23年02月怖話アワード受賞作品
長編19
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終わりの会

五年程前に、友達と地元の居酒屋で飲んでいたときの話です。

ユウキとは小中と同じ学校で、私が地元を離れてからもずっと年に一回か二回は会っている間柄でした。

ただ会って話すことと言えば、学生の頃はほぼ女の子の話。

社会人になってからも下ネタの中にちょっと仕事の話が混ざるくらいで、昔話や思い出話をすることはほとんどありませんでした。

ところが五年前に会ったとき、珍しく彼が小学校の思い出話を持ちかけてきました。

なんでも私達の通っていた小学校が、近隣の小学校に統合されて無くなってしまうとのことで、そんなことは全く知らなかった私は驚きました。

ただ私は元々昔のことをあまり覚えていない人間で、そのとき廃校の話を聞いても、小学校の印象深い思い出などもあまり頭に浮かんで来ず、何とも空虚な気持ちになっていました。

 

対してユウキの方は

「さみしいよなぁ…」

なんて遠くを見ながら呟いていて、

 

その様子を見た私は、

下らない下ネタばっかり話していた俺らも、歳も三十を過ぎて家庭を持つと、しみじみ昔話なんかする様になるんやな、などと思いながら彼の話を聞いてたんです。

今まで昔のことなんてほとんど話題に出したこともなかったのに、その時は次から次へと小学校の思い出を語り出して、

よくそんなことまで覚えてるなと感心しながら聞いていたんですが、

彼の話を聞いているうちに、私自身も小学校の記憶が驚くほど鮮明に蘇ってきたんです。

 

いたずらがバレて、二人で校長先生に怒られたこと

階段でふざけてユウキが骨折したこと

大喧嘩したこと

修学旅行前の班分けで、好きな子と同じ班になろうと画策したこと

修学旅行ではしゃぎすぎて、ユウキが骨折したこと

 

思い出話はかなり盛り上がって、すっかり忘れていたはずのあの教室の雰囲気とか、休み時間にクラスメイト達の話す声が、この騒がしい居酒屋の喧騒の中に紛れて聞こえてくるような気がして、

まるで思い出の中にトリップしたような、何とも言えない高揚感を感じていました。

「お前、ようそんな昔のこと覚とんな、俺なんか全部忘れとったわ」

と私が言うと、ユウキは

「いや俺も最近まで忘れとったんやけど、この前、織田とか山根とかと飲んだときに小学校のときの話になって、そんでいろいろ思い出してん」

懐かしい同級生たちの名前を聞いて、俺も久しぶりにみんなに会って、昔話で盛り上がりたいなと、

そんなことを考えながらレモンサワーのジョッキを傾けていました。

  

そんな私の方を、ユウキは顔色を伺うように黙って見ていました。

そしてタイミングを見計らっていたかのように切り出しました。

 

「なぁ、ヨウちゃんはミナガワ先生のことって、覚えてる?」

 

ミナガワ?

聞いた瞬間は、聞き覚えのない名前だと思いました。

でも私は無意識にその名前を頭の中で反芻しました。

ミナガワ、、ミナガワ、、皆、ガワ、、、

教壇に立つ、小柄な女性の姿が浮かびました。

 

「あぁ…皆川先生って、たしか女の先生やったよな」

「そう!やっぱヨウちゃんも覚えてるやんな?」

「いや、覚えてるって言えるほどはっきりとは思い出せへんけど…」

「ほら、結構綺麗な先生やったやん、なんか声に特徴があって」

 

声に特徴…

ユウキのその言葉をきっかけに段々と皆川先生のことを思い出してきました。

 

「あぁなんか思い出してきた。急に名前呼ばれたら、同級生が呼んだんかと錯覚するような声やったよな」

 

皆川先生は他の先生と比べて若い先生でしたが、特に声が若いというか独特の妙に幼い声質をしていました。

 

ユウキが言うように、綺麗な先生だったと思います。

小柄で、若いけど少し古風な、日本人形のような整った顔立で、いつも優しそうな表情をしていた気がします。

4月の始業式の日に、新しい担任として教室に入ってきた皆川先生を見て、少しドキドキしたことを思い出しました。

 

「そうか、やっぱりヨウちゃんも覚えてんねや」

ユウキは独り言のように呟いて、少しの間黙って俯いていました。

不自然な間が空いた後、彼は気を取り直したように口を開きました。

 

「そしたら…スミコちゃんのことは覚えてる?」

  

その名前を聞いた途端に、胸がザワつきました。

何かとても重要なことを忘れていたことに気がついた時のような、そんな感覚でした。

 

「えっと……何となく名前は覚えてるけど、それ何やったっけ?」

「……そっか、覚えてへんか…

ほな、やめとくわ」

 

ユウキは話をやめようとしましたが、こっちはもう気になって、頭から「スミコちゃん」という言葉が離れません。

スミコちゃんとは何か?

