中編3
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903号室

娘の体験談である。

仕事関係の研修のため、九州のある県へ出かけた。

宿泊先は会社が用意してくれたビジネスホテルで、新しくはないが高くそびえるタワーのような建物が印象的なホテルだった。

研修前日の夜にホテルにつき、まずは、部屋で落ち着くことにした。

渡されたカードキーに書かれた部屋番号は

903号室。

ドアから部屋に入ると左側に洗面所、浴室、トイレ、まっすぐ歩くと右側にベッド、左側には化粧台を兼ねたテーブルがある。

北関東から新幹線と飛行機を乗り継いでの行程だった。

明日からは一日がかりの研修が二日間続く。

その日は早めに夕食をとりベッドに入ることにした。

そして娘は夢を見た。

夢の始まりは

「これで縁が切れた」

という言葉だったそうだ。

その文字が突然娘の目の前に現れたのだという。

―え?なに?

眠っているはずだったが真っ暗な部屋が見える。

その真っ暗な部屋の中を何かが歩いている。

目をこらしてよく見るとそれは男性で、

真っ暗な部屋の中をただ歩き回っていた。

―え?なんで男の人が?鍵をかけわすれたのだろうか?―

最初、娘はそう思った。

知らない男性が勝手に部屋に入ってきているという現実的な恐怖だ。

娘が身動きできずにいると、

ドン!!

カタン!!

という音が部屋のあちこちから聞こえてくるようになった。

その音を聞いた瞬間に

―この人は生きている人間じゃない―

娘はそう感じた。

そして

その男性の後ろからふいに、女の子があらわれたのだという。

顔が異様に白く、髪は真っ黒な女の子だったそうだ。

―え?―

女の子はずんずんと娘に近づいてくる。

異様なほどに白い顔。

その顔がどんどんと近づいてくる。

逃げようにも体が動かず、娘の目は見開いたままになっている。

そして、娘の目の前に来た女の子は

口を大きく横にあけて

―にぃ~~―

と笑ったのだという。

・・・・うわっ!!

あまりの恐怖に娘が目を閉じると同時に娘ははっと目を開けた

夢だった。

夢だったのか。

時計を見る。

デジタル時計は午前3時を表示していた。

寝入る前と同じく部屋は真っ暗である。

急いで部屋の明かりをつけた。

部屋の中には誰もいない。

だが、恐怖は夢の中から現実へあらわれだした。

ドン!ドン!

カタン!カタン

音のする方向に目をやると、ドン!という音は窓から、

カタン!という音は壁の方から聞こえてくるのがわかった。

ドン!カタン!

ベッドで動けなくなっている娘を囲むようにして音が鳴り続けた。

窓の外を確認しようかとも考えたが

―そこに何かがいたら―

そう考えたら怖くてできなかった。

音をごまかして恐怖を少しでもやわらげるためにテレビをつけたが、

真夜中に地上波のテレビは放映されてなかった。

スマートフォンでYouTubeを開き、隣室に聞こえない程度の大きさにして朝を待った。

朝の6時を過ぎ、カーテンの隙間から朝日が差し込み始めても、窓をたたくようなにぶい音はやまなかった。

研修へ行くために用意をする娘に聞かせるかのように、

「ドン!!」という鈍い音と、「カタン!!」という壁を叩くような音が鳴り続けていたのだという。

そのホテルにはもう一泊する予定だったが、903号室にはとても泊る気にはなれなかった。

フロントへ行き、

「隣室の人の声が聞こえてくるので・・・・」

と話して、部屋を変えてもらった。

ホテルの人は「こちらのミスなので・・・」と

シングルの料金で

クイーンルームに変更してくれた。

移った部屋ではなにも起こらなかったが、前日のこともあり、怖くて眠れなかったそうだ。

駅へ迎えに行って車に乗ったとたんに私に話してくれた

旅先での体験である。

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