今回はちょっと毛色を変えて、小生が学生時代に体験した話をします。
物の怪の類は出てきませんので、ご了承ください。
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大学生の時ですからずいぶん昔の話になります。
当時、某地方大学に通っていた俺はバイトに明け暮れ、夏休みは近隣の海水浴場で監視員(今はライフセーバーっていうのかな?)をやっていました。
その海水浴場は太平洋側に面し、北浜、中央浜、南浜の三つに区分され、北浜と中央浜の間は小さな川で部分的に砂浜が途切れ、そして中央浜と南浜の間には三十メートルほどの海に向かって突き出した漁港のある防波堤と、その先端に灯台のある直径十数メートルほどの大きな岩がありました。
大学を卒業して都心に出てきたこともあり、もうずいぶんこの浜には足を運んでいないのですが、ここも東日本大震災で津波の被害に遭ったそうなので、今はもう地形が変わっているかもしれません。
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◇◇◇◇
「中央浜防波堤付近で溺れている人がいる!助けに言ってくれ!緑の浮き輪が目印だ!」
監視台に上がるローテーションの合間、中央浜にある詰め所で休憩していると、中央浜の監視台からトランシーバーで連絡が入った。
俺は、同じく休憩していた同僚とふたりで弾かれたように立ち上がり、ライフジャケットを羽織ると、サーフボードを抱えて防波堤の方向へ砂浜を走る。
溺れている人を救助するのは、まさに秒を争うのだ。
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走りながら五十メートル程の沖合に見え隠れする浮き輪を見つけ、“あそこだ!”と目標を確認すると、同僚と共に海へ飛び込み、サーフボードの上に腹ばいになって、浮き輪の位置を確認しながらパドリングでその位置を目指した。
溺れている人が浮き輪の浮いている場所に必ずいるとは限らない。
パドリングをしながら浮き輪の周囲を確認すると数メートル離れた場所に水しぶきが見えた。
あれだけ暴れているということは全く泳げない人だと思っていいだろう。
一刻を争う。
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俺よりも体格のいい同僚が若干早く浮き輪の場所に辿り着いた。
しかしすぐには水に入ろうとせず、ボードの上に座って周囲を見回している。
(沈んじゃったか・・・)
そう思いながら、同僚から数メートルというところまで進むと同じようにボードの上に座って周りを見回した。
先程まで見えていたはずの水しぶきはもう見えない。
俺と同僚の間に緑色で大型の浮き輪が何事もなかったように静かに漂っているだけだ。
しかしまだ沈んでから一分と経っていないはずだ。
俺と同僚はゴーグルをつけると水に入り、顔を沈めて水の中を確認した。
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海底はこの辺りから急激に深くなっている。
防波堤に近いこのような場所は不規則な波が立ちやすく、浮き輪などがひっくり返りやすい。
一旦顔を上げると、同じように顔を上げた同僚に防波堤側を指差すと、俺はボードについたロープを引きながら反対方向へ海の中を注意深く見て回った。
数分後には二艘の小型の漁船も加わり探索が続けられたが、俺と同僚は三十分程で海から上がった。
もちろん漁船はまだ捜索を続けている。
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ボードを抱え、重苦しい気分に押しつぶされそうになりながら足取りも重く、詰め所に戻った。
そこには数名の警察官と共に、水着姿でタオルを羽織った女性がパイプ椅子に座り、六歳くらいの女の子を抱きしめて泣いている姿があった。
おそらく溺れたのは、この人のご主人だろう。
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「ごくろうさま。」
詰め所で案内係を担当している、同じアルバイトの女の子が声を掛けてくれたが、もちろん笑顔で答える状況ではない。
一緒に海から上がってきた同僚と共に椅子に腰を下ろすと、すぐに警察官が話を聞かせて欲しいと近寄ってきた。
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俺と同僚は、無線で連絡を受けてから海に入り、上がってくるまでを警察官に説明したのだが、同僚が、
「・・・その時にはもうどこにも姿は見えませんでした。」
という言葉を言った途端、俺達の話を聞いていたのだろう、奥さんと思しき女性がわーっと大声を上げて泣き始めた。
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家族の目の前で事情聴取する警察官のデリカシーの無さに腹が立ったが、話も終わったため俺はいたたまれずに詰め所を出ると、外に置いてあるベンチに腰を下ろした。
さすがに三十分も泳ぎ続けて体はくたくただが、あと二十分程で監視台へ上がる交代の時間だ。
目の前ではまだ漁船が捜索を続けているのが見える。
溺れている人を助けることは年に数回あるのだが、今回のように目の前でいなくなられると精神的にかなり堪える。
