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長編11
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偽りの同窓会<前編>

厚木インターで東名から小田原厚木道路に乗り換えると交通量はぐっと減った。

このまま小田原西インターで国道一号に降りて箱根を目指す。

金曜日なのだが、やはり平日の午後だけあって箱根方面への車の流れは順調だ。

防音壁の合間に見え隠れする芽吹き始めたばかりの新緑が見た目に心地良い。

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◇◇◇◇

二週間前、突然SNSにメッセージが届いた。

その名前を見ると高校時代に交際していた、つまり昔の彼女だった女性からだった。

渡辺亜希子。それが彼女の名前だ。

メッセージの内容は、この週末に箱根で高校時代のサークルメンバーが集まって同窓会をやるから来ないか、という内容だった。

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彼女はひとつ年下の後輩だったから、今は三十六になるはずだ。

俺、篠田弘一が彼女と交際していたのは、中学三年生から高校生の間ということもあり、特に肉体的な関係はなく、キスだけのプラトニックな付き合いであったが、家が近かったこともあり週末や長期の休みなどの昼間、空いている時間のほとんどを彼女と過ごしていた。

しかし高校卒業後は俺が地方の大学に進学し、彼女とは物理的に距離ができてしまった。

それでもしばらくの間は連絡を取り合っていたが、携帯電話すら満足に普及していなかった時代ということもあり、授業はもちろんバイトやサークル活動など慌ただしい大学生活の中でやがて疎遠になり、明確に別れという区切りをつけることなくいつの間にか終わってしまった。

そのまま20年近く連絡を取ることもなかったのだが、今回同窓会をやるにあたり、彼女は音信不通だった俺をSNSで検索して見つけたのだろう。

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亜希子は結婚しているのだろうか。SNS上では昔の苗字のままだ。

結婚していてもSNSでは旧姓を使い続ける人も少なくないから、それだけでは判断できない。

彼女のプロフィールのページに彼女自身の写真はなく、それ以外の情報は、記入されていないのか、非公開になっているのか、東京都府中市在住ということだけしか判らない。

SNSで友達になればもう少し詳細を見ることが出来るかと友達の申請を送ってみたのだが、未だ承認の通知はない。

たまにしかSNSをチェックしないタイプなのか、分かっていて知らぬふりをしているのか。

あくまでも同窓会の幹事役として俺に連絡を取っただけで、個人的にはもう興味がないのかもしれない。

それならそれでもいい。自分だって結婚している身なのだから、文句を言う筋合いではないのだ。

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**********

たまたまこの週末は何の予定もなく、すっかり忘れていた昔の彼女から改めて連絡を受けてみると、久しぶりに彼女に会ってみたくなり、承諾の返事を返した。

すると金曜の夜から二泊でやるが、土曜だけの参加でも問題ないからと旅館の地図を添えて返事が返ってきた。

二泊は意外であったがせっかく箱根まで行くのだし、仕事も年度初めのドタバタが落ち着いたところだったので、休暇を取り金曜から参加することに決めた。

昔の彼女からの誘いということで多少後ろめたい気持ちはあったが、あくまでも同窓会であり、女房の紗子には特に隠すこともなくそのまま普通に話をすると、二泊で同窓会って珍しいわねと言いながらも、じゃあ私も友達とどこかへ遊びに行こうかな、とそれだけだった。

結婚して十年を超えてくるとそれほど相方の行動に関心を持たなくなるものなのだろうか、そもそもなかなか子供ができないこともあり、喧嘩することも多くなって多少冷めた雰囲気が漂っているのも事実なのだ。