彼に問いかけましたが、彼は、うーん、と唸るだけで、なかなか答えを教えてくれませんでした。

 

「何?って聞かれても、俺もよう分からんのよ」

「……お前、自分から話振っといて、よう分からんって、どないしてくれるねん…」

 

記憶にモヤがかかるとはこのことかと、非常にイライラしていました。

そんな私を見て、ユウキは渋々という感じで話を続けました。

 

「終わりの会のときに、皆川先生がいきなり話し出したの覚えてへん?」

 

終わりの会…そんなのあったな。

下校する直前に、先生が黒板に宿題を書き出したり、プリントを配ったりするあの時間。

懐かしい響きだけど、やっぱり覚えていないので、首を傾けて黙っていました。

 

「ほら、先生が、

この教室の後ろで、ずっとみんなのことを見ている女の子のこと、気づいてますか?って」

 

何やそれ?怖いわ

思わずツッコミそうになったその瞬間でした。

思い出したんです。

目の前に、あの日の教室の風景と、黒板の前に立つ皆川先生の姿が、今まさにその教室に自分がいるかのようにはっきりと見えました。

  

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「ねぇ、みんな聞いて」

 

その日の終わりの会で最初に先生が話し出したとき、一日の授業が終わる開放感から、私達は落ち着きなく騒いでいました。

しかし、いつもと少し違う先生の真剣な表情に気付いて、すぐに教室は静かになりました。

 

「今日はみんなに話しておきたいことがあります。」

 

先生は少し緊張しているように見えました。

 

「実は4月にこのクラスが出来たときから、この教室の一番後ろで、ずっとみんなのことを見ている女の子がいるんだけど、

その子のこと、気付いてたよって人はいるかな?」

 

私達は先生の言っていることの意味を図りかねてしばらく沈黙していました。

考えるまでもなく、教室の後ろにいつもいる女の子なんていないはずです。

 

先生はゆっくりと教室を見渡したあと、自らの緊張を隠すように、いつもの優しい笑顔を作って話を続けました。

 

「たぶん気付いてない人がほとんどだと思います。でもね、その子は最初からずっとそこにいます」

先生が教室の一番後ろの、窓際の角、掃除用具入れのロッカーの方を指差しました。

 

教室に薄っすらと異様な雰囲気が漂ってきました。

何かの謎掛けなら、そろそろ答えを教えてくれないと、先生の優しい笑顔も何だか気味が悪く感じてきてしまいます。

 

「見えないのに、いるって言われたら怖く感じちゃう人もいるかもしれないよね。

でも、その子は怖い子じゃありません。

だからみんな、怖がらないでね」

 

そうか、怖くはないのか。

教室の後ろに立つ見えない女の子なんてものをすぐに信じるほど幼くはありませんでしたが、「怖くない」と言われれば、それなりに安堵の気持ちが湧くぐらいの素直さは持っていました。

 

「先生には見えます。みんなと同じくらいの歳の女の子です。

その子の本当の名前は分かりません。でもいつも教室の隅っこでみんなのことを見ているから、先生はスミコちゃんと呼んでいます」

 

スミコちゃん……

意味不明な話を進める先生の様子には、相変わらず異様な雰囲気を感じていましたが、

急に「スミコちゃん」というゆるいネーミングを聞かされて、何人かがクスクスと笑い声を上げました。

その笑い声で、少し教室の緊張が和らぎました。

 

「それって幽霊なん?」

誰だったか、元気でガサツなやつが大きな声で先生に聞きました。山根だったか。

 

先生は少しの間黙って、慎重に言葉を選んでいるようでした。

「うん、そうだね。それは先生にもよく分かりません。そうかもしれないし、違うのかもしれません。

ただ先生はスミコちゃんのことを、みんなと同じ先生の生徒だと思っています。

だからみんなにも、同じこのクラスの同級生だと思ってもらいたいです」

 

またクスクスと笑い声が上がりました。

着地点が見えない話が続き、小学生達の集中力は途切れ始めていました。

スミコちゃんが何なのか、そこを先生がはぐらかしたことも興味を削がれた要因でした。

私もその時には、同級生でも何でも、思えって言うならそうするから早く帰らしてくれと、そう思っていました。

 

