長編14
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家事代行

「えっと、このマンションね。」

駅から十分ほど歩いたところにある、ちょっと古びたマンションの前で立ち止まった吉川亜也子は、建物を見上げてため息をひとつ吐くと中へ入って行った。

シングルマザーで今年四十五歳になる彼女は、大学に通う娘の学費を稼ぐため、平日の事務仕事の他に、週末は家事代行のアルバイトをしている。

知り合いの女性が家事代行の会社を営んでおり、週末だけの仕事があると彼女に回してくれるのだ。

今回は、このマンションに住む四十歳くらいの独身男性の部屋の掃除を依頼されたのだが、連絡を受けた際に嫌な事を言われた。

近所の噂によるとその部屋は、事故物件のようなのだ。

これまで何人も住んでは引っ越して、を繰り返してきたらしいが、今回の依頼主はその部屋に住んでもう三年になると言う。

「本当に事故物件だったとしても、お仕事は昼間だけだから大丈夫よ。気にしない、気にしない。」

だったら、最初から黙っていてくれればいいのに、と仕事を紹介してくれた女性に心の中で文句を言いながらも、仕事を選り好みできるような立場ではなく、渋々引き受けたのだ。

その部屋が事故物件という事も気になるが、そのような部屋に三年も住み続けるその男性はどんな人なのだろうか。

相当に鈍感な人だとすると、部屋もかなり汚いのだろう。

依頼票を見ると、名前は押越圭太、三十九歳。

五つ年下、アラフォーの独身男性の部屋か・・・

吉川亜也子は部屋の前に立ち、大きく深呼吸をすると、約束の午前十時ぴったりにドアのインターホンのボタンを押した。

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― ピンポーン ―

インターホンから返事が返ってくる前に、ガチャッとドアが開けられ、寝起きなのか髪の毛はぼさぼさで無精ひげを生やした、いかにも独身独り暮らしという容貌の男性が顔を出した。

この男が押越圭太だろう。中肉中背で、整えればまあまあの顔立ちなのにもったいないと思いながら、吉川亜也子は精一杯の作り笑顔を彼に向けた。

「あ、あのスマイル家事代行サービスの者です。ご依頼のあった部屋の掃除に伺いました。」

「ああ、待ってましたよ。どうぞ、お入りください。」

笑顔で招き入れてくれた押越圭太に続いて部屋の中に入ってみると、部屋は意外に綺麗だった。

「一応、ざっと片付けだけはしてあるので、キッチンとリビング、それから寝室の掃除をお願いします。僕はここで仕事をしていますから、何かあったら声を掛けて下さい。」

押越圭太はそう言ってリビングの隅にあるパソコンデスクに腰掛けた。

このような仕事をしているといろいろな客がいる。

どうせ金を払って掃除をして貰うのだからと、散らかったままの客も少なくないのだが、そもそも何をどこへ片付けるべきなのか解らない臨時の家事代行にとっては時間の掛かる非常に厄介な作業となる。