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◇◇◇◇

ナビの指示に従い、車がすれ違うことが出来ないような舗装されていない林の間の細い道へと入り、木々の間を進んで行くと目の前に古民家のような宿が現れた。

駐車場はなく入り口の門の脇にある空き地に車を停めると、すぐにスーツ姿の女性が近づいてきた。

それは相応に歳を取っているが間違いなく亜希子だ。

あの頃はショートヘアにジーンズという、ややボーイッシュなスタイルだったが、今日の亜希子はセミロングにタイトミニのスーツ姿で、すっかり大人の雰囲気に変わっている。

駐車場で俺が到着するのを待っていたのだろうか。

「ひさしぶりね。さあ、中に入りましょ。」

亜希子はこれまでの空白期間がなかったかのように、車から降りた俺の腕を取るとにこやかに宿の入り口へと誘う。

彼女に従い門を潜って中に入ると、目の前には古風な趣の玄関がある。

そして玄関を入るとまるで置物のような小柄なお婆さんがちょこんと座っていた。

「いらっしゃいませ。」

すると亜希子は何も言わずに丁寧に三つ指を突いて迎えてくれたお婆さんの傍に寄ると耳元に口を寄せた。

どうやら耳が遠いようだ。

「お幸さん、また来たわよ。」

「はいはい、亜希子さん、お待ちしていましたよ。いつもの奥の離れを空けてありますからね。」

どうやら亜希子はこの宿の常連のようだ。

ゆっくりと立ち上がろうとするお幸さんの肩に亜希子は優しく手を置いた。

「勝手に行くから案内はいいわ。表から回るわね。弘一、こっちよ。」

手招きする亜希子に従い、入って来た玄関を出て庭へと回り、母屋沿いに進むと庭の奥に広がる林の中にやや大きいお茶室のような建物が建っていた。あれがお幸さんの言っていた離れに違いない。

母屋とは十メートルほどの屋根付きの渡り廊下でつながっており、その渡り廊下の横には離れ専用の小さな玄関がある。

亜希子は慣れた様子で玄関の引き戸を開けて中へ入った。

「なかなか良い部屋でしょう?私、すごく気に入っているの。」

嬉しそうに靴を脱いで中へと入った亜希子に続いてその離れに入ってみると、部屋はざっと八畳ほどの和室になっている。

その奥には四畳半ほどの板間に丸テーブルを挟んで籐の椅子が二脚置かれ、その向こうはガラスの引き戸があって外の竹林が見える。

板の間の左手奥と右手にドアがひとつずつあり、左手奥のドアがトイレのようだ。

試しにトイレを覗いて見ると中は広く、建物に似合わず白木の壁のこざっぱりとした洋式のトイレだ。

「こっちがこの離れ専用の露天風呂になっているのよ。」

そう言って亜希子が右手にある扉を開けると、縁側のような一畳程の小さな脱衣所があり、そのまま竹の柵で囲まれた露天風呂に降りられるようになっている。

湯船はかけ流しの湯が湛えられた、二メートル掛け三メートルくらいの楕円形の岩風呂になっている。

なかなか過ごしやすそうな部屋だが、この部屋に入った時から気になっていることがあった。

「亜希子、今日の同窓会には結局何人来るの?この部屋は凄く良いんだけど皆が集まるには狭くないか?」

すると亜希子は妖しく微笑んで俺の目の前に立った。

「今日は弘一とふたりだけよ。いいえ、今日だけじゃなくて明日も。ふたりだけで二泊三日の同窓会よ。」

「ふたりだけ?」

「同窓会は同窓会でしょ?」

亜希子は最初から俺だけを誘うつもりだったということか。いったいどういうつもりなのだろう。

「別にふたりだけでもいいじゃない。昔はいつもふたりだけで一緒にいたでしょう。それに・・・」

「それに?」

「私は弘一と別れた記憶はないんだけど?」

それはその通りなのだ。

そうかと言って今も続いているなどと亜希子は本気で思っているのだろうか。

常識的にそんなはずはない。二十年も前の話であり、もし本気でそう思っているのであればもっと早く何らかのアプローチがあっても良かったはずだ。

亜希子に何か昔に戻りたいと思わせる出来事が最近あったのか、それとも何か別の思惑があるのか。

俺は素直に聞いてみた。

「亜希子、いったい何が目的なんだ?まさか今更高校の時の状態に戻りたいと言う訳じゃないだろう?」

すると亜希子は俺の手を取って微笑んだ。

「もちろん高校の頃に戻りたいなんて思ってないわ。ちゃんと大人の男と女として、ここで一緒に時間を過ごしたいの。」

「何故?」

「あとでゆっくり話すわ。それよりも荷物を片付けて夕食前にお風呂に入らない?せっかく部屋に露天風呂が付いているんだもの。一緒に入りましょ。」

亜希子は俺と自分の荷物を部屋の隅に持っていくと、壁に埋め込まれている洋服掛けを開けて備え付けの浴衣を二着取り出した。

もうここまで来たら仕方がない。俺は腹を括った。

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ジャケットを脱ぎ、それを洋服掛けのハンガーに掛けると、亜希子から浴衣を受け取った。