そのとき、いつも大人しくて目立たない和田さんが先生に向かって何か言いました。

周りがざわついていて、和田さんの小さい声はクラスのみんなには聞こえていません。

でも先生は和田さんの近くに寄って、丁寧に話を聞いているようでした。

 

「みんな聞いて、和田さんが勇気を出して先生に話してくれましたよ」

 

教室が静かになり、みんなが和田さんに注目しました。

和田さんが先生に促されて、少し震えた声で話し始めました。

 

「私も…女の子がいるのが見えたことがあります」

 

予想外の言葉に、教室に戸惑いの空気が広がりました。

また元気でガサツな誰かが言いました。

「絶対嘘やろ!」

瞬間、先生の顔が無表情になりました。

 

「誰ですか?今嘘って言ったのは」

 

教室がしんと静まり返りました。

重苦しい空気の中で、和田さんが泣きそうな顔をしています。

 

「和田さんありがとう。大丈夫、和田さんが見た女の子は絶対にいるよ。

今はまだ、みんなには信じてもらえてないかもしれないけど、和田さんは間違ってないからね」

 

打って変わって優しい表情で先生は和田さんに語りかけて、和田さんも小さく頷いて答えました。

 

「あのね、ひとつみんなに分かって欲しいことがあってね。

今の和田さんのように、みんなには見えないモノのことをお話しするのは、とても勇気のいることなんです。

だって信じてもらえないかも知れないし、今みたいに、嘘つきだとか、他にも悲しいことを言われるかも知れないでしょう?

見えないモノのことを、他の人にも信じてもらうのはすごく大変だと思わない?

だから本当は黙ってた方が楽なんです。

でも、それでも和田さんは勇気を出して、本当のことを話してくれました。

勇気を出してお話ししてくれたお友達に、嘘だとか、そういうことを言うのはやめてね。

それと、スミコちゃんのこと、急には信じられないという人の気持ちも分かります。

でも今日は何とか、みんなに分かってもらいたくて、それで先生も勇気を出してみんなにお話ししました」

 

先生は訴えかけるような目で、ひとりひとりの顔を見つめて言いました。

そして再度問いかけました。

 

他に、スミコちゃんがいることに気づいていた人はいませんか?と

 

驚いたことに、今度は3人ほどの手が上がりました。

また教室が騒めきました。

 

これでクラスの中で4人が、スミコちゃんを見ていたことになり、段々とその存在が現実味を帯び始めていました。

とりわけ手を上げた3人の中に、マコトがいたことに注目が集まりました。

マコトは学年一スポーツが出来る、男子の中で最も影響力のある生徒でした。

 

先生もそのことを理解していたはずです。

だから今度はマコトに、みんなの前でスミコちゃんについて話すように促しました。

 

いち早く声変わりの進んだマコトの声にみんなは耳を傾けました。

「ええと、別にそんな、はっきり見たわけやなくて、そんな話すことはないんやけど、たまに授業中とかに、後ろの方を見たら、女の子みたいなのがチラッと見えたことが何回かあって、でもたまにやから、見間違いかなと思っとったんやけど…」

「谷口くんには、スミコちゃんはどんなふうに見えましたか?」

先生がマコトに質問しました。

「えっと、顔とかはよく見えんかったって言うか、全体的にあんまりはっきり見えんかったんやけど、何か、紫っぽい服を着てた気がする」

「私も、紫のスカート履いてた」

先程手を上げていた女子生徒が声を上げました。

女子の間から、小さな悲鳴に近い声が上がりました。

いよいよスミコちゃんの姿が具体的になってきたことにより、私も段々怖くなってきました。

「ほら、みんな怖がらないで」

先生がみんなに言いました。

「でも怖がってるってことは、みんなスミコちゃんのこと、段々信じてきてるってことだよね?

