翌日の夕方、兄さんは宣言通り枠を開いて本当に戦利品の公開をしようとしていた。何かあったら危険なので、私はストッパー役として枠に行き凸に上がったんだ。
すると、兄さんは早速、茶封筒を開いた様で中身を取り出す音が聞こえてきた。そして、枠の背景写真が撮ったばかりのモノに切り替わる。
赤いボールペンで上半身だけの女性のイラストが切り離したノートの紙に描かれていた。まるでホラー映画の子供が描く不気味な絵その物だ。
後、紙の右端には【3日後】っと意味深な事が書かれていた。
背景写真が切り替わった瞬間から、全身の毛が逆立っていた私の頭には【姦姦蛇螺】っと言う言葉が浮かんだ。理由は解らん。
そして、再び背景写真をが切り替わった。次はノートの切れ端に、赤いボールペンで「〇〇ちゃん、お父さん、お母さん、先生。皆ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」っと書かれてるモノだったんだ。
物凄く嫌な感じがしたし、詳しい内容はもう覚えていないけど中絶をした様な事も書かれていたと思う。正直見ていて気分の良いモノじゃなかったよ。
だから、何度か兄さんに
「あのさ、怖がってる人もいるし。この辺で止めておいた方が良くない ? 」
「いや。でもさ、あと1個中身が残ってるんだよ。
だから、最後にこれだけ見せて他の話に移ろうぜ」
瞬間。それまでとは、比にならない様な嫌な予感が全身を駆け巡った。
そして「あと1枚」ではなく「あと1個」と言ったのが、私の中で引っかかったんだ。そして、止める間もなく最後に茶封筒から出て来たのが背景に映し出された。
それは、赤黒い何かを包んだちり紙。見た瞬間、思わず吐きそうになるのを寸でで押し堪えた。
胃が捩れる様な気持ち悪さを感じたよ。因みに、ちり紙を視た時も頭に文字が浮かんだ【コトリバコ】ってね。
本気やばいって思ってたらさ、あの馬鹿兄
「これ、開いて中に何が包まってるか見て良いかな ? 」
っとか言い出して……その時は、私以外のリスナー(主に女性)たちも何人か具合悪いって言っててさ。他のリスナ―さんも皆で流石に止めろって止めてくれたんだ。
でさ、そうこう騒いでたらコメントに
「すいません。初見なのですが、凸いいですか ? 」
って来ててね。常日頃から【来る者拒まず】な兄さんは、二つ返事でその人を凸に上がらせた。
上がって来たのは高校生位の男性だったと思う。仮にミエル君とでもしておこうかな。(幽霊が視えるミエルくん……安直かな ? )
ミエル君は少し躊躇いがちに話し出し
「こんばんわ。急にすいません。
あの、始めて来た枠でこんな事を言ったら変な奴だって思われるの覚悟で話すんですけど……俺、結構霊感っての強い方でして…………自分の守護霊の声が聞こえるんですけどね。
その……俺の守護霊ってのが、一応神様なんですけど。その神様が
『そのちり紙を開けるな。それ以上は触るんじゃない ! 』
って怒ってて…………それを伝える為に凸に上がらせてもらったんです。
あの……主さん知らないかもしれないんですが、そのちり紙に包まれてるモノ多分【コトリバコ】の類だと思います」
ミエル君がそう言った瞬間、私は凄く驚いたよ。だって、私は【コトリバコ】って単語を口に出してはいなかったからね。
それから、枠に居るリスナーと兄さんに簡単な【コトリバコ】の説明をしてから私は改めてミエル君に話しかけた。
「あの、後出しみたいになるんだけど……実は、私もちり紙を視た瞬間【コトリバコ】って言葉が頭に浮かんだんだよね」
「だと思います。リンゴさん(配信での名前)、俺より霊感強そうだから……」
「解るの ? 」
「何となく……」
「そうなんだ……あ、ねぇ。君、最初から枠に居たの ? 」
「はい。最初から居ましたよ」
「そうか、あのね。最初のイラストを視た時さ。
何故か【姦姦蛇螺】って浮かんだんだよね。………どう思う ? 」
「俺も、そう……思います。ただ、それが本当の【姦姦蛇螺】かは解りません。
あの手紙を書いた人が、そう呼んでいた何か別の悪霊である可能性もありますから」
「なるほど……じゃあ、【3日後】って書かれてたのは」
「……多分ですけど、この手紙を手にした人の元に【姦姦蛇螺】が現れるってことだと思います。
詳しい方法までは、解りませんが……で、あの…………凄く言い辛いんですが……」
「ん、何 ? 」
ミエル君は、一瞬口ごもってから意を決した様に言った。
「この【姦姦蛇螺】行くとしたら……枠主さんではなく、リンゴさんの所に行くと思います」
その時の時刻は、23時過ぎだった。私は、自分の部屋に居たんだけど……何か嫌な視線を感じてカーテンを開けっ放しにしていた窓に目を向けたんだ。
