突然音信不通だった高校時代の彼女、亜希子から同窓会と偽られ、彼女の父親が所有する温泉旅館へと誘われた。
理由を聞くと、この旅館の離れに幽霊が出ると噂になっており、その真偽を確認する為ということで、二十年ぶりに声を掛けられたのだ。
◇◇◇◇
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「その幽霊ってこの離れの何処にどんな風に出るのか聞いている?」
先程と同じように並んで湯に浸かりながら聞くと、亜希子は首を横に振った。
「聞いてないわ。ただ髪の毛が長くて水色のワンピースを着た女の人なんだって。特に危害を加えられたっていう話はないみたい。父親がお客さんから聞いた話では凄く色っぽいって言っていたって。」
「色っぽいってどういうことだろ?スカートが短いとか、おっぱいが大きいとか?」
「弘一の色っぽいっていう基準はそういうところなの?」
亜希子は笑い、静かに俺の腕に抱きついてきた。
亜希子の柔らかい乳房が二の腕に当たる。
先程よりも外の気温は下がっているようで、顔に当たる風が先ほどよりもかなり冷たいが、湯に浸っている体との温度差が気持ちいい。
静かな林の中、かけ流しの湯の音だけが響いている。
俺は亜希子を抱き寄せると唇を重ねた。
亜希子の舌が絡んでくる。
昔は唇を合わせるだけの接吻だったことが頭を過った。
その感触に酔いしれていると、突然亜希子が湯の中で飛び跳ねるように体を緊張させ、唇を離して俺の首に抱きついてきた。
「弘一!あれ、あれ。」
強くしがみついたまま亜希子が向けている視線を追いかけて見る。
すると露天風呂を取り囲んでいる竹の柵の手前に、水色のワンピースを着た髪の長い女が立っているではないか。
二十代半ばくらいと思われるその女は、どこか焦点の定まらない目でぼんやりとこちらを見ているだけで、動く様子はない。
細面で綺麗な顔立ちをしているが、やはり幽霊なのだろう、体全体が多少透けているように見える。
俺と亜希子は抱き合ったまま身動きすることが出来ずにワンピースの女と見つめ合っていた。
そのままどのくらいの時間が過ぎたのか。
ほんの数十秒かもしれないし、数分経っていたのかもしれない。
やがてその女はゆっくりと向きを変え、周りの竹の柵へ吸い込まれるように消えていった。
「見た?」
「もちろん。」
「本当にいたのね。」
「そうだね。」
抱き合ったまま、あまりの驚きと恐怖に囁くような小さな声で短い会話を交わしながら、じっと女が消えていった柵を見つめていた。
しばらくして亜希子は硬くしがみついていた腕を緩めた。
「部屋に戻りましょうか。」
簡単に身体を拭くと、どうせ脱ぐのだからという暗黙の了解でお互いに下着を着けずに浴衣だけを羽織って部屋へ戻った。
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明るい照明により、少し気を取り直した俺と亜希子は並んで座ると残っていたビールをグラスに注いで喉へ流し込んだ。
「噂通りだったわ。本当だったのね。」
亜希子はまだ怖いのだろう横でぴったりと寄り添って座っている。
「何だかすっかり酔いが醒めちゃった。少し飲み直そうか。」
俺は亜希子のぐい呑みに日本酒を継ぎ足した。
「あれで終わりかな。また出てくると思う?」
亜希子はぐい呑みに口をつけながら俺の顔を見た。
「あれだけで終わってくれることを願うよ。」
どうしても口数が少なくなってしまう。せっかく盛り上がった気分が台無しだ。
「でもあまり怖い感じはしなかったな。ただ静かに立ってこちらを見ていただけで、襲ってくるとか、脅かすとかそんな雰囲気はしなかった。」
「そうね。何か少し悲しげな眼をしていたわ。靴も履いていなかったし。」
俺よりも亜希子の方が多少冷静に観察していたのだろうか。
俺は靴を履いていないことまで気がつかなかった。
「しかし、解らない。」
「何が?」