どうかな?スミコちゃんはこの教室にいるって、信じるよって人、手を上げてみて」

 

先生の呼びかけに、またクスクスと笑い声が上がりました。

しかし笑い声が止んでしばらくすると、チラホラと手が上がりはじめました。

半分には満たない数でしたが、女子生徒の多くが手を上げていました。

 

「ありがとう。段々信じてくれる人が増えてきましたね。

先生が何でこうやってスミコちゃんのことをみんなにお話しているかというとね。

それは今日スミコちゃんが、先生に教えてくれたことがあるからです」

 

男子連中のほとんどは、話の展開についていってない様子で、まだ何かの冗談かお遊びの類いかのように感じていたのか、ヘラヘラと笑っているやつも結構いました。

対して女子達の多くは、早くも見えない同級生の存在を受け入れ始めていました。

 

「先生はスミコちゃんとお話し出来るんですか?」

女子の中のリーダーだった山本が聞きました。

 

「うーんとね、正直に言うと、いつもはあんまりお話は出来ません。

ただ何となくスミコちゃんが感じていることは分かります。

スミコちゃんはね、みんなと同じように授業を受けたり、休み時間に遊んだりお喋りしているみんなの近くにいることが好きなんです。

本当は誰かに気づいて欲しいし、自分もクラスの一員になりたい気持ちもあると思うんだけど、

でもみんなを怖がらせたくないから、だから大人しく教室の隅っこでみんなのことを見ているんです」

 

また教室が静かになりました。

先生の話によると、スミコちゃんは何だか寂しい存在で、少し悲しい気持ちになりました。

しかしスミコちゃんは見えない上に得体が知れな過ぎて、私達にはどう関わっていいものなのか全く見当もつきません。

 

「でも今日初めてなんだけどね、スミコちゃんは先生に語りかけてくれたんです。

きっとどうしても伝えたかったんだと思います。

でもね、スミコちゃんには本当に申し訳ないんだけど、先生にはスミコちゃんの言葉はところどころしか分からなかったの」

そこまで話して先生は、少し悔しそうな表情を見せて息をつきました。

 

「だから、先生が分かったところだけなんだけど、スミコちゃんの言葉をみんなに伝えます。

スミコちゃんが初めて先生に伝えてくれた言葉です。

だからみんなには、ちゃんと聞いて欲しいし、信じてもらいたいです」

 

先生は一度大きく息を吸い込み、

そして少し強がるような笑顔を浮かべて、

いいですか?山根くん、と

さっきまでヘラヘラしていた山根に声をかけました。

山根はまだ薄笑いを浮かべて、周りを見回していましたが、流石にもうふざける空気じゃないことは察したようで、小さな声で「はい」とだけ返事をしました。

 

「まずスミコちゃんが先生に言ったことはね、

みんなのことを守りたい、必ず守るよって、そう言ってきたの。

だから先生は、何から守るの?って聞いたのね。

その何かは、ちょっとはっきりとは分からないんだけど、

それはこれから起こることで、少し怖いことみたいなの。

それから、それはこのクラス全員に関係することらしいの」

 

同級生たちは顔を見合わせました。

まだ話の要領はつかめないけど、スミコちゃんが伝えたいことが、あまりいいことではないことは、慎重に言葉を選んで話す先生の様子から伝わってきました。

 

「それから、スミコちゃんはね、

このクラスのみんなが全員揃うのは、今日で最後になるって言いました」

 

女子達の間からまた小さな悲鳴が上がりました。

全員揃うのは今日で最後とはどういう意味か。

一体これから何が起こるのか、

私たちの間に不安が広がりました。

 

「でも大丈夫です。スミコちゃんは、みんなを守るって言っています。

こうやって先生に言葉を伝えたのも、みんなを守るためだって、そう言っていました」

 

その先生の言葉を聞いても、教室の騒めきは収まりませんでした。

 

「スミコちゃんから先生に伝わった言葉はここまでです」

 

騒めきが一段と大きくなりました。

スミコちゃんの言葉は最初から最後まで要領を得ない割に、不吉さだけはしっかりと残して行きました。

 

「いいですか?これから先は先生の考えなんだけど。みんなしっかり聞いてね」

 

同級生達は、この先に起こると言う「怖いこと」から逃れる方法を聞き逃すまいと、集中して先生の言葉を聞きました。

 

「みんなに守ってもらいたいことが、三つあります。

一つは、今日は寄り道をせずに、まっすぐ家に帰ること」

 

これはすんなりと納得出来ました。

これから何かしらの災難に遭う可能性があるなら、早く家に帰って親と一緒にいた方が安全でしょう。

一つ目が比較的簡単な約束事だったので、少し心に落ち着きを取り戻すことが出来ました。

しかしまだ安心は出来ません、約束事はまだ二つ残っています。

残る約束事の中に、守ることが困難な内容があるのではないかと言う不安が新たに芽生えてきました。

 