凸に上がっている事も忘れ、危うく叫んでしまいそうになったよ。
だって、窓の外に死装束を着た全身ずぶ濡れで黒髪の女が立っていたんだからね。……叫ばなかった私を誰を褒めてくれ。
私は、自分でも驚く程の速さで立ち上がると窓に歩み寄って即座にカーテンを閉めていたよ。心臓が煩い位、ドクンッドクンッと激しい音を立ってていた。
不用意な事を言って、リスナーを怖がらせてはいけないと思った私は怖い気持ちをグッと堪え会話を続けながらパソコンを起動した。
検索ワードは【除霊 素人 やり方】。今の私なら、ある程度知識はあるんだけどね。
もしかしたら、ミエル君はあの時点で既に私の所に何かが居るのに気付いていたのかもしれない。だって、声が凄く怯えてたから……
茶封筒は、その枠が開かれる前日の夜に廃墟で発見された。枠の開かれた日を、発見から2日目とすると……翌日の夜が【3日後】と言う事になる。
つまり、私にはもう時間が残されてなかった訳だ。
「万事休す」……そう思った時。またしても「初見なんですが、凸にお邪魔して良いですか ? 」っとコメントが来て兄さんがその人も凸に上げたんだ。仮名は……そうだな。
闇夜さんにしておくね。これは、ある曲のタイトルから取った名だよ。
彼、その曲のMVに出て来るキャラに雰囲気が酷似してるんだ。そして、闇夜さんが上がって来た瞬間。
ミエル君が小さく呟いたのが聞こえた。
「あ、空気が変わった ? 」
私も、ミエル君と同じ事を思ったよ。闇夜さんは凄く落ち着いた雰囲気の男性でね。
「ええっと、初めまして。闇夜と言います。
何やら物騒な事をしていたのでね。面白そうだなって思い凸に上げてもらいました」
「そんな物騒かな ? 」
「物騒と言うか……不謹慎っと言う方が正しいですかね ? 」
なんて、事を嫌味たっぷりに兄さんに言っていた闇夜さんは不意にミエル君に話を振っていた。
「ところで、君。ミエル君だっけ ?
さっきから、ずいぶんと体調が優れない様だね。今日はもう、この枠を出たらアプリ自体を閉じて寝てしまった方が良い。
大丈夫。後の事は、任せてくれ」
「……はい。では、お言葉に甘えて今日はもう落ちようと思います。
枠主さん、リスナーの皆さん急にお邪魔してすいませんでした。リンゴさん、色々言いましたが……多分。もう大丈夫だと思うので、お体にだけ気を付けて下さい。
では、失礼します」
ミエル君が凸から落ちると、闇夜さんが再び兄さんに話しかけて言った。
「あの。別にお祓いとか、そう言うのじゃないんですが……少し、空気を変える為にちょっと祝詞を読んでも良いですかね ? 」
「何それ ? 」
「簡単に言うと、お経の様なモノですよ」
「……まぁ、長くなきゃ良いよ」
流石の兄さんも何かを感じていたのか、思いの他あっさりと祝詞を読む許可を出していた。
「高天原に神留り坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以ちて
八百萬神等を神集へに集へ賜ひ 神議りに議り賜ひて…………………………」
とてもハッキリとした力強い声……読み終わった瞬間。身体と言うか、部屋の空気が一気に軽くなった様に感じた。
そこで私は、恐る恐るカーテンを開けて確認したよ。すると、そこにはもう誰も居なかったんだ。
あの時視たモノは、私が生み出した幻覚だったかもしれないけど……それでも、私は今も闇夜さんに命を救われたんだと信じている。そして、兄さんはなんと仏壇のおりんまで持ち帰っていてさ。
しこたま怒ってから、翌日寺へと持って行く事を約束させたよ。 ほんと、困った人だよね。
寺では、軽くお小言を言われただけで済んだらしいけどさ。
それと、闇夜さんが凸に上がって来た時。空気が変わったと感じるより先に、私は何故だが「ようやく会えた」そう思ったんだよね。
作者林檎
後書き
僕は祝詞の人とLINEでやり取りする様になっていました。でも、兄さんとのやり取りは終わったんです。
詳しい話は個人的な事になるから話せませんが、僕は祝詞の人を始めとする信頼出来る仲間と一緒に居れる今が此これまでの人生で一番の幸せです。
詳しい会話の内容は書けませんが、祝詞の人から
「……合格だよ。りんごちゃん。
君は、完全に認められた。
ようこそ。
極楽と絶望の世界へ」
そう言われた時。涙が出る程に嬉しかったのを覚えています。
因みに、祝詞の人が枠に来た時。
「呼ばれた気がして来たんだけど」
っと言ってたんです。その言葉の意味、この時はまだ解っていませんでしたが。
諸事情あって兄さんの枠の二、三日前から、神社に通い御百度参りの様な事をしていたんです。
「呼ばれた」っと言うのはそう言う事だったのかなって思ってます。