この話は続編です。
解説欄に前話のリンクを貼っております。
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改めて堀江が玄関ドアを開く。
するとカビ臭い匂いがサッと四人の鼻を掠めた。
室内はどこか重々しい空気が漂っている。
玄関上がって正面には廊下が奥まで伸びており、廊下沿いには向かい合っていくつかドアがあって、突き当たりにもドアがある。
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そしてその突き当たりドアの横手に、二階に続く階段らしきのがあった。
「そこまで荒れてないな」と言いながら藤木が廊下に上がると、あとの三人も続いた。
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四人は一緒に廊下沿いのドアを開けていく。
一番手前は洗面所と浴室。
その隣はトイレ。
そしてその向かいは書斎のようだった。
重厚なデスクセットと壁を被う本棚。
本棚には小難しいタイトルの本がびっしり並んでいる。
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「大学の先生をしていた父親の書斎だったんだろうな」
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藤木が並んだ本を眺めながら言った。
隣に立つ倉崎が「どうしてこんな偉い父親の息子が、あんな風になったんだろうね」と呟くと、
「まあ、天才とバカは紙一重とか言うからな」と堀江が言ってニヤリと笑った時だ。
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shake
バタン!
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突然ドアの閉まる音が響いた。
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四人は一斉に振り向く。
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その後、奇妙な笑い声とともにドタバタと廊下を走るような足音が続いた。
堀江が素早く歩き書斎のドアを開き、廊下を確認する。
そして「誰もいないな」と言うと、背後の三人の顔を見た。
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「ねえ、やっぱり慎太郎くんが来てるんだよ。ヤばいよ」
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愛実が震えながら言うと、藤木が「いや、近所のガキがいたずらしてるんじゃないか?」と強気なことを言った。
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それから四人は一階の全ての部屋を確認した後、廊下奥の左手にある階段の前に並ぶと藤木を先頭に登りだした。
ギシリギシリという踏み板の軋む音が不気味に響く。
二階も一階と同じような間取りのようで、廊下沿いにいくつかドアがある。
四人はさっきと同じように一部屋一部屋開いて確認していく。
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トイレ。
殺風景な和室。
夫婦が利用していたと思われる寝室。
そして最後に残ったのが奥の部屋。
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「じゃあ、開けるぞ」と言って藤木がドアノブを握ると、ゆっくり開いていく。
そして四人はアッと息を飲んだ。
いきなり鉄格子が視界を遮ったのだ。
藤木が鉄格子越しに部屋を見渡す。
正面窓際には学習机があり、右手の壁際にはベッド。
そして目を引いたのが、左手の壁を被う巨大な棚に飾られた無数のフィギュア。
藤木が呟く。
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「どうやら、ここが慎太郎くんの部屋だったようだな」
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「なあ、もうここまでで充分じゃないか?」
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隣で倉崎がびくつきながら言うと、堀江が「ここまで来てから帰れるかよ」と言って鉄格子下部にある扉を開き、さっさと中に入っていった。
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一見すると、どこにでもあるような普通の子供部屋だ。
入って左手の壁を被う棚を除いては。
四人は棚の前に並び、呆気にとられていた。
無数のアニメの女子キャラが様々なポーズで並んでいる。
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「すごいな、いったい何個あるんだろ?」
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藤木がそれらの一つを手に取りしげしげ眺めながら呟くと、倉崎が真剣な顔でフィギュアの数を数えだす。
堀江が口を開く。
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「恐らく嘗てはここにある倍はあったんだろう。
母親は部屋の掃除の時、誤ってその中の一つを捨ててしまったんだ。それが慎太郎くんの逆鱗に触れて、、、」
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「やっぱりおかしいよ。
人形を捨てられたくらいで」
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愛実が言うと、堀江が続ける。
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「こいつは多分閉じ込められた孤独な慎太郎くんの、唯一の友人であり恋人だったんだ。
だから、、、」
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「ねえ、もう大分日も落ちてきたことだし、帰ろうよ」
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愛実が窓の方を見ながら言った。
確かにカーテンからの日差しには勢いがない。
「じゃあ、そろそろ退散するか?」とフィギュアを持った藤木が振り向いた時だった。
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「ねえ何か聞こえない?」
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突然愛実が呟く。
彼女の言葉で四人は無言になり、耳を澄ました。
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ギシッ、、
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ギシッ、、ギシッ、、
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ギシッ、、ギシッ、、ギシッ、、
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「そうだな。確かに何か軋むような音がしている」
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藤木が言うと、倉崎が「階段だよ、階段の踏み板が軋む音だよ。誰かが二階にあがって来てるんだよ!」と怯えた様子で言うと、続いて甲高い男の声が続く。
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「ママ~、ママ~、ねえママ~」
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ドン、、ドン、、ドン、、、ガチャり、、
ドン、、ドン、、ドン、、、ガチャり、、
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どうやら廊下を歩いては他の部屋のドアを開けているようだ。
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「ママ~、ママ~、ねえママ~、どこにいるんだよ~」
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声と足音は徐々に四人のいる部屋に近づいてきている。
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「やっぱり慎太郎くんだ。慎太郎くんがこっちに近づいてきているんだよ」
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倉崎が言っている間に残りの三人はひそひそと何か話し合っていたが、すぐに堀江が窓際にある学習机のところまで歩きそれを持ち上げ鉄格子の扉前にくっつけるように置くと、