古からの誘い③<首無し地蔵>

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古からの誘い③<首無し地蔵>

優れた陰陽師を遠い祖先に持ちながらも、普通の独身サラリーマンとして保険会社に勤める五条夏樹と、

その室町時代の陰陽師の命により現代へ送り込まれ、彼を現代の陰陽師として覚醒させたい式神、瑠香。

しかし陰陽師になることなど興味のない五条夏樹は、瑠香の宿る人形(ひとがた)を焼き払ってしまった。

ところが逆に瑠香はそれにより遠い過去の陰陽師の束縛から解放され、彼女の自由意思で五条夏樹に絡んでくるようになったのだ。

そして、見た目は小学生、実は二十四歳フリーターの霊感持ちである三波風子が加わり、五条夏樹の地味だった日常の中に、次々と奇妙な事件がもたらされる。

そんなお話。

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◇◇◇◇◇◇◇◇

「うわあ、凄くきれいな景色だにゃ~」

目の前に広がる新緑の景色を見ながら、八ヶ岳は初めてという三波風子は大きく深呼吸した。

せっかく季節も春らしくなったからどこかに出かけたいという風子のリクエストに応じ、五条夏樹は風子の不定期な休みに合わせて休暇を取り、夏樹のおんぼろジムニーを駆って出かけてきたのだ。

