。

しびれを切らしたミドリちゃんは、自分も上履きに履き替えて、元いた教室に向かったんだ。

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ドアを開けると、夕陽に照らされて真っ赤に染まった教室に、アカネちゃんの姿はなかった。

でも、彼女のランドセルだけが、ポツンと机の上に置かれていた。

『トイレかな?』

ミドリちゃんは思った。

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アカネちゃんたら、教室に着いたら急にお腹が痛くなって、ランドセルをここに置いてトイレに行ったのかもしれない。

そう思ったんだね。

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だからミドリちゃんは女子トイレに行ってみた。

でも、トイレの中に電気は付いていなかったんだ。

もちろん個室のドアもすべて開いていて、アカネちゃんの姿はなかった。

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じゃあいったい、アカネちゃんはどこに行っちゃったんだろう?

三階の他の教室も覗いてみたけど、やっぱりいない。

二階。

一階。

やっぱりいない。

ついにミドリちゃん、先生たちのいる職員室にまで行ってみた。

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「失礼します。あのぉ……アカネちゃん、いますか?」

そこにいた先生たちは顔を見合わせた。

下校時刻をだいぶ過ぎて、まだ児童が残っていたこと自体が意外なことで、これは厳重に注意すべきことだった。

しかし話を聞けばもうひとり、児童が校舎の中にいるはずで、しかも姿が見えないという。

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先生たちは手分けして、学校中を探し回った。

すべての教室にトイレ。体育館や特別教室。プールの更衣室まで見て回った。

けれども、アカネちゃんは見つからない。

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念のため、アカネちゃんの家に電話をかけたが、まだ帰っていないという。

アカネちゃんのお母さんも心配になってやってきて、先生たちと一緒に学校中、それに通学路中を探したんだけど、ついにアカネちゃんは見つからなかった。

その日のうちに警察へ捜索願いが出されて。

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そして。

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それっきり。

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いなくなったその日、アカネちゃんは、お気に入りの花飾りの付いたヘアゴムで、おさげにしていたんだってさ。

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ああ。

キミのそのヘアゴムもかわいいね。

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さて、次は1994年の6月。

その日は一日中、雨が降っていた。

6年3組の午後の授業は、社会科のテストだった。

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静まり返った教室。

聞こえるのは、みんなが鉛筆を走らせる音。

窓の外を降る雨の音。

隣のクラスの笑い声。

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「――はいっ! そこまで~!」

担任の男の先生が不意に大声を出したので、みんなびっくりする。

この先生は面白がってわざとそういうことをするんだ。

「じゃあ、後ろから答案を回収して~」

みんなガヤガヤ騒ぎながら、前の席の人に答案用紙を渡していく。

その時だった。

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「先生~、ケイイチくんがいません~」

そんな声が上がった。

先生がそちらを見ると、教室のちょうど真ん中辺りの席に座っていたはずの、ケイイチくんの姿がなかった。

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そんな馬鹿な。

テストが始まる前は全員が揃っていたし、テスト中だって、先生はずっと教室にいて、みんなの様子を見ていた。

席を立った子はいなかったはずだ。

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それに、ドアに近い廊下側の席の子ならまだしも、教室の真ん中の席にいたケイイチくんが、誰にも気づかれないで教室を出て行けたとは思えない。

クラスは騒然となった。

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その後、すぐに学校中が探されたけど、彼は見つからなかったよ。

机の上には、問3まで解かれた答案用紙と、消しゴムだけが残されていた。

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そうそう。

答案用紙の端っこには、

『黒い穴?』

っていう、落書きがしてあったってさ。

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3番目は1999年の7月。夏休み前のことだ。

この時は、セイジくんとハルカちゃんだ。

ふたりは、同じ6年4組のクラスメートだった。

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放課後、セイジくんはハルカちゃんを屋上に誘った。

屋上っていったら、普段はドアに鍵がかかっていて、出入りできない場所だ。

だけど、この時はドアの鍵が壊れていて、それを知っている一部の児童だけが、先生に内緒でこっそり遊び場にしていたんだね。

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ところで、1999年7月といえば、世間はノストラダムスの大予言で騒いでいた時期だ。

隕石?

戦争?

