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中編7
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映画館にて

その日、彼とデートの約束をしていた私は、朝から一生懸命お洒落をして、買ったばかりのワンピースを着ると、電車に揺られて待ち合わせの駅へと向かいました。

彼とは付き合い始めてまだ半年。

取引先の営業担当である彼からの強引ともいえるアプローチがあって付き合い始めました。

ルックスは人並みですが、付き合ってみると優しく紳士的であり、私も徐々に彼の事が好きになってきたところなのです。

前回のデートで初めて手を握ってくれ、今日のデートで少しまた進展があるかな、という期待もありました。

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しかし、待ち合わせの改札についたところで彼から電話が入り、急な仕事で今日のデートには来られなくなってしまったとのこと。

彼が真面目で律儀な事は充分承知しており、電話の向こうで必死に謝る彼に気を使わせないよう、出来るだけ明るい声でわかったと返事をしました。

もちろん本音を言えばがっかりしたのは間違いありませんが、お互い社会人である以上はある程度仕方のないこと。

まるっきり空いてしまった予定をどうしようかと考えたのですが、このまま家に帰る気にもなれず、映画でも見ようと駅の近くにある映画館に入りました。

「何を観ようかな。」

ロビーにずらっと並んだ上映中の映画のパネルを眺め、彼が好きなホラー系やサスペンス系は一緒に観ればいいと思い、できるだけ上映開始時間が近くて、彼が絶対に観ようと言いそうもない映画を探しました。

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すると一番端に『当館特選リバイバル上映』と銘打たれたパネルが目に留まりました。

『ライト/オフ』

この映画は前に彼が話してくれたのを何となく憶えていました。

ライトを消した瞬間に見える幽霊。

ホラー映画なのですが、彼は前に観ているはずですし、リバイバル上映なので次のデートの時はやっていないでしょう。

ひとりでホラー映画を観るのはどうかと思いましたが、彼がすでに観ているのなら逆に話題作りにもなります。

上映開始時間が十五分後とちょうど良かったこともあり、思い切って観ることにしました。

自動券売機でチケットを購入し、売店でお決まりのラージサイズの飲み物とポップコーンを購入すると、スクリーン毎の小部屋が並ぶ場内へ入って行きました。

チケットに表示されている9番のスクリーンは一番奥にあり、ドアを開けて中へ入るとまだ場内の照明は点いたままで、休日にも関わらず座席はガラガラでした。

座席の指定はなく、小さなホールだったので、私は最後列の真ん中の席に座ることにしました。

やはり女ひとりで映画を観るとなると、これだけ空いているホールなのに自分の真後ろに誰かが座ると気になるので、後ろに座席のない列にしたのです。

立っているシート座面を倒して腰を下ろし、アームレストからテーブルを出してポップコーンと飲み物を置くとひと息つきました。

周りを見回すと同じ列には誰も座っておらず、前方にカップルが何組かと、ひとりで座っている人が数人いるのが見えています。

そして間もなく映画が始まる合図のブザーが鳴り、場内の照明が消えました。

そしてスクリーンが明るくなり、上映開始です。

リバイバルだからでしょうか、何故か上映予告のプロモーションフィルムの上映はまったくなく、いきなり本編がスタートしました。

私はこの上映予告も意外に楽しみにしているのでちょっとがっかりしましたが、すぐに映画に引き込まれていきました。

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***********

照明を消すと現れこちらへ迫ってくるその姿に、自分の部屋で起こったらどうしよう、もう怖くて夜電気は消せない、などと体を硬くして画面に見入っていました。

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その時、ふと隣に誰か座っているような気配を感じたのです。

しかし横を見てももちろん誰もいません。

気のせいだと思い、再びスクリーンに目を向けた時でした。

首筋にふ~っと息を吹きかけられたような感じがして、ぞわぞわっと悪寒が走りました。

(えっ?なに?誰?)