「二つめは、スミコちゃんが守ってくれるということを心から信じて下さい。

スミコちゃんはこのクラスのことが好きだと言っていました。だからみんなのことを守るって。

みんなにはスミコちゃんのことは見えないけれど、でもちゃんと彼女はこの教室にいて、みんなを守ってくれているって、分かってて欲しいんです。

きっとその気持ちが、スミコちゃんの力になると先生は思います」

 

言われなくとも、守ってくれると言うスミコちゃんの言葉にすがる以外に、現状私達に出来ることは無いように思われました。

信じていると言う状態をはっきりと表すことが出来ないことが少々不安でしたが、とにかく今は精一杯頷くしかありません。

 

「そして、これが三つ目です。これはちょっと難しいかもしれないけど」

 

心臓の音が高鳴るのを感じました。

やっぱり、難しい約束事があるようです。

どうか、自分に出来ることでありますように。

祈るような気持ちで、先生の顔を見つめました。

 

「みんながこの学校を卒業したら、もうスミコちゃんの話はしてはいけません。

それから少なくとも大人になるまでには、スミコちゃんのことは忘れなければいけません。

あともう一つ、スミコちゃんのことは、お父さんやお母さんにも言ってはいけません」

 

もう、何が何だか分かりません。

スミコちゃんの話をするなというのは、とりあえず出来そうではあります。

しかしこの先にスミコちゃんのことを忘れるなんて、約束のしようがありません。

あと親に言うなというのも、かなり心の揺らぐ話でした。

そもそも、その約束が出来るかどうかよりも、なんでこんな事を言われるのか、その理由の方が気になりました。

それに、三つ目の約束の中に約束事が三つ入っているので、実際には約束事が全部で五つになってしまっていることにも理不尽さを感じました。

 

「どうして親に言ったらダメなんですか?」

 

同級生たちにも、引っかかるものがあったようで、誰かが先生に質問しました。

 

「さっき先生言いましたよね。

見えないモノを誰かに信じてもらうことは、とても大変なことです。

みんなのお父さんやお母さんに話しても、スミコちゃんのことは信じてもらえないと思います。

そうなると、みんなが辛い思いをするかもしれないから、お父さんお母さんには秘密にして下さい」

 

「うちのお母さんは信じてくれると思います」

また誰かが先生に反論しました。

 

「ううん。悲しいけど、絶対に信じてもらえません。

それにスミコちゃんは、みんなのことが好きだから、こうやって先生を通して言葉を伝えてくれたけど、このクラスの生徒以外に自分のことを知られることは望んでいません。

このクラスの人以外にスミコちゃんの話をした人は、

もう守ってもらえないかもしれません」

 

同級生達の顔が凍りつきました。

守ってもらえないかもしれないと言われたら、従う他ありません。

続いて山本が先生に質問しました。

「スミコちゃんのことを忘れないといけないのは、なんでなんですか?」

 

先生は十分に間をとってから答えました。

「多分、良くないことが起こるからです。」

 

また、不吉なことが増えました。

質問をしても何も情報を得られないばかりか、ただ不吉さが増すばかりです。

 

「もしかして、死ぬんちゃう?」

山根が茶化すような調子で言いながら周りを見回しています。

誰も笑ってないし、山根自身の薄笑いも、よく見ると若干引きつっています。

 

先生は山根の言葉に対して、しばらく何も答えませんでした。

このときの沈黙が、私達にとっては一番の恐怖でした。

 

「…いいえ。死んだりはしません。でも…」

  

先生はまた沈黙してしまいました。

その先は非常に気になりました。

しかし聞いたとしても、また不吉さが増すだけで何も得られないのでは無いかと言う恐怖から、その先を促すことは躊躇われました。

 

この恐怖から逃げるように、誰かが別の質問をしました。

「大人になるまでって、いつまでやったらいいんですか?20歳までやったら大丈夫なんですか?」

 

「出来るだけ早く忘れた方がいいけど、25歳になるまでには絶対に忘れて下さい」

 

絶対に忘れろ、という言葉にプレッシャーを感じました。

その後もクラスの何人かが先生に質問しましたが、結局のところ何一つはっきりしたことは分からないままでした。

生徒達の質問が途絶え、教室全体が重い空気に包まれていました。

 

 

「それじゃあ最後に、もう一度だけみんなに聞きます。

スミコちゃんのこと、信じる人は手を上げて」

 

 

もう笑い声は上がりませんでした。 

次々に上がる生徒達の手を、人形のような微笑みを浮かべた皆川先生が、ゆっくりと見渡していました。

 

 

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記憶の中の先生と目が合ったような気がして我に返りました。