幸い天気にも恵まれ、渋滞に巻き込まれることもなく、目的の八ヶ岳にはすんなりたどり着いた。

八ヶ岳スカイラインを登って行くと眼下に新緑の尾根が気持ち良く広がっており、折角だからと路肩に設けられたパーキングスペースに車を停めて景色を堪能しているのだ。

風子はご機嫌で、スマホを片手に周辺の景色や夏樹と並んだ写真を何枚も撮っている。

「風子ちゃ~ん、私の写真は撮ってくれないのかな~」

夏樹の車のボンネットの上には、巫女装束姿の瑠香が頬を膨らませて座っていた。

「今日は夏樹さんと私のデートなのに、何で瑠香さんがいるのかにゃ~」

瑠香の言葉には返事をせず、対抗するように風子が瑠香に向かって頬を膨らませた。

「残念だけど、私と夏樹さまはセットなの。しっかり取り憑いているんだから。へへっ。」

そう言って風子に向かって舌を出す瑠香を見て夏樹は苦笑いした。

「瑠香さんは曲がりなりにも式神だろ?僕に取り憑くって、何それ。自分を幽霊みたいに言うなよ。」

「似たようなものよ。」

それを聞いた風子がにやっと笑った。

「そのうち、絶対に祓ってやるにゃ。」

「やれるものならやって見なさい。神様を祓うなんてバチが当たるわよ。この胸ぺったんこの小学生が。」

「言ったにゃ!一番気にしていることを。」

「はあ~っ・・・」

夏樹は大きくため息を吐くと、ふたりから離れて木々が途切れて景色の良い外周柵の端へと歩いて行った。

風子と瑠香は基本的に仲が良く、単なるじゃれ合いだということは解っているのだが、どのようにふたりの話に嚙み込んで良いのか分からず戸惑ってしまう。

とはいえ、これまでの寂しい独り暮らしが一変して賑やかで楽しい生活になったのは間違いなく、不快に思っているわけではないのだ。

夏樹がいなくなった後、パーキングスペースにいる他の観光客は、車に向かって独りで話している風子を奇妙な目でチラチラと見ている。

瑠香の姿は夏樹と風子以外の人達には見えていないのだ。

それに気づいた風子は慌てて車を離れて夏樹の傍へ駆け寄った。

「夏樹さん、黙って離れちゃダメでしょ。私が独りで話してるようで、馬鹿みたいにゃ・・・って、あれ?」

柵の向こう側にある何か塊のようなものが風子の目に留まった。

「お地蔵さん?」

それは柵が途切れているところに立っている高さ五十センチほどのお地蔵様なのだが、何故か首がなかった。

「このお地蔵さん、首はどうしちゃったんだろ。」

風子が呟くと、不意に後ろから声がした。

「どっかの悪ガキがバットか何かで飛ばしちゃったみたいよ。」

振り返ると瑠香が立っていた。

さすが神様の端くれだけあって、ある程度のことは見通せるようだ。

確かに最初から頭がなかったわけではなく、首の部分は明らかに割れており、その部分はまだ真新しい。

「でも飛ばされた頭がどこにあるのか分からないわね。」

瑠香が柵に寄り掛かるようにして向こう側を見渡したが、その周辺に首は見当たらないようだ。

「でも、このお地蔵さん、何だか悲しそうにゃ。」

風子はそのお地蔵さんから何かを感じ取ったのだろう、ちょっと悲しそうにそう言うと瑠香が肩を竦めた。

「そりゃ、首を飛ばされて何とも思わない地蔵はないでしょ。でも肝心な頭が見つからないんじゃ仕方がないわね。」

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◇◇◇◇

「凄い渋滞だな。どうしようか。」

八ヶ岳から清里、小淵沢と巡り、帰途に就く頃に中央高速はびっしり渋滞していた。

どうやら小仏トンネル付近で大きな事故があったようだ。

「ねえ、どこかこの辺りで泊まって帰ろ?明日は土曜日だから夏樹さんは仕事、お休みでしょ?私は明日の夕方までにバイト先に入れればいいにゃ。ちょっと待ってて。」

風子は夏樹の返事を待たずにスマホで宿を探し始めた。

「あった!大泉でペンションに空きがあるにゃ。ここにしよう。」

そう言うと風子はまた夏樹の返事を待たずに、そのまま予約を入れた。

「わーい。夏樹さんとお泊りだ。嬉しいにゃっと。」

夏樹もまんざらではないのだろう、にこにこしながら車を運転している。

「じゃあ、ナビにペンションの住所を打ち込んでくれる?ふーちゃんとお泊りすることになるなんて思わなかったな。」

「私もペンションなんて初めて。楽しみー。」

いきなり後ろから声がして瑠香が前席に顔を覗かせた。

(そうだ、こいつがいたんだ。)

夏樹のにこにこ顔が一瞬にして渋い顔に変わったが、風子は相変わらず嬉しそうだ。

「瑠香さん、今日は一緒にお風呂入りましょうね。」

「うん。どうせ私の分のベッドはないんでしょ?風子ちゃん、一緒に寝ようね。」

「わーい、楽しみだにゃ。」

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◇◇◇◇

予約を入れた時間が遅かったこともあり、夏樹と風子は外で食事を済ませてからペンションに入った。

もちろん宿の人に瑠香の姿は見えない。

部屋に入ると瑠香と風子は早速風呂に入り、夏樹はビールの栓を抜いてテレビを点けた。

『わー、瑠香さんて胸おっきいにゃ。』

『風子ちゃんのちょっとだけ膨らんでる胸もかわいいわよ。』

『それって誉め言葉になってにゃ~い。』

風呂ではしゃいでいるふたりの声が聞こえてくる。

風子と一泊することになり、せっかく童貞を捨てるチャンスかと思ったが、あの煩悩嫌いの瑠香がいるのではどう考えても無理そうだ。

ため息を吐いた夏樹の視界の隅で、突然何かが動いた。

「?」

そちらへ目を向けたが、もちろん部屋の中には夏樹以外は誰もいない。

目の錯覚だろうか。しかし何かがいるような気配は感じる。

瑠香か風子ならそれが何か判るのかもしれない。

その気配のする部屋の隅へゆっくりと近づいてみると、その気配はすっと夏樹の脇を抜け、反対側の隅へと移動した。

感覚的に子供のような気がする。

この部屋に憑いている地縛霊か。

しかし危険な気配ではなさそうだ。

感じる”氣”は柔らかく、攻撃的な雰囲気は全く感じられない。

この宿の座敷わらし的な存在なのだろうか?