亜希子が横から俺の顔を覗き込んだ。
「あの幽霊の何処が色っぽいんだ?」
真顔で言う俺に、亜希子は吹き出して声を立てて笑った。
「スカートは膝丈で、胸も取り立てて大きくないし、って?ば~か、何を考えているのよ。」
その時部屋の電話が鳴った。
ふたり同時にその音にびくっと体を震わせ、顔を見合わせて苦笑いした。
亜希子が電話に出ると、食事の後片付けに来ても良いかというフロントからの電話だった。
「お願いします。それから追加で”ひやおろし”をもう一本持って来て貰えますか?」
亜希子が電話を置くと、ほんの数分で中年の女性がやってきた。
「千恵子さんはこの離れに出る幽霊って見たことあります?」
千恵子と呼ばれたその女性は、食器を片付ける手を休めることなく答えた。
「ええ、一度だけ。ここで布団を敷いている時に、そこの露天風呂への扉が開いていて、そこに水色のワンピースを着た女の子が立っていたんです。別に何をされたというわけではなくてただ立っているだけだったんですけど、慌てて番頭さんを呼びに行って戻ってきたらもう誰もいなかったんです。」
やはり同じような状況のようだ。幽霊は露天風呂の周辺に出没するのかもしれない。
「それじゃ、お布団も敷いておきますね。」
手早く食器を片付け終えた千恵子は布団を敷くと、それではお気をつけてと言い残しさっさと部屋を出て行った。
早く仕事を終えて家に帰りたいのか、それともこの離れに少しでも長く居たくないのか。
おそらく後者なのだろう。
「千恵子さんったら、いくら早く引き上げたいからって布団をひと組だけなんて。まったく気が利くんだから。」
亜希子はそう言って俺の顔を見つめて妖しく微笑んだ。
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**********
時計を見るとまだ九時を過ぎたところだ。
新しく持って来てくれたお酒と千恵子が残してくれた多少のおつまみでもう一度乾杯した。
「弘一、今日ここへ来てよかったと思っている?」
座っている俺に背中で寄り掛かり、ぐい呑みを片手に亜希子が聞いてきた。
「正直ちょっと複雑かな。亜希子に会えたのはすごく嬉しいけど、幽霊のおまけはいらなかった。」
「そうね。でも私はあの幽霊にちょっと感謝かな。あの幽霊がいなかったら、今日も父親の会社で普通に仕事をして、普通にひとりぼっちのマンションに帰って寝るだけだったもの。弘一に連絡を取ろうなんて絶対に思わなかったわ。」
「じゃあ、もう一度姿を見せたら、ふたりで彼女に”ありがとう”って言う?」
亜希子は笑いながら、ちょっと怖いけどねと言って寄り掛かっていた体を起こすと日本酒の瓶を手に取って俺に向けた。
「あ・・・開いてる・・・」
「何が?」
後ろを振り返ると、露天風呂に続いている内開きのドアが半分ほど開いている。
「さっき閉めたわよね?」
俺は立ち上がるとドアの前に立ってゆっくりと開けてみた。
しかし脱衣所にも露天風呂にも人の姿はない。
「誰もいないよ。」
俺はドアを閉めると念のため鍵を掛けた。
「あの幽霊に、ここへ出ないように説得して来いって父親は言っていたけど、いざ目の前にするとそんな余裕はないわよね。」
座り直した俺に再び背中で寄り掛かった亜希子はそう言ったが、俺自身は幽霊の彼女に対し最初にその姿を見た時ほど恐怖感がなくなっていた。
これまで危害を加えられたという話がないことと、実際に悲しげに黙ってじっと立っているだけでホラー映画に見るような雰囲気をほとんど感じさせない彼女の姿を見たためだろう。
「じゃあ、亜希子に呼んで貰ったお礼に、俺が説得してみるかな。色っぽいところも見てみたいし。」
「まだ言ってる。」
「まあ、亜希子より色気があるとは思えないけどね。」
俺がそう言って亜希子を後ろから抱きしめると、亜希子は首を回して唇を求めてきた。