あと数十秒、なんとかならなかったのか。
自分は本当に真剣に、精一杯ボードを漕いでいたのか。
「天虚空蔵さん、次の南浜の当番、△△さんが代わってくれるって。」
傍に来た案内係の子が氷の入った麦茶と共にそう告げてくれた。
「そう、助かる。もうくたくたなんだ。」
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◇◇◇◇
その溺れた男性は見つからないまま捜索は打ち切られ、それから一週間が経った。
ご家族は遺体が見つからないまでも、目の前で沈んだご主人をそのままにしておくのは忍びなかったのだろう、砂浜にお坊さんを招いて初七日(なのかな?)の法要が執り行われた。
ご家族の希望もあって、俺たち監視員も腕に黒の布を巻いて参列することとなり、俺もその場に並んだ。
中央浜の彼が見えなくなった辺りの砂浜で、立ったままその法要は執り行われた。
読経が終わり、お坊さんはその場で筆を取って塔婆に戒名を書き込んだ。
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ところが塔婆が逆さまなのだ。
しかしお坊さんはそれが当たり前のように、地面に差す方を上にしてすらすらと書いて行く。
そして書き終わると、袈裟を捲り上げて膝まで海に入り、その塔婆を静かに海へと流した。
塔婆は波に押し戻されることなくゆっくりと沖へと流れて行き、皆は手を合わせてそれを見送ったのだった。
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流した塔婆が翌朝に南浜に打ち上げられているのを早朝のパトロールに出ていた同僚が見つけた。
ゴミとして処分するわけにはいかず、法要を行ったお寺に電話で相談するとすぐに引き取りに来てくれた。
袈裟を着てスクーター乗り現れたお坊さんは、まだ湿っている塔婆をお寺でお焚き上げするからと言って受け取った。
そして帰り際に気になる言葉を残したのだ。
「この塔婆が打ち上げられた浜の周辺を注意していて下さい。」
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◇◇◇◇
その日の午後、俺は南浜の監視台にいた。
「おい、あの坊さんの言った通りだ。」
一緒に監視台へ上がっていた同僚が双眼鏡を覗きながら沖合を指差した。
そちらを見ると肉眼でも何か白いものが浮いているのが確認できた。
「うわっ、本当だ。しや~ない、行くか。」
俺が片手をあげると、同僚も同じように片手をあげた。
「じゃんけん、ほい!」
負けた。
水死体は、浮いたり沈んだりを繰り返す。
さっさと引き揚げに行かないと、次に浮いてくるのはいつになるかわからない。
こんな仕事は誰もやりたくはないが、じゃんけんで負けた以上仕方がない。
俺は浮き輪とロープを担ぐと海へと入った。
浮き輪に片腕を掛けて横泳ぎをしながら、同僚が砂浜で双眼鏡を片手に右だ、左だと指示してくれる通りに進んで行くと、波間に白く丸いものが見えた。
もう既に一週間以上が経過している。
うつ伏せの状態で浮いていた遺体は想像した通りガスで膨れ上がっていた。
もちろん表面もふやけてグズグズになっており、俺は立ち泳ぎで極力遺体に触れないようにしながら両脇の下にロープを掛け、再び沈まないように一緒に浮き輪も縛り付けた。
準備が終わった合図として砂浜に向かって手を振った。
同僚が連絡をしたのだろう、砂浜にはすでに数人の仲間が駆けつけ、青いビニールシートを広げて準備している。
俺の合図で、浜から皆でロープを引き遺体を引き寄せると、ビニール手袋をした三人が遺体を浜に上げ、素早くビニールシートに包んだ。
周りには人だかりができていたが、見なければいいのにわざわざ見てトラウマになる人もいるに違いない。
それだけ遺体は傷んでいた。
俺もこのバイトの最初の年に初めて水死体に遭遇した時は、何日もうなされて眠れなかった。
程なく警察も駆けつけ、黒山の人だかりの中で現場検証、事情聴取が行われ、遺体が運び出されて全てが終わった。
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後から聞いた話によると、お坊さんが塔婆を逆さまにして戒名を書いたのは、故意にそうしたのだそうだ。
誰しも自分の名を逆さまに書かれれば、納得できない、気が治まらない。
そう、海で納まってもらっては困るということで、”おさまらないように“ 逆さまに書くのだそうだ。
塔婆の打ち上げられた場所で遺体が揚がったのはそのお陰なのかはわからない。
理屈をつければ、中央浜から南浜への海流がそうなっていたのだと思うのだが、彼が沈んだ場所から塔婆が打ち上げられた場所まで、直線距離で百五十メートル程しかない。
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塔婆は一日掛からずにその場所へ流れついたのに、
彼は一週間以上も海の中で何をしていたのだろうか。
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
何せ昔のことなので、かなり記憶が怪しいところもあり、そこはこうだったろうという事で記憶を補って書いています。
普段、創作しか書いていないのでノンフィクションはなかなか新鮮でした。
次回からまた創作話に戻ります。
実話を何話も書き続けられるほどの経験がないので・・・