このように予め片付けを済ませてくれていると非常に助かるのだ。

見た目の印象よりもはるかに真面目で几帳面なのかもしれない、と吉川亜也子は少しこの男の印象が変わった。

「土曜日なのに大変ですね。在宅勤務ですか?」

上着を脱ぎ、作業用のエプロンを身に付けながらそう問いかけると、押越圭太はキーボードに置いていた手を止めて振り向いた。

「いえ、フリーランスのライターなんで、土曜も日曜もないんですよ。」

「フリーランスのライター?作家さんですか?」

「あはは、まあ似たようなものです。」

「そうなんですね。お仕事の邪魔をしてごめんなさい。それじゃ、始めますね。」

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*******

キッチン、リビング、そして寝室の三部屋となると、とても午前中には終わらない。

午前中にキッチンの大半を済ませ、昼の休憩に入ることを押越圭太に告げると、奢るから昼食を一緒にどうかと誘われた。

ここへ来る途中、コンビニでサンドイッチを買ってあったのだが、奢ってくれるならと吉川亜也子は誘いに乗った。

「これまで家事代行で来てくれたのは、六十前後の女性ばかりだったので、若くて驚きましたよ。」

近所にある定食屋に連れて行かれ、土曜なのか比較的空いている店内に腰を下ろすと押越圭太はにこやかに話し掛けてきた。

「あら、私ももう大学生の娘がいる立派なオバサンなんですから、からかわないで下さい。」

「えっ?そうなんですか?僕はてっきり年下だと思いましたよ。」

お世辞だとしても悪い気はしない。

簡単にお互いの自己紹介を済ませると吉川亜也子は押越圭太に聞いてみた。

「押越さんがお住まいのあの部屋は事故物件だって聞いたんですけど、本当なんですか?」

すると押越圭太は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにニヤッと笑った。

「ご存じだったんですね。ええ本当ですよ。今日も吉川さんが掃除をしている様子を寝室からじっと見てましたよ。」

「え?」

それを聞いて吉川亜也子は顔を引き攣らせたが、押越圭太がまるで当たり前のことのように話したところによると、その幽霊は高校の制服姿の女の子で、押越圭太も最初は驚いたが特に何をしてくるわけでなく、黙ってじっと自分のことを見ているだけという事のようだ。

