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目覚し時計【外伝】溝山雅美

長編11
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目覚し時計【外伝】溝山雅美

私の名前は溝山雅美。

私が幸田正樹に初めて会ったのは、中学二年の春。

クラス替えで同じ教室になったんだけど、彼は特に目立った存在ではなく最初はあまり意識していませんでした。

でも、ある日曜日、常に両親の喧嘩が絶えない家にいたくなかった私は、駅前のデパートをふらついていました。

そこで偶然彼を見掛けたの。

彼は何だか嬉しそうな顔で目覚し時計を選んでいたわ。

最初は何だか見たことのある男の子だなって思っただけだったんだけど、すぐに同じクラスになった人だと気がついた。

席が私の斜め前だったから。

きれいな包装紙に、可愛いリボンまで付けて貰った目覚し時計を抱えて彼は楽しそうに帰って行った。

きっと誰かへのプレゼントなのでしょう。

彼が去った後のショーケースを覗くと、その目覚し時計は九千二百円で、中二の私達にとってはかなりの金額。

彼は一体誰にそんな高価なプレゼントをするのかしら。

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◇◇◇◇

その日以来、何となく彼のことが気になり始めました。

取り立ててイケメンと言う訳ではありませんが、優しそうな笑顔が惹きつける何かを持っていて、そのせいかクラスメートにも好かれていたわ。

そんなある日、私がうっかり教室の花瓶を割ってしまったんです。

教室を掃除している時に、たまたまほうきの柄が当たっちゃったの。

「何やってんだよ!」

虫の居所が悪かったのか、同じ班の男子が怒鳴って私のことを突き飛ばしたんです。

そのまま尻もちをついて、私は思わず涙が零れそうになりました。

「ただでさえ、面倒臭い掃除をやってるのに仕事を増やすんじゃねえよ!この馬鹿!」

それでもなお怒鳴るのを止めないその男子を正樹君が割って入ってなだめてくれたの。

「まあ、そう怒るな。溝山だってわざとやったわけじゃないし、お前だって先週教室のガラスを割っただろ?」

そして私の方を振り返ってにっこり笑ってくれた。

「ほら、溝山、割ったのはお前なんだから、さっさと片付けて帰ろうぜ。」

そして割れた花瓶を片付けるのを手伝ってくれたのです。

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◇◇◇◇

その日から、私は幸田正樹に夢中になりました。

はっきり言って初恋。

最初は、教室で斜め後ろから彼を見ているだけで幸せな気分になれたのです。

どちらかと言えば根暗であまり目立たない私を彼が好きになってくれるとも思っていなかったから見ているだけで充分だと思ってた。

でも彼のことをもっと知りたいと思った私は、学校の帰りに彼の後をこっそりつけて彼の家まで行きました。

彼が家に入ってしばらくすると二階の窓に明かりが灯るのが見えました。

あそこが正樹君の部屋なんだ。

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その日から、彼の部屋を見上げるのが日課になったのです。

親には部活を始めたから帰りが遅くなると嘘をつき、正樹君が帰る頃を見計らって彼の家へ行き、彼の部屋の窓を見つめる。

たまにカーテンが開いている日にちらっと彼の姿が見えるととても幸せな気分になれました。

学校の人達が知らない彼の姿を私は見ているんだ、って。

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そしてある日、私は体調が悪いと嘘をついて体育の授業をさぼり、教室にひとり残りました。