後ろから唇を重ね下に何もつけていない浴衣の合わせから手を差し込むと、片手では余ってしまうほどのボリュームのある柔らかい乳房を優しく握りしめた。
そのまましばらくその愛おしい感触を楽しんだ後、亜希子の向きを変えて、もう一度唇を重ねると亜希子はすぐに唇を離し、両腕で抱きついて俺の肩越しに部屋の奥を見た。
「また出たわ。」
振り返ると先程鍵を掛けたはずのドアが再び半分ほど開いており、その向こうの薄暗い脱衣所にワンピースの女が立ってじっとこちらを見ている。
「なんでこう、いいところで出てくるかな。」
俺は愚痴を言うように呟いたが、亜希子はそれに反応せずじっと女を見つめている。
そしてやはりしばらくすると女は消えてしまった。
「単なる覗きか?」
冗談半分でそう言うと、亜希子は真面目な顔をして俺の胸に抱きついてきた。
「きっと何か言いたいことがあるのよね。でも黙って立っているだけじゃ解らないのに。」
「ドアは閉めても無駄だろう。もうドアはこのままにして、湯冷めしないうちに布団へ入らないか?」
亜希子は素直に頷いて体を起こすと布団に入った。
俺は部屋の入り口にある空調で夜中に寒くならないように暖房の設定温度を上げたが、部屋の照明を消すのは多少怖く、亜希子の同意を得て部屋の照明は点けたまま亜希子の横に潜り込み亜希子を抱きしめた。
「彼女は別に何かをしてくる様子はなさそうだし、せっかくの夜だからもう彼女が現れても無視しましょう。」
亜希子はそう言って俺の背中に回した手で浴衣の帯を解いた。
俺も亜希子の帯を解いて浴衣を脱がせると裸の胸を合わせてゆっくりと首筋に唇を当てた。
「ねえ、お願いがあるんだけど。」
亜希子が少し息を荒くしながら俺の耳元で囁いた。
「私、弘一の子供が欲しいの。」
何を言い出すのかと愛撫を中断して亜希子の顔を見た。
「あなたに迷惑はかけないわ。私ひとりで育てるから。弘一との子供なら何があっても一生愛していける。もうこれ以上ひとりぼっちで生活していくのは嫌なの。年齢的にもそろそろ限界だし。」
俺は返事が出来なかった。
亜希子の気持ちは解る。
しかし女手ひとつで子供を育て上げるのは容易な事ではないし、もし今後再婚したい相手が出来た時には逆には邪魔になってしまうのではないか。
俺自身にしても女房との間には未だに子供を授かることが出来ていない。
もし自分の子供がこの世に生を受けているのだとすれば、必ずそれを意識するだろう。
やはりそれは無理だ。
そもそも今日は避妊具など持ち合わせておらず、直前で抜くつもりだった。
亜希子には申し訳ないがそうするしかない。
俺は返事をせずに愛撫を再開した。
亜希子はそれを肯定と受け取ったのだろう、嬉しそうに俺の愛撫に応えてきた。
旦那との離婚以来だという亜希子はとても感じやすく何度も絶頂を迎え、そして最後の瞬間、俺が腰を引こうとしたところで亜希子の両脚ががっちりと俺の腰を絞めつけた。
「そのまま出して!」
亜希子はそう叫んで俺の放出を胎内に受け止め、自分も絶頂に達していた。
「ちゃんと子供ができるといいな。久しぶりに満足しちゃった。」
俺の腕枕で亜希子は幸せそうに微笑んだ。
「ワンピースの彼女もずっと見ていたのよ。気がついていた?」
俺は全く気がついていなかった。
やはり露天風呂へのドアのところに立って部屋に入ってくることもなくじっとこちらを見ていたのだそうだ。
「たっぷり弘一の精子を受け取っちゃったからもう後は同じよね?明後日のチェックアウト迄たっぷりナマでたのしみましょ。」
亜希子はそう言うとそのまま目を閉じて幸せそうな笑みを浮かべすやすやと眠りについてしまった。
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そしてそんな亜希子の寝顔を眺めながら、もし本当に子供が出来てしまったらどうしようかとぼんやり考えているうちに俺もいつの間にか眠りに落ちていた。
◇◇◇◇ 後編につづく
作者天虚空蔵
もう少し丸めた表現にすべきでしたかね?