脱衣所に入ると亜希子はさすがに恥ずかしいのか、俺に背を向けて服を脱ぎ始めた。女性の亜希子が先に脱いでいるのに自分が恥ずかしがっているわけにはいかない。

さっさと服を脱ぐと体を流して湯船に飛び込んだ。お湯は長湯が出来るようになのか、少しぬるめだ。

髪を束ね、追って洗い場に降りてきた亜希子はさすがに手拭いで前を隠すようにしているが、覆いきれるものではない。

その熟れ切った白い肌とプロポーションに俺は息を飲んだ。

亜希子は俺の視線を避けるように少し俯きがちで静かに湯船に入ると俺の横に座って俺の肩に頭を乗せてきた。

「こうやってふたりで入っていると、高校の頃プールで遊んでいた時を思い出すわ。あの頃は水着を着ていたけど素肌の肩が触れ合うだけでドキドキしていたのよ。」

「俺も同じだよ。水着姿の亜希子を見ているだけでドキドキしていた。」

春先の夕暮れに吹く、まだ少し肌寒い風が気持ちいい。

もし俺があと十歳若く独身であったら、間違いなく亜希子を抱き寄せているだろう。

「紗子さん、だったっけ?奥さん。」

亜希子の口から女房の名前が出てきたことに少し驚いた。

まるで俺が襲い掛からないように釘を刺されたように感じたのだ。

「ああ、そうだけど、何で知っているの?」

「フェイスブックで見たの。」

俺はSNSで何か悪さをしようというような気は毛頭ないので、敢えて女房の名前を隠すような投稿はしていないし、女房と一緒の写真もあるはずだ。

「そうか。SNSも気をつけないと何もかもあからさまになっちゃうね。亜希子は全部非公開になっていたけど、結婚しているの?」

「ううん、バツイチなの。子供もいないわ。」

子供がいないのは俺も同じだ。別れたつもりはないと言いながら亜希子も一度は結婚していたということだ。

「離婚したの?」

「うん。旦那と一緒に生活するのが苦痛になっちゃったの。最初は何とかやっていけるかなって思ったんだけど、半年持たなかったわ。弘一とはあれだけ長い時間一緒にいても平気だったのに。」