誰もいない隙に正樹君の机から筆箱を取り出し、消しゴムを抜き取ったの。

悪いことだと分かっているけど、何でもいいから正樹君の持ち物が欲しいという気持ちが抑えきれなかった。

それ以降、体育の授業をさぼっては彼の机やカバンを漁り、彼のノートを盗み見たり、私の髪の毛をカバンの底に入れたりしてこっそり悦に浸っていたの。

しかしそれでもやはり片思いでは物足りない。

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その冬、思い切って私は彼にチョコレートを渡しました。

頭の中が真っ白になるくらい緊張して震える手でチョコを渡すと、彼は笑顔で受け取ってくれたのです。

天に舞い上がるくらい嬉しかったんだけど、でも私は知っているの。

彼が他にもたくさんチョコを貰っているのを。

でも私があげたチョコはちゃんと正樹君に食べて欲しい。

誰かにあげるなんて絶対にしないで。

私が正樹君の為に舐めたチョコを他の誰かが食べるなんて気持ち悪いから。

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◇◇◇◇

中学卒業を目前に控えた冬の日、私は一大決心をして彼に手紙を書きました。

中学二年の春から正樹君の事を想い続けた日々を書き連ね、彼の下駄箱に入れたのです。

でも彼からの返事はなかった。

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彼の家に行っても彼は私がいることに気づいているのか、カーテンが開くことはありません。

そしてそんな悶々とした日を過ごして中学を卒業し、別々の高校へと進学することになりました。

彼と同じ高校へ行きたかったのですが、彼は越境して離れた高校へと進学し、私はその学校を受けることすら先生に許して貰えなかったのです。

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別々の高校へ通うようになった以上、何もしなければ正樹君が私のことを思い出すことなど無くなる、そんな焦りがありました。

正樹君も携帯を持っている。彼の携帯番号を知りたい。

当然面と向かって聞いても教えてはくれないでしょう。

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私は彼の中学時代の友人のひとりに接近しました。

そいつは峰谷といういわゆるオタク系の男で、中学時代も女子からはキモいと相当に嫌われていたんです。

奴なら何とかなる、そう思って私は彼の帰りを待ち伏せました。

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「峰谷君、久しぶりね。ちょっといい?」

「何だ、溝山じゃないか。何か用か?」

「ちょっと聞きたいことがあるの。ちょっとこっちへ来て。」

そう言って峰谷を人目につかない物陰に連れて行くと、着ていたトレーナーの前を捲り上げました。

「幸田正樹の携帯番号を知りたいの。教えてくれたらおっぱいを触らせてあげるわ。触ったことないでしょ?」

私はさらにブラジャーをたくし上げてペロンとおっぱいを彼の目の前に晒しました。

はっきり言って胸の大きさには自信があります。

案の定、峰谷は私のおっぱいを食い入るように見つめています。

「お、お前、まだ幸田のことを諦めてなかったのかよ。」

「私の勝手でしょ!教えてくれるの?くれないの?」

「お、教えるよ。」

峰谷は慌てた様子でポケットから携帯を取り出すと、正樹君の番号を表示して私に突き出しました。

私はその携帯を引っ手繰るように受け取ると、自分の携帯を取り出して番号を打ち込み始めました。

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その間に峰谷は私の背後に回り込んで、嬉しそうに私のおっぱいを揉み始めたのです。

約束だから仕方がありませんが、あの峰谷に揉まれているかと思うと背中に鳥肌が立ちます。

「柔らけえ。なあ溝山、幸田の事なんかさっさと諦めて俺の彼女にならないか。幸田はお前の事をすげー嫌ってるんだからさ。いくら頑張っても無駄だぜ。

って言うか、頑張るほど嫌われるんだ。諦めろよ。」

「大きなお世話よ!」

私はそう言って峰谷から体を離すとトレーナーを直して、携帯を峰谷へ突き返しました。

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◇◇◇◇

携帯番号を手に入れた私は、暇があると正樹君にメッセージを送りました。

どうせ電話には出てくれません。

分かっていたけど、こうやってメッセージを送り続ければいつか受け入れてくれるかもしれない。

―今何してるの?―

―すっと愛してるからねー

―今日、駅前の本屋さんに行ったでしょ。見てたわ。―

―コンビニのバイトは上手く行ってる?働く正樹君の姿はカッコいいわよ。―

―バイク買ったのね。今度後ろに乗せてよ。―

―今日は近所の女の子と買い物だったわね。あんな小学生が好みなの?そんなわけないよね。―

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そしてある日、突然電話が通じなくなったのです。

番号を変えられたのかもしれない。

(頑張るほど嫌われるんだ。諦めろよ。)