大地震?

とにかく何かが起こるんじゃないかって、不安と、妙な期待が渦巻いていた。

そんな空気に後押しされて、セイジくんはハルカちゃんに告白をしたんだね。

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「――ごめんなさい」

これにはセイジくんもガッカリだ。

せっかく「世界が終わる時は、僕と一緒にいてください」なんて、精一杯格好つけた告白のセリフを考えたのにね。

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だから彼が、ハルカちゃんを夕暮れの屋上に閉じ込めちゃったのだって、失恋ゆえに子供っぽい行動だったと許してやってほしい。

時間にしたって、ほんの30分程度のことだ。

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はじめはドア越しに、「セイジくん、開けて!」という声がしていたが、やがてそれは泣き声に変わり、そのうちなにも聞こえなくなった。

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「いい加減許してやるか」なんて勝手なことを言いながらドアの鍵を開けた彼は、びっくり仰天さ。

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そう、彼女は消えていた。

もちろん、地上に落ちてしまった、なんてことはなかったよ。

なのに、鍵のかかった密室の屋上から、忽然といなくなってしまった。

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彼女もまた、「神隠し」に遭ってしまったんだ。

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彼らはみんな、どこに行っちゃったんだって、周りは、世間は、ずっと囁き合っていたよ。

オカルト的なことに否定的な人たちは、学校関係者の犯罪を疑っていたしね。

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でも、どうやら「そういうことじゃないらしい」ってことになる、ある事件が起きた。

ハルカちゃんがいなくなった年の、夏休み開けのある日の授業中のことだった。

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6年4組の教室。

その時はたまたま先生が用事で教室にいなくて、自習を言いつけられたみんなは、席で静かに本を読んでいた。

その時、最前列の席に座っていた女の子が、突然悲鳴を上げたんだ。

「黒板が!」って。

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全員が顔を上げると、教室の前の黒板に次々と、白いチョークの文字が浮かび上がってきたんだ。

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『出して』

『ここから出して』

『暗い』

『こわい』

『ここにいます』

『みんないるよ』

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『まっくら』

『ずっと夜』

『学校から出られない』

『お願い』

『はやく助けて』

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『私』

『ハルカ』

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見えない誰かがそこにいるかのように。

鏡写しにひっくり返った文字が。

みんなの見ている目の前で。

次々。

次々。

次々に。

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やがて、黒板を文字でいっぱいにして、その現象はぴたりと止まったんだってさ。

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その現象を見た子供たちは、先生から固く口止めされていたんだけどね。

でもこれ以降、子供たちの間では「神隠しに遭った子たちは、学校の裏面に引っ張り込まれて、そこでまだ生きている」なんて噂話が広がったんだ。

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黒板のメッセージ事件は、目撃者が子供たちだけだったけどね。

大人が目撃者になったこともあった。

2010年くらいのことだ。

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当時、教育実習で母校であるその小学校に勤務していた青年――仮にアオヤギ先生としようか――が、ある日の放課後、校内の見回りをしていた。

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子供の頃に通った、懐かしい校舎。

誰もいない廊下は、夕陽に赤く照らされていた。

既視感。

と、不意に図書室から物音がしたんだ。

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「誰かいるのかい?」

アオヤギ先生はドアを開け、教室の中に声をかける。

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6年生くらいの女の子がいた。

薄汚れた服を着て、しゃがみこんでいる。

苦しんでいるみたいだ。

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「きみ! 大丈夫かい?」

先生は慌ててその子に駆け寄る。

髪を、花飾りの付いたヘアゴムでおさげにしたその子は、手で顔を覆いながら、小さな声で何か呟いている。

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「――しい……」

「きみ、きみ! どうした? 苦しいのか?」

「――ぶ、しい……」

「なに? なんだって?」

どうしても声が聞き取れず、慌てていた先生は、無理やり女の子の手を、顔からどけてしまった。

すると、

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「まぶしいいいいいぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

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女の子は絶叫した。

あまりの大声に、窓ガラスや本棚がカタカタと揺れたくらいだ。

そして、その子の顔を見て、先生はその場から動けなくなってしまった。

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彼女の瞳は、まるで光の刺さない暗い海底に潜む深海魚のように、のっぺりと退化してしまっていたから。