亜希子とは、俺が中学三年の時からだから、俺が大学に入るまでとしても四年間は一緒にいたことになる。

「しかし俺達は一緒に生活していたわけじゃないからね。やっぱりひとつ屋根の下で暮らすとなるといろいろあるだろう。」

「でもキャンプで一緒に抱き合って寝たし、やってなかったのはこうやって一緒にお風呂に入ることとエッチだけじゃない?」

「じゃあ、今こうやって一緒にお風呂に入っているから、後はエッチだけ?」

「そうね。でももう時間の問題でしょ?」

亜希子はそう言って笑った。

*********

風呂から上がると、夕食の支度をしているところであり、中年の男女ふたりがテーブルの上に食事を並べている。

「あ、お嬢様、もうすぐ支度が終わりますが、お酒はどうなさいますか?」

和服にたすき姿の女性が風呂から上がってきた亜希子に声を掛けた。

「そうね、ビールを四本と、それからいつもの”ひやおろし”を一本お願い。弘一は日本酒、大丈夫でしょう?」

亜希子は慣れた口調で注文した。

出迎えてくれたお幸お婆さんの対応といい、亜希子はこの宿のかなりの常連なのだろう。

程なく配膳が終わり、お酒が運ばれてきた。

「乾杯。」

テーブルを挟んでビールがなみなみと注がれたグラスを合わせると、亜希子はそれを一気に飲み干した。

「いい吞みっぷりだね。考えてみれば亜希子とふたりで酒を飲むのもこれが初めてだ。」

「そうね。ふたりきりではないけど、いつだったかお正月に弘一の家でお屠蘇と言いながらお酒を飲ませて貰ったことはあったわ。」

そうして昔話に花を咲かせながらテーブルに並べられた料理に舌鼓を打った。

亜希子が言う通り、亜希子とはウマが合うというか相性が良いのだろう、20年のギャップをまったく感じることなく会話が弾む。

「亜希子、そろそろ俺をここに呼んだ理由をちゃんと聞かせてくれないか?」

酒も進む中、酔っ払ってしまう前に聞いておこうと、俺は先程はぐらかされた質問をもう一度尋ねた。

亜希子は手に持ったぐい呑みをテーブルに置くと急に真面目な顔に変わった。

「奥さんと別れて、私と一緒になって欲しいの。」

真剣な顔で俺を見つめる亜希子に、俺は何と回答すれば良いのか言葉に詰まった。

「嘘よ。」

亜希子は急に表情を崩して笑った。

「まあ、今日会ってそんな気もしてきちゃったけど。本当のところはね・・・」

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*********

驚いたことにこの旅館は不動産会社を経営する亜希子の父親が所有していた。

亜希子自身も離婚した後は父親の会社を手伝いながら父親の所有するマンションでひとり暮らしをしている。

先程食事の準備をしていたふたりが亜希子のことをお嬢様と呼んでいたのはそういうことだったのだ。

この旅館は少し奥まった場所にあるのだが、逆にこの隠れ家的な雰囲気を気に入っている常連客が多く経営は安定していた。

ところが去年の秋頃からこの離れに女の幽霊が出るという噂が立ち始めたのだ。

昔からの常連客は客同士のつながりもあり、その噂はあっという間に広がった。

しかし幽霊が出ると噂されているのはこの離れだけで、他の客室は何事もなく、それを知る常連客は泊まりに来てくれるのだが、離れには泊まりたがらなくなってしまった。

個別の露天風呂まで付いたこれだけ立派な離れだから当然宿泊料も高い。

この離れが空きがちになってしまうのは経営的にかなりの痛手になっているのだ。

そこで父親は亜希子に二、三日泊まって真偽を確かめてこいと命令した。

事務仕事をしているとはいえ、住んでいるマンションも含めて見方によってはこの歳になって父親の脛をかじって生活している立場から無下に断るわけにもいかず、亜希子は渋々引き受けたのだがひとりでは心もとない。

そこで誰か一緒に行ってくれる人はいないかと考えた。

女同士では頼りにならない。しかしバツイチとはいえ男の人とふたりで顔見知りの温泉旅館に泊まるわけにはいかない。

そこで思いついたのが俺だったと言う訳だ。

フェイスブックで検索するとすぐに見つかったが、プロフィールを見ると結婚しており、まともに誘っても乗ってこないと思い、同窓会だと偽って誘いをかけたのだ。

「しかし、俺には霊感みたいなものは全くないと思うんだけど。」

「弘一にそんなことは期待していないわよ。ただこの離れで父親が命令した二晩を過ごすのに付き合ってくれればいいの。騙して申し訳なかったけど、二泊三日限り、内緒の浮気旅行ということでお願い。」

もう酒を飲んでしまっている以上運転して帰ることは出来ない。

ここまで引き延ばしてから話をするなんて、昔からそうであったがやり方が周到だ。悪戯な眼差して両手を合わせる仕草も昔と変わらない。

「うちの親父は、幽霊に会ったらうちの旅館に出ないように交渉してきてくれって無理難題を吹っ掛けてくるのよ。そもそも大事な娘をひとりで幽霊の出る場所に泊まらせる?ありえないわよね。何考えているんだろ、あのクソ親父。」

憤慨する亜希子をまあまあと宥めながらぐい呑みに酒を注いだ。

不動産屋のタヌキ親父を絵に描いたような亜希子の父親の顔を思いだし、あの人なら言いかねないなと思いながらも、不思議と昔からどこかで好感を持っていた。

「お父さんがそんなことを言い出さなければ、ふたりでこうしていることもなかったのだから許してあげようよ。」

「まあそれもそうね。ねえ、完全に酔っぱらう前にもう一度温泉に入ろ?」

亜希子はそう言って立ち上がると、いきなりその場で浴衣の帯を解いた。

◇◇◇◇ 中編へつづく

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@あんみつ姫様、
はい、続けて楽しんで頂けたようでなによりです。

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