あの時の峰谷の言葉が頭に浮かびます。

「頑張るしかないんだから、仕方がないでしょ!」

独り言を言った途端、あの峰谷のスケベな眼差しが脳裏に浮かび、おっぱいを揉まれる感触が蘇ったのです。

また鳥肌が立ったのですが、その時ある考えが頭に浮かびました。

正樹君だって普通の男の子。

普通に性欲があるんだったら、カラダで迫ればきっとこっちを向いてくれるはず。

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◇◇◇◇

翌日、私は早速行動に移しました。

彼はコンビニのバイトを終えて、夜十時半頃に帰宅する事は当然把握しています。

彼の家の近くにある公園の公衆トイレに入ると、着ている服を全部脱いでカバンに詰め、そして一糸纏わぬ裸の上に膝まであるスタジアムコートを着ました。

全裸にコートを纏っただけで歩いていると、自分でもドキドキして昂っていました。

家の近くまで来ると電柱の陰に隠れて彼が帰ってくるのを待ちます。

時間が近づくにつれ胸が高鳴ってくる。

そしていつも通り十時半を少し過ぎたところで彼の駆るバイクの音が聞こえてきました。

家の前にバイクを停めてヘルメットを脱いだところで、周囲に人影がないのを確認して彼に駆け寄りました。

「正樹君」

私の声に振り返った彼は、いきなり眉をひそめて何も言いません。

もう一度周囲に人影がないことを確認した私は、スタジアムコートのチャックを下げ、思い切り前を開けました。

「ほうら、私の体は正樹君のものよ。好きにしていいの。」

彼は私の体に魅入るはずだった。しかし彼の目は峰谷と異なって冷ややかで、口からは予想していなかった言葉が吐かれたのです。

「変態」

「えっ?」

「前から嫌な奴だと思っていたけど、こんな変態だとは思わなかったよ。気持ち悪いから二度と俺の目の前に姿を見せるな!」

顔を歪めて吐き捨てるようにそう言うと、正樹君はヘルメットを掴んで家の中に入ってしまいました。

彼のあんな表情は初めて見ました。あんな言葉を聞くのも初めて。

頭の中が真っ白になった私はそのまま固まってしまいました。

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「おや、姉ちゃん、大胆な格好だね。」

いきなり聞こえた声で我に返ると、目の前には酔っ払いの中年オヤジが立ってニヤニヤと私を見ているではないですか。

「そんな格好して、さては欲求不満だな。よし、俺が相手をしてやろう。いくらだ?」

顔から火が出るような恥ずかしさが襲い掛かり、慌てて両手でコートの前を掻き合わせると全力でその場から逃げ出しました。

「おいちょっと待てよ。スケベ姉ちゃん!やらしてくれよ!」

後ろから大声で叫ぶオヤジの声が響きます。家の中にいる正樹君にも聞こえているに違いありません。

余りの出来事に走りながらも全身を震えが襲い、歯が噛み合わずにガチガチとなっています。

何でこんなことになってしまったの。

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◇◇◇◇

家に帰って毛布を頭から被っても震えが止まりません。

死のう。

もう死んでしまおう。

でも、どうせ死ぬなら正樹君と一緒に死にたい。

一緒にあの世へ行けば、他に誰もいなければ、私のことを見てくれるかもしれないもの。

(雅美は考え方が極端なのよ。)