記憶の中から「いま」の自分を見つけられてしまったような、そんな気がしました。

 

思い出したと言うにはあまりにも鮮明で、まるでたった今体験した出来事のように思えました。

これは本当に「記憶」なのか、突然私の頭の中に浮かんだ妄想なんじゃないかと、そんな感覚を持ちました。

しかし、今思い出した出来事をユウキに話したところ、どうやらユウキも同じ思い出を持っていたので、

やはりこれは妄想では無く「記憶」なんです。

 

「この前、織田とか山根とかと飲んだって言うたやろ、そんときに誰から言い出したんやったか皆川先生の話になって、そんで俺も急に思い出してん」

 

なかなかに印象的で、簡単に忘れることはなさそうな出来事に思えましたが、奇妙なことに私もユウキも、あの日のことはすっかり忘れていたのです。

大人になってからどころか中学の時でさえ、ユウキとも、他の誰かとも、あの終わりの会のことやスミコちゃんのことについて話したことは無かったと思います。

私は律儀に先生との約束を守っていたことになります。

 

他にも不自然に思えることがありました。

あのときの先生の話は、大人になった今考えるとかなり問題の多い内容でした。

先生からは「親には言ってはいけない」なんて言われていましたが (この部分が特に問題な気がします) 、30人以上いた生徒全員が、きっちり秘密を守っていたとは考えにくいです。

中には親に話してしまった生徒もいたんじゃないかと思うのです。

そうなれば恐らく、ちょっとした問題になったはずです。しかし実際には学校でスミコちゃんの話が問題視されたような記憶もありません。

そのことをユウキに話すと、

「確かに不自然ちゃ不自然やけど、

あのときはそれどころやなかったやろ。

誰かが親に言うてたとしても、学校にクレームつけてる場合やなかったんと違うかな」

 

ユウキのその言葉で納得しました。

確かに、それどころではなかったんです。

スミコちゃんの話を聞いたあの終わりの会の、その翌日の早朝

私達の住む街を震度7の地震が襲いました。

 

「あの揺れで、スミコちゃんのことなんか全部頭の中から吹っ飛んだわ」

 

ユウキの言う通り、全てが吹っ飛ぶような本当に凄い揺れでした。

激しい横揺れと轟音の中で、このままでは家が潰れて死ぬと本気で思いました。

 

幸いにも我が家は倒壊を免れ、家族も無事でした。

そして同級生達も、亡くなったり大怪我をした人はいませんでした。

 

しかし何週間かの休校の後、学校が再開されても、登校してこない生徒が何人かいました。

何人かは、自宅が半壊状態で住めなくなってしまったそうで、かなり離れた場所にある仮設住宅での生活を余儀なくされていました。

また、当時はまだ一般的ではありませんでしたが、今で言うPTSDみたいなことだったのかと思います。しばらく学校に来られない生徒もいました。

学校が再開したのが2月で、そのままクラスは全員揃わないまま3月になり、やがて進級してクラス替えとなりました。

スミコちゃんの予言通り、あのクラスで生徒が全員揃ったのは、あの日の終わりの会が最後となったのです。

 

私達の住んでいた街は、最も被害が大きかった地域からは、少し離れていました。

学校全体でも亡くなった人はいませんでした。

それがスミコちゃんが守ってくれた結果なのかは確かめようもありません。

そのスミコちゃんの言葉を伝えた皆川先生が、震災のあと学校に来なくなってしまったのだから尚更です。

 

皆川先生自身が怪我をしたとか、そう言う話ではなかったはずです。確か家庭の事情とか、そんなような説明であまり具体的には聞かされなかったと思います。

2月からは別の先生が担任を引き継ぎ、クラスの中でスミコちゃんのことについて話す機会もありませんでした。

 

結局、記憶が蘇ったところで、またあの終わりの会のときと同じように、ただただ戸惑いが心に残るばかりで、

「何やったんやろうな、スミコちゃんて」

と、ユウキと二人でこの言葉を繰り返すしかありませんでした。

 

 

 

 

その後もユウキとは、年に一回か二回、会って酒を酌み交わす関係が続いています。

少し変わったのは、それまでは二人で会うことがほとんどでしたが、ここ何年かは小学校当時に仲の良かった同級生達と複数人で集まることが増えました。

みんなで集まっては、今はもう無い母校の思い出話で盛り上がっています。

 

 

そして会が終盤に差し掛かると、誰かが言い出すのです。

 

 

「なぁ、スミコちゃんのこと、まだ覚えてる?」

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