「吉川さんには見えなかったんですね。人によって見えたり見えなかったりするみたいなんです。慣れてしまえば、特に問題はないですよ。」

「でもよく幽霊に取り憑かれると体調を崩したりするって言うじゃないですか。」

「いや、この通り三年経ってもピンピンしてますよ。よく分からないけど、特にその幽霊に恨みを買うようなことはしていないから、大丈夫なんじゃないですかね。

彼女は部屋に棲みついているだけで、僕が取り憑かれたわけではないですから。

吉川さんも気にしないで作業を続けて貰えれば大丈夫ですよ。」

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***********

午後になり、リビングの掃除を終えて最後の寝室に取り掛かった。押越圭太の話からすると幽霊はここに居るのだろうか。

そしてクローゼットの掃除を始めた時だった。

頭をクローゼットに突っ込み、四つん這いで床の拭き掃除をしていると、不意に誰かがお尻を触った。

ぴったりした薄手のデニムパンツに手の感触をはっきりと感じたのだ。

「きゃっ、押越さん!やめてください。」

家の中には彼しかいないはずであり、てっきり彼の仕業だと思ってクローゼットから頭を出して睨もうとした。

「え?」

顔を上げた先には紺色のブレザーに赤いリボン、そしてチェックのスカートを履いた女子高生が立っていた。

無表情でじっと吉川亜也子のことを見つめている。

セミロングのストレートで可愛い顔立ちなのだが、顔色が異様に青白い。

これが押越圭太の言っていた幽霊に違いない。

思わず口から飛び出しそうになった悲鳴を慌ててぐっとこらえた。

押越圭太が、”こちらが何もしなければ大丈夫”と言ったのを思い出したのだ。

相手を刺激するようなことをしてはいけない。

吉川亜也子は黙って立ち上がると、その幽霊に向かって愛想笑いを投げかけながら、黙って寝室を出た。

そして後ろ手で寝室の扉を閉めると、小走りに押越圭太の所へ駆け寄った。

「押越さん、出た、出た、出ました!制服姿の女の子が。」

その声を聞いて、押越圭太はゆっくりと振り返るとにっこりと笑った。

「ね、僕の言った通りでしょ?」

そうあっさりと笑顔で言われてしまうと返す言葉がない。

「たぶん大丈夫だから、僕の娘がいるとでも思って掃除を続けてくれる?」

依頼主からそう言われてしまうと、このまま帰るわけにもいかない。

それでも躊躇っていると、押越圭太は仕事の手を止めて笑顔で立ち上がった。

「幽霊イコール怖い、って言うのは先入観だよ。必ずしもそうじゃないさ。さあ、寝室まで一緒に行ってあげるから。」

そう言って押越圭太は後ろから吉川亜也子の両肩に手を置くと、軽く押すようにして寝室へと向かった。

ドアの前に立ち、腹を括ってゆっくりとドアを開けると、女の子はまだその場に立ってこちらを見ていた。

「失礼します・・・」

思わずそう言って吉川亜也子がそろりと寝室へ入ると、押越圭太は後ろでぷっと吹き出した。

「笑うことはないでしょ!」

「いや、可愛いなと思って。」

思いも寄らぬその言葉に頬を赤くして、吉川亜也子がクローゼットの前へと進むと、女の子が少しだけ微笑んだような気がした。

「じゃあ、僕は仕事に戻るんで、よろしくお願いします。」

押越圭太はそう言い残してリビングへと戻って行った。

彼は本当にこの幽霊の存在を是として生活しているようだ。

世の中にはいろんな人がいるなと思いながら、吉川亜也子は再び雑巾を手に取ってクローゼットの床を拭き始めた。

しかしどうしても横に立つ女の子の幽霊が気になる。

そもそも、人一倍お喋りな吉川亜也子は、誰かが傍にいる状態での沈黙は大の苦手なのだ。

「あなた、お名前は?」

掃除の手を動かしながら、まるで独り言のように問い掛けた。

(ミネサキマリコ・・・)

まるで頭の中に響いてくるように返事が聞こえた。

まさか返事が返ってくると思っていなかった吉川亜也子は、掃除の手を止めると驚きの表情で振り返った。

「マリコさんね。どうしてあなたはここにずっといるの?」

(ドコニモ、イケナイノ)

もちろん吉川亜也子も地縛霊という言葉は知っている。

しかし聞きたかったのは、何故成仏せず、この場所に残っているのかということだったのだが、上手く伝わらなかったようだ。

「あなたはもう死んでいるのに、どうして虹の橋を渡って向こうの世界へ行かないの?」

(ワタシ・・・死ンデ・・・イルノ?)

どうやらこのマリコという女子高生は、自分が死んでいるのを認識していないようだ。

彼女が自分の死を認識すれば、向こうの世界へ行けるのだろうか。吉川亜也子は説得を試みた。

「そうよ。この部屋に住む人も入れ替わっているでしょ?」

(私ノ・・・新シイ、オトウサン・・・ダト、思ッテタ)

その言葉からすると、おそらくこの子の母親は、頻繁に連れ合いを変えていたのだろう。

だから家の中に知らない男性が入ってきても、それを黙って受け入れていたということか。

「いま、ここに住んでいる男の人もお父さんだと思っていたの?」

もちろん押越圭太のことだ。

(ウン、デモ、アノヒト、違ウ。優シイ・・・ナニモシナイ・・・)

「押越さんは違う?何もしない?どういうこと?」

マリコはそこで黙ってしまった。

吉川亜也子は、自分がした質問をもう一度頭の中で反芻してみた。

押越圭太は、何もしなくて優しいと彼女は言った。裏を返すとこれまでの父親は、何かをして優しくないということになる。

「お父さんたちに何かされたのね。」

吉川亜也子の言葉にマリコは小さく頷いた。

(オトウサンタチ、私ヲ裸ニシテ、酷イコトシタノ)

年頃の女の子にとって、それは耐えられない屈辱だろう。

「それで・・・自殺したの?」

(私ハ・・・死ンダノ?ドウシテ?)