取り敢えず座り直してビールを飲み直していると、ペンションに備え付けのピンクの甚平に着替えた瑠香と風子が風呂から出てきた。

当然だがここは二人部屋で、備えてある甚平も男女ふたり分なのだが、それぞれS・M・Lのサイズが用意してあり、瑠香がM、そして風子がSを着ている。

夏樹にとって、巫女装束以外の瑠香を見るのは初めてであり、思わず魅入ってしまいそうになったが、それよりもやはり部屋の中の気配が気になった。

「なあ、この部屋、何かいるんだけど。」

夏樹の言葉にふたりが部屋の中を見回した。

「ホントね。小さな女の子かな。でも顔が分からないわ。頭の部分がよく見えないの。」

瑠香が部屋の隅を見つめてそう言うと、風子が頷いた。

「うん。私に姿は見えないけど、悲しそうな気配が伝わってくるにゃ。」

「でも悪い霊ではなさそうだから、ほっときましょ。夏樹さまもお風呂に入るでしょ?」

「ああ、そうする。」

◇◇◇◇

夏樹が風呂から出てくると、瑠香と風子は途中で買ってきたお菓子を広げて缶チューハイを楽し気に飲んでいた。

「夏樹さま、随分長風呂でしたね。もう二本目に入っちゃいましたよ。」

瑠香が頬を若干赤くしてそう言うと、風子が缶ビールを差し出した。

「夏樹さんはチューハイよりビールよね。はい、どうぞ。にゃ。」

「ありがと。ふ~ちゃんの”にゃ”は、もう完全に山形弁を逸脱してるな。まあいいけど。それより、さっき言ってた女の子の霊だけど、ずっと風呂場にいたよ。」

「あら、夏樹さまにも見えたんですか?」

「うん。直には見えなかったけど、洗面の鏡に映ってた。身長からすると六、七歳くらいの女の子だけど、やっぱり瑠香さんの言うように顔がよく分からなかった。」

「そう、道理でこっちの部屋では感じなくなっていたわけだわ。夏樹さまに憑いちゃったかな。まあ、式神の私と常に一緒にいるから夏樹さまもそのような存在に馴染み易くなってきてるんですね。」

「わーい、霊感友達にゃ。」

夏樹は苦笑いしながら、ちらっと部屋の隅へと視線を投げた。どうやら女の子はそこにいるようだ。

「でも、瑠香さんは夏樹さんと常に一緒、ということは一緒に寝てるのかにゃ?式神様も寝るんでしょ?」

「そうよ。」

「いや、僕には一緒に寝た記憶はないが・・・」

「ふふっ、毎日夏樹さまの寝ている足元で丸くなって寝ているのよ。」

「きゃはっ、ワンコみたいにゃ。」

そう言えば、瑠香は巫女装束以外の服を持っておらず、寝る時はすっぽんぽんだと言っていたことを夏樹は思い出したが、煩悩をとことん否定している瑠香に対してはそんな邪まな気を起こしても無駄だということを思い出しため息を吐いた。

もったいない。

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◇◇◇◇

「うわっ!」

「きゃーっ!」

翌朝、夏樹と風子はまるで申し合わせたように、同時に布団から飛び起き、思わず顔を見合わせた。

「夏樹さんも夢を見たにゃ?」

「ああ、女の子の首が飛んだ。」

「おんなじ夢にゃ。」

*******

夢の中で夏樹と風子は八ヶ岳のパーキングスペースにいた。

目の前を小学校低学年くらいの女の子が歩いている。

そこへ一台の車が凄い勢いでパーキングスペース内へ走り込んできて、女の子を轢いてしまったのだ。

轢かれた女の子の姿は見えない。おそらく車の下敷きになっているのだろう。

両親が慌てて駆け寄ってきた時には、車の下から大量の血が流れ出て来ていた。

(これは助からないな。)