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そして。

彼が固まっている間に、女の子は、背後に突如開いた黒い穴に、まるで吸い込まれるようにして消えてしまった。

後にはもう、何も残っていなかった。

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僕はね。

ずっと色々と調べてきたんだよ。この神隠しについてね。

今だって、その原因や理屈はよくわからない。

この学校の6年生の教室や、6年生自身が、現象を引き起こす鍵になる、ということくらいかな。

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でも、あの日。

教育実習の時に見た光景は、僕に天啓を与えてくれたんだよ。

噂されていた「学校の裏面」は、確かに存在するって。

そこは、かつて黒板のメッセージにあったように、「暗くて光の刺さない真夜中の学校の世界」なんだろうって。

これまで消えた児童は、ずっとそこで生き続けているじゃないか、ってさ。

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だから。

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きみには感謝してるよ、アカネちゃん。

僕はあの後、ちゃんと教師になって、この学校に赴任した。

目的は、なんとしても「こちら側」に来るためさ。

10年かけてようやく今日、「黒い穴」を見つけてそれが叶ったよ。

それにしたって、偶然だったけどね。

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しかし。

想像通り真っ暗だね、ここは。

いつも肌身離さずライトを持ち歩いていてよかったよ。

ああ、きみたちにはまぶし過ぎるかな?

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アカネちゃん。きみはあの時、図書室で会ったときのままだ。

セイイチくん。きみ、まだ鉛筆を握りしめているのかい? テストの時間はとっくに終わっているというのに。

他にも僕が知らないだけで、ずいぶん大勢いるんだね。

この裏面に引き込まれ、学校から抜け出すことのできない「在校生」諸君。

そして――

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ああ、いた。

やっぱりいた。

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ハルカちゃん。

僕はきみに会うために、ここまでやってきたんだよ。

今日までずっと、きみを探してた。

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僕のこと、覚えてるかい?

――と言っても、この姿じゃわからないか。

いや、そもそも今のきみは目が見えないんだったね。

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僕だよ。

セイジだよ。

1999年の7月のあの日、学校の屋上で、きみに告白してフラれた青柳誠治だよ。

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僕はずっと後悔していたんだ。

あの時、僕が屋上に閉じ込めたばっかりに、きみは神隠しに遭ってしまった。

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黒板のメッセージを見て、きみがどこかで生きていることがわかって、なんとしても助けだそうと、僕は教師を目指したんだ。

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だけど、アカネちゃんとの邂逅は、きみと再会できるかもしれないという希望――神隠しに遭った子供は、歳をとらずに生き続けるみたいだとわかったからね――と、ある欲望を僕の胸に灯らせた。

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どんな欲望かって――?

この時の止まった暗闇の世界で、大人になった僕と、子供のきみと。

初恋の女の子と、いつまでも一緒に暮らせるんじゃないかっていうね。

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なあに。

ここにいる連中はみんな、しょせん6年生のガキどもさ。大人である僕にかなう道理はない。

とっとと始末して、ふたりだけの明けぬ夜を楽しもうじゃないか!

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……。

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どうした、ハルカちゃん?

それに他のみんなも。

一斉に近づいてきて、もしかして僕とやろうっていうのかい?

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いいだろう。

大人を舐めたらどういう目にあうか、教育してやるのも教師の勤めさ。

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お?

思ったより力が強いじゃないか?

くっ……、

おい、馬鹿、離せ、痛い痛い痛い!

なんだ、よせ、やめろ!

この深海魚ども!

くらえ!

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どうだ? まぶしいだろう? 

光に弱いんだよな、お前ら。

ははは、ざまぁ見ろよガキども。

さぁハルカちゃん、きみだけはこっちにおいで?

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そう、いい子だ。もう離さないよ。

痛っ! 

しまった、ライトが!

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おい、ハルカ! 

どこ行った! 帰ってこい!

痛た! いたたたたたた!

離せ、寄るな化け物ども! 

俺を――俺を喰うんじゃない! 

よせ、やめろ! 

やめてくれ!

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ハルカ!

ハルカ!

ハルカァァァァァァァアァァァァァァァ!!!!

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ハルッ――

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