この子は自分の置かれた境遇を悲観して自殺したのではなさそうだ。

では一体どうして。

さすがの吉川亜也子もそのあとどう言葉をつないでいいのか分からず、とにかく仕事を片付けると、押越圭太のところに戻った。

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◇◇◇◇

「そうですか。」

吉川亜也子から話を聞いた押越圭太は、それだけ言うと黙ってしまった。

「それじゃ、仕事は終わりましたのでこれで失礼します。終わった場所を確認して、この完了票にサインを頂けますか?」

黙ったままじっと何かを考えている様子の押越圭太に対し、吉川亜也子は黙って待っていても仕方がないのでそう言って紙を差し出した。

「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまいました。」

そう言って紙を受け取ると作業をした場所の確認もせずに、さらっとサインして紙を返した。

「吉川さん、もし良ければ今日の夕飯も付き合って貰えませんか?ちょっとお話したいことがあるんですが、ここだと”彼女”が聞いているといけないんで。」

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◇◇◇◇

一旦、家事代行の事務所に戻り、終了の報告を済ませた吉川亜也子は駅前のイタリアンレストランで押越圭太と待ち合わせた。

さすがにそれなりのレストランで食事をするということで、彼は髭を剃って髪を整えている。

こうして見るとなかなか良い男なのにもったいないと吉川亜也子は、多少浮かれた気分でレストランの席に着いたのだが、押越圭太の最初の言葉は、かなりショッキングだった。

「実は彼女、殺されたようなんです。」

「殺された?誰に?」

「いや、順を追って説明しますね。あの部屋に引っ越す時に僕も気になったんで、あの部屋で何が起こったのか調べてみたんです。」

何が起こったのかは、ネットで検索するとすぐに判ったと言う。そしてその事件に関する記事を読み漁った。

********

今から七年ほど前、あの寝室で峯崎真理子(17)の遺体が発見された。

当時、あの部屋は彼女の自室だったようだ。

死因は青酸系の薬物による中毒死で、当初は自殺も疑われたが、部屋にあったケーキから致死量をはるかに超える大量の薬物が検出され、他殺と断定された。

学校から帰宅した彼女はその毒入りのケーキを食べ、おそらく死に至るまで殆ど時間が掛からなかったことが推定されると記事には書かれていた。

「それで犯人は誰だったの?」

「逮捕されたのは、彼女の母親でした。自分の愛人が娘を犯しているのを見て、寝取られたと勘違いして殺してしまったようです。」

「そ、そんな・・・」

吉川亜也子の脳裏には、自分の身に何が起こったのかさえ知らない彼女の寂し気な表情が浮かぶ。

思わず、うっすらと涙が浮かんだ。

「それで、吉川さんに相談したかったことなんですが。」

「何ですか?」

「僕は事件の経緯を知って、彼女は自分が殺されたことに対する恨みや辛みからあそこに現れるものだと思っていました。」

吉川亜也子は頷いた。

「しかし吉川さんが話をしてくれた内容からすると、自分の死すら認知していない彼女は、当然母親が自分を殺したことも知らないでしょう。単に何も知らないまま、あそこに立っているだけなんです。」

吉川亜也子は再び頷いたが、押越圭太が何を言いたいのか計りかねて首を傾げた。

「吉川さん、彼女に誰がどうして自分を殺したのかを話さずに、彼女が死んだことを納得できるよう話をしてみて貰えませんか?