もちろん上映中なので声を出すことは出来ません。

私はもう一度周りを見回しましたが、左右、そして前列には誰も座っておらず、後ろの通路にも誰もいません。

スクリーンに映し出されている身を固くするような怖い映像によって、おそらく空調の風を勘違いしたのでしょう。

しばらく周りの気配を伺っていましたが何も起こらず、私は気を取り直して、またスクリーンに向き直りました。

数少ない観客からちらほらと悲鳴が上がり、映画も終盤に差し掛かかっています。

私も悲鳴こそ上げないもののスクリーンを注視したまま、置いてある飲み物のカップに手を伸ばしました。

「あれ?」

アームレストにあるカップホルダーに飲み物のカップがなく、伸ばした手が空を切ったのです。

倒れてしまったのでしょうか。

しかし氷の入った飲み物が落下すれば、いくらスクリーンに集中していても気がつくはずです。

慌てて足元を確認しましたが、やはり落ちている様子はありません。

周囲を見回すと・・・

ありました。

立ったままの隣のシート座面の上にちょこんと乗っています。

手を伸ばせば届く位置なのですが、いくらスクリーンに集中していたとはいえ、そんなところに自分で置くとは思えません。

友人達からかなり天然が入っていると言われる私ですが、そこまでボケてはいないと思います。

それでも周りに誰もいないのだから、自分がやったのかもしれないと割り切れない気持ちでカップを手に取りました。

「?」

カップは空でした。

たっぷり入っていたはずの氷すらないのです。

さっき手にした時はまだ半分以上残っており、ワンサイズ小さくても良かったかなと思ったくらいなので間違いありません。

だとするとこのカップは自分が飲んでいたものではないのかもしれないと思ったのですが、そんなはずはないのです。

周りには誰もいないのですから。

一体何が起こったのでしょう。

見えない誰かが隣にいて、これを飲んでしまったなどとは考えたくもありません。

除湿空調のせいで蒸発してしまった?などと自分が納得できる理由を探しましたが思いつくはずもなく、

そして空のカップをアームレストに置き直した時です。

前の座席との間、自分の膝のところに何か黒く丸いものがあるのが目に留まりました。

周りに誰もいないこともあって、人の目を気にせずリラックスした姿勢で映画を観ていたため、やや開いていた私の膝頭の間に何かあるのです。

スクリーンからの光も届かない影になっている部分で、それが何だかよく分かりません。

何だろうと思っていていると、徐々に白っぽくなってきます。

何とそれは人間の頭でした。

顔を伏せた状態からこちらを見上げたようです。

暗い中なのでその顔までははっきりと分かりません。

が、しかし、口角を吊り上げてにやっと笑ったのがはっきりと分かりました。

「きゃ~っ!」

思わず悲鳴が出ましたが、たまたま同じタイミングでちらほらと別の座席からも悲鳴が上がっていたので、私の悲鳴に誰も気に留める様子はありません。

何が起こっているのか理解できないまま、反射的に閉じた膝の間に空気の抜けたラグビーボールを挟んだような感触が伝わり、その気持ち悪さに今度は思い切り両膝を開きました。

するとそれまでは顔しか見えていなかったのですが、薄暗い空間で膝の間にしゃがみ込んでいる上半身がはっきりと見えます。

逃げようと思ったのですが、あまりの恐怖に手で両脇のアームレストを固く握りしめたまま体が固まってしまったように身動きが出来ません。

自分の顔が引きつっているのがはっきりと分かります。

そしてその男の顔をよく見ると・・・

なんと彼ではありませんか。

しかし彼は仕事をしているはずですし、まして映画館の座席の下、私の両脚の間でニヤついているなんて考えられません。

でもそれはどう見ても彼なんです。

「雅之さん、こ、こんなところで何をやっているんですか?」

訳が分からずにパニックを起こした頭で、辛うじて小さな声でそう問い掛けました。

すると彼は再びにやっと笑うとその姿勢のまま両手をスカートの中に差し込んで、私の両腿を撫で始めたのです。

「真美ちゃ~ん・・・」

「ぎゃ~っ!」

背筋に悪寒が走り、私は弾かれるように立ち上がるとハンドバックを掴んでホールを飛び出しました。

勢いよく廊下に飛び出すと、そこにいた数人が何事かとこちらを見ています。

しかしそんなことにかまってはいられません。

私はそのまま走って大勢の人がいるロビーに入ったところで一旦立ち止まって後ろを振り返りました。

彼がついて来ている様子はありません。

ほっとしたのですが、何が起こったのか全く理解できません。

混乱した頭で、とにかく確認して見ようと彼に電話してみました。

携帯ではなく、彼のデスクに。

携帯に掛けて、自分の傍で着信音が聞こえたら怖いじゃないですか。

でも彼はすぐに電話に出てくれました。

いま、ちょうど休憩中だという彼から、どうしたの?と聞かれたのですが、今の出来事を正直に答えることが出来ません。

何となく声が聞きたかったのだと嘘をつくと、彼はこんな事を言いました。

「いや、僕もデートをドタキャンしちゃった事が気になって、ずっと真美ちゃんの事を考えてたんだよね。一緒に映画でも見に行きたかったなって、仕事も手につかず悶々としてたんだ。真美ちゃんは何をしてたの?」

私はそれを聞いて、思わず電話を切ってしまいました。

薄暗い座席の間にしゃがみ、私のスカートの中に手を入れて薄笑いを浮かべた顔が脳裏に浮かびます。

あれは間違いなく彼だった。

私の名前まで呼んだのだから間違いない。

しかし電話に出た彼はずっと仕事をしていたのだとすると・・・

考えられるのは・・・

それがいかに私のことを好きでいてくれる証しだとしても、

生霊を飛ばすような人と、とても付き合う気にはなれません。

私は別れようと心に決めました。

しかし、何事もなく別れることが出来るのでしょうか・・・

不安です。

付き合う前に生霊を飛ばすような人かどうか見分ける方法はないのでしょうか。

誰か知っていたら教えてください。

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でも、まず教えてください!

生霊を飛ばすような人と無難に別れる方法を・・・

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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