中学の頃、友達に言われたことがある。

そんなことはない。私は普通よ。

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◇◇◇◇

翌日、私はバイパスの横の歩道で立木の影に立っていました。

コンビニのバイトを終えた正樹君は、バイクでここを通って帰る。

彼の行動は全て知っているのです。

それほど交通量の多くない道路であり、見逃すことはないはず。

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十時十五分。

聞き覚えのあるバイクの音でそちらを見ると三角形のヘッドライトに見覚えのあるシルエット。

間違いない、正樹君だ。

これから死のうと言うのに、その姿を見た私の胸には悦びがこみ上げてきます。

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これから一緒に死ぬんだ。

その姿を確認してから数秒後、私は木の陰から彼のバイクの前に飛び出しました。

キーッ

激しい急ブレーキの音に、私は思わず目を瞑りました。

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しかし訪れるはずの衝撃が来ません。

えっ?と思った瞬間、背後でドーンと何かが破裂するような激しい音が聞こえたのです。

振り返ると、正樹君のバイクが路肩の電柱に突っ込んで大破しているではありませんか。

そしてバイクから数メートル離れたところに横たわっているヘルメット姿の正樹君はピクピクと痙攣を繰り返しています。

そして肩の辺りからみるみる血溜まりが広がって行きます。

避けられてしまった。

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正樹君が、正樹君だけが死んじゃう。

死ななきゃ。

私も今すぐ死ななきゃ。

一緒にあの世へ行くんだ。

死にたい。

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すると車道を走ってくる大型ダンプのヘッドライトが見えました。

死にたい。

私は迷わずそのヘッドライト目掛けて飛び込みました。

一瞬頭の中が真っ白になり、意識が飛んで何も分からなくなったのです。

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気がつくと私はまだ車道に立っていました。

え、また死ねなかった?

私は死にたい。今すぐに死にたいのよ。

咄嗟に目の前を走ってくる車に再び飛び込みました。

えっ?

車は私の体を素通りしていってしまいました。

何で?私は死にたいのに。

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死にたい

そう呟きながら、私はまた車道を走る車に飛び込みます。

しかし、車はことごとく私の体を素通りしていくではないですか。

死にたい一心で、それを何十回、何百回繰り返したでしょうか。

背後には禍々しい衝突の跡が残った電柱と、その根元には山のような花束。

正樹君は死んだ。私も死ななきゃ。

また何百回も”死にたい”と呟きながら車に飛び込みました。

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◇◇◇◇

正樹君の家に行こう。

私はふらふらと歩いて正樹君の家に行きました。

もう夜だと言うのに正樹君の部屋の灯りは消えたまま。

ぼんやりとその窓を見上げていると、背後で人の歩く気配。

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振り返って見ると、女子高生。

その子には見覚えがあった。

あの正樹君と一緒にいた小学生の女の子だ。

何故高校の制服なんか着ているのだろう。正樹君と同じ高校の。

そしてその女の子からは、何故か正樹君の気配が漂ってくるではないですか。

正樹君、正樹君、正樹君・・・

懐かしさからふらふらとその女の子に近づきました。

「正樹・・・兄ちゃん?」

この子には私が正樹君に見えるのでしょうか。

思わず私がニヤッと笑うと途端に女の子の表情が怯えたそれに変わりました。

「あなたは誰?誰なの⁉」

女の子が後ずさりを始めたところで女の子の携帯が鳴った。

女の子は携帯を取り出し、何か話をしています。

正樹君の気配がますます強くなってきたところで、女の子がいきなり走り出したのです。

私は慌てて追いかけました。

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しかし女の子の後を追っていたはずなのに、気がつくと私がいるのはあのバイパスの車道でした。

引き戻されてしまった。

せっかく正樹君の気配を感じられたのに。

私はまた車に飛び込みます。

“死にたい”

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時折あの女の子が花束を抱えて、あの電柱の所へ来ます。

でももう女の子から正樹君の気配は全く感じられません。

もう正樹君はいない。

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“死にたい”

今日もまた車道を走る車に飛び込みます。

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私はいつになったら、何度こうやって車に飛び込めば死ねるのでしょうか。

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“死にたい”

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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