このまま成仏できないなんて彼女が可哀そう過ぎます。」

「そんな・・・可哀そうだとは思いますけど、無理です。死んだ理由を説明せずに、どうやって彼女を説得すればいいんですか?私にはわかりません。」

「僕には彼女の姿が見えるだけで、会話をしたことがないんです。何とかならないでしょうか・・・」

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◇◇◇◇

「私が話してみようか?」

夜、吉川亜也子が何気なく娘の由梨花にその話をしたところ、何を思ったのか突然由梨花がそう申し出た。

彼女は小さい頃から霊感が強い子だったが、お祓いが出来るわけではない。

「やめておいた方がいいんじゃない?一歩間違えれば、彼女が怨霊と化してあなたもタダじゃ済まないかも知れないわ。」

由梨花の話によると、峯崎真理子は由梨花と同じ高校の先輩で、由梨花が一年生の時の三年生だった。

もちろん事件のことは学校中で噂となったが、由梨花は彼女と直接の面識はなかった。

しかし同じ学校であることに加え、母子家庭という共通点からだろうか、彼女のことを知らぬふりはしたくないという。

「私はお母さんが真面目な人だったから良かったけど、一歩間違えばどうなっていたか分からないし。」

「そうね。あの子のお母さんももう少し男を見る目があればねえ。」

「何でそんな人ばっかり選んじゃうのかしら。」

「結局スケベ心だけで言い寄ってくる男を見抜けなかったってことでしょ。寂しかったのかもね。」

「ふうん、私はお母さんの子で良かった。」

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◇◇◇◇

翌週、吉川亜也子は由梨花と共に押越圭太のマンションを訪ねた。

由梨花は、峯崎真理子の霊とふたりきりにして欲しいと言って寝室に籠った。

「大丈夫かしら。」

吉川亜也子と押越圭太はリビングでソファに座り、由梨花が出てくるのを待った。

「すみません。お嬢さんまで巻き込んじゃって。」

「いえ、気にしないで下さい。本人が望んでここへ来たんですから。取り敢えず、あの子を信用しましょう。」

そう言いながら、お喋りな吉川亜也子も口数は少なく、時折不安げな表情で寝室の方へ視線を投げている。

由梨花は三十分ほどで寝室から出てきた。

「どうだった?」

吉川亜也子が心配そうに問い掛けると、由梨花は神妙な面持ちで頷いた。

「うん、自分は死んでいるんだっていうことと、向こうの世界へ行くことは納得してくれた。」

由梨花は、自分が峯崎真理子の直接の後輩であること、そして七年の月日が経っていることを告げ、その上で彼女に対して今のあなたは幸せか?と尋ねた。

その問いに対し、峯崎真理子は返事をしなかった。

そんな彼女に、あなたの今の状態を見兼ねた神様があなたのことを迎えに来たのだから、ここに居てはいけない、ちゃんと向こうの世界へ行って生まれ変わるのだと説得した。

彼女はしばらく不安そうな顔をしていたが、やがてどこか悲しげな表情で頷いたと由梨花は寂しそうに微笑んだ。

すると押越圭太が呟いた。

「彼女は向こうの世界へどうやって行くか知ってるのかな。」

「誰かに教わらなくても人間が生まれてすぐに息をして泣くとの同じように、死んだらどこへ行くべきかは本能として知っているんじゃない?」

由梨花はそう答えたが、吉川亜也子はおもむろにスマホを取り出し、どこかへ電話を掛けた。

それは以前から付き合いがあり、自分の両親の葬儀でも世話になった住職の所だった。

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◇◇◇◇

電話で話を聞いた住職は、運良く時間が空いていたこともあり、すぐにマンションに駆けつけて来てくれた。

そして寝室に入ると神妙な顔で部屋の中を見回した。

「そのお嬢さんの霊はもうこの部屋にはいませんな。すでに自分であの世へ旅立ったのかもしれません。」

そしてそのまま床の上に正座した。

「念のため、お経をあげてきちんと送り出してあげましょう。」

押越圭太は慌てて住職に座布団を差し出すと、吉川亜也子と共にその後ろで正座し、合掌して峯崎真理子を送った。

そして読経が終わり、四人でお茶を飲んでいると、住職はにこにこしながら由梨花に向かって言った。

「しかし由梨花ちゃんは小さい頃から霊感の強い子だと思っていたが、こうやって彷徨っている人を言葉だけで向こうへ送るなんて大したものだ。今でも何やら不思議な”氣”を感じる。どうじゃ、ワシのところで修業を積んで僧侶にならんか?」

「何言ってるのよ、クソ坊主。なるわけないでしょ。」

「こら、由梨花、なんて口の利き方するの。ごめんなさいね、住職。」

吉川亜也子はそう言って由梨花の頭を小突くと苦笑いをした。

「しかし三年間ずっと寝室に立っていたあの子がいなくなると思うと、何だか、ちょっと寂しいな。」

押越圭太が冗談ではなく本当に寂しそうにそう言うのを聞いて、住職がにやっと笑った。

「いや、いたずらに霊を怖がらず、その部屋を寝室にする押越さんもなかなかのお人じゃ。亜也子さんの恋人かい?」

「何言ってるんですか、単に家事代行の仕事でたまたまこの部屋にお邪魔しただけです。」

吉川亜也子は思わず顔を赤くして否定した。

「でも、吉川さんは仕事もしっかりしてるし、これからも毎週土曜日にお願いできませんか?」

押越圭太がにこにこしながらそう言うと、吉川亜也子は素直に頷いた。

「ええ、定期的にお仕事を貰えると私も助かります。」

それを聞いた由梨花が、ふたりの前に顔を突き出した。

「きゃー、通い妻って奴かな?ねえ、私も一緒に来ていい?」

「何言ってるのよ、由梨花。私は仕事で来るのよ?」

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すると由梨花は、吉川亜也子の顔を見て妖しげにニヤッと微笑んだ。

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「ダッテ、ココハ、私ノ、家ダモン」

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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