夢の中でそう思った次の瞬間、女の子を轢いた車も、両親も、血痕も全て消え去り、パーキングエリアの隅に先程の女の子がひとりでぽつんと立っていた。

まるで助けを求めるように、悲しそうな顔をしてじっとこちらを見ている。

そこへふたりの若い男が笑いながら近づいてきた。

ひとりの手には野球のバットが握られており、女の子へ近づくといきなりそのバットで女の子の頭を横殴った。

「いや~っ!」

風子の悲鳴と共に女の子の頭が宙を舞ったところで目が覚めたのだ。

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*************

瑠香の見立てによれば、あのお地蔵様は車に轢かれて死んだ女の子の両親が慰霊の為に建てたようだ。

そしてお地蔵様の首を飛ばした若者は、その報いを受けたのだろう、その直後に事故を起こしたというのが事の顛末らしい。

しかしお地蔵様の首は飛ばされたままなのだ。

「そこでたまたま通りかかった私達に対して、女の子が自分のことを理解してくれそうだと頼ってきたということになるわね。」

瑠香はどこかドライに淡々と語ったが、夏樹と風子は顔を見合わせた。

「しょうがない。戻るか。」

「にゃ。」

三人は車に乗り込むと再び八ヶ岳スカイラインへと向かった。

昨日と同様に天気は良好だ。

そしてあのパーキングスペースへ向かって快調に飛ばしていた時だった。

「ここにゃ!」

いきなり風子が叫び、夏樹は急ブレーキを踏んで停止した。

「どうした?」

「女の子の声が聞こえたにゃ。”ここよ”って。」

夏樹は風子が声をあげた辺りまで二十メートル程バックすると、そこで車を降りた。

見ると約十メートルに渡ってガードレールが新しく交換されているのが分かる。

いつ頃の出来事なのか分からないが、おそらくここでお地蔵様の首を飛ばした若者達は事故を起こしたのだろう。

すると風子がガードレールを跨いで道路の外側へ出た。

「おい、ふ~ちゃん、危ないよ。戻っておいで。」

ガードレールの外側は数メートル幅の草むらがあり、その向こうは切り立った急な崖になっている。

もし落ちたらひとたまりもないだろう。

風子は夏樹の声に何も答えず、道路に沿って草むらを歩いて行く。

そして数メートル歩いたところでいきなりしゃがみ込んだ。

「あったにゃ。」

体を起こしたその手には、大人の拳よりもひと回り大きい丸い石が握られていた。

風子が差し出したのは、土と枯草で汚れているが、案の定、お地蔵様の頭だ。

パーキングスペースから数百メートル離れており、もちろん自然に移動する距離ではない。

ここで事故を起こした車に纏わりついていたということなのか。

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◇◇◇◇

パーキングエリアに車を停めると、風子はペットボトルの水でお地蔵様の頭を丁寧に洗い、夏樹は車に積んである工具箱から強力な万能ボンドを取り出した。

「さあ、お地蔵様の首を戻してあげようか。」

「にゃ。」

夏樹は胴体側の破断面を丁寧に掃除すると、そこへ接着剤を塗り、風子の持っている頭側の破断面にも塗った。

そのまま少しの間、接着剤を乾かした後、風子はお地蔵様の両頬に手を添えてゆっくりと胴体の上に重ねた。

首は小さな欠けもなく胴体にぴったりと納まった。

そしてその瞬間、周囲の空気が急に和んだような気がした。

「お地蔵様が喜んでるにゃ。」

「うん。無事に首が見つかって良かった。」

夏樹と風子はお地蔵様に手を合わせると、記念にとお地蔵様を間に挟んで一緒に写真を撮った。

その場で写真を確認すると、光の加減だろうか、お地蔵様の顔が笑っているように写っていた。

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「あ~っ、また私を仲間外れにしてふたりで写真撮ってる!」

車のボンネットの上に座ってふたりの様子を眺めていた瑠香が怒ったように怒鳴った。

すると風子はにやっと不敵な笑みを浮かべた。

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「瑠香さんは写真を撮っても写らないにゃ。」

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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