わたしが小学4年生のころ、時々コビトを見つけていた。
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最初に見たのは3年生の冬、インフルエンザにかかりうとうとと出窓から外の雨模様を眺めていたときだった。
出窓に置いてるサンタクロースの小物のかげからひょっこりとコビトが顔を出した。
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コビトは緑がかった顔をしていて映画で見た魔女のように長い鼻ととんがった長い耳をしていた。
目は黒々とした黒目ばかりでこちらをみているのかどうか目線ではわからなかった。
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あたりを伺うようにするとコビトはサンタの置物の隣にあった小さなプレゼント箱の飾りに気がついたようだ。傍目にもとっても喜んで見えたコビトはプレゼントの小物を大事そうに抱えてカーテンの陰に消えていった。
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「おかあさん。今日コビトが来たよ」
その日の晩、母親にその日あった出来事を伝えたけど多分ウソを言ってると思われたみたい。
「ホントかなぁ?おかあさんプレゼント箱の小物なんて置いてなかったけどなあ」
サンタの横の空いたスペースにはたしかにあったのに、私はふてくされてその日は眠った。
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それからも何度かコビトを見つけた。
だいたいいつもなにかしら小さなおもちゃを見つけてはそれを持って消えていった。
持っていくものはいつもたいしたものでもないのにとても喜んでいるからかわいいなと思っていた。
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ある時、私が友達から借りてた7色のロケット鉛筆の芯の一つをコビトさんが持っていこうとした。
「だめだよ」
言った途端にコビトはきょとんとした顔をしてこちらをみた。
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「代わりコレあげる」
季節はずれのサンタの置物のフェルトでできた小さな帽子をつまんでかぶせてあげた。
コビトは喜んで両手でもって眺めたり抱きしめたりして最後は被ったままぺこぺこと何度もおじぎをしながら机の本棚の陰に消えていった。
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それからはわたしがコビトさんを呼ぶと出てきてくれるようになった。
苦手ないんげん豆や小さな貝殻、さつまいもの皮なんかをあげたりした。
どれもとってもうれしそうに持ち帰ってくれた。
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コビトさんは春になっても夏になってもサンタの帽子をかぶっていた。
ふと、コビトさんが持っていったものはどこにいったのか気になった。
最初に持ってったプレゼントの箱も小さなおもちゃたちもどこからも見つからなかったのだ。
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秋の寒さがましてきた近ごろ、近所ではさなちゃんの話題で持ちきりだ。
さなちゃんはウチの町内の端の古ぼけたアパートに住む5才の女の子だ。
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まだ小さいのにいつも一人で遊んでいて夕方になっても家に帰らないし、気を利かせたおばさんが自宅に招いたところ、ずっと居座ってしまって最後にはさなちゃんのお母さんがおお怒りしながら迎えに来たそうだ。
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「あそこは片親だからねぇ……」
おかあさんの言ったカタオヤっていうのはわからなかったけれども、さなちゃんが歓迎されてないのはわかった。
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ある日学校からの帰り道でさなちゃんを見つけた。
「あたしのおうちに遊びにくる?」
そういって手を差し伸べたのはなぜなのか今でもわからない。
さなちゃんはこくんとうなずくと私の手を取った。
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近所のおばちゃんたちには嫌われているだろうさなちゃんだが、一緒に遊んでいると意外なほどに楽しかった。
私の古いお人形をかわいがったり、糸電話で話したりして私たちはすっかりお友だちになった。
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遊び疲れたのか、さなちゃんがすぅすぅと寝息を立ててソファで寝た。
私もうつらうつらしてきたとき、コビトさんが現れた。
コビトさんはさなちゃんを指差して、つぎに自分の方に指を向けた。
わたしはなんとなくうなずいてしまった。
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コビトさんは見たこともないようなイジワルな顔で笑うとさなちゃんの口元に近づいた。
両手をくちびるの間あたりにかざすとさなちゃんのくちからビー玉ぐらいのちいさな球が出てきた。
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コビトさんは白い球をひとしきり撫で回すと、いやらしくニヤついた笑顔をみせると、大きなくちを開けて一呑みに食べてしまった。
大きくなったお腹を抱えてよたよたといつものように物陰に消えていった。
それがコビトさんを見た最後だった。
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私はいつのまにか寝入っていたらしく、起きた時ソファの上にはさなちゃんはいなかった。
おかあさんが台所で夕飯の準備をしてたからもう夕方なんだと思った。
「おかあさん。さなちゃん帰ったの?」
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「さなちゃん?新しいお友達?」
おかしいな。おかあさんたちのウワサ話でさなちゃんのこと話してたのに、知らんぷりしてるのかな?
「ウチの近くに住んでる5才くらいの子だよ」
「あら、そんな子いたかしら」
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おかあさんに何を聞いてもダメだった。
おかあさんが帰ってきた時にはわたししかいなかったし、さなちゃんのおうちのはずのアパートには小さい女の子なんていないと言うのだ。
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大人になった今でもふとした時に思い出す。
さなちゃんやサンタのプレゼント箱やおもちゃたちはあの赤い帽子を被ったコビトと一緒にこの世界からどこかへ消えてしまったのだ。
たぶん、みんな思い出と一緒に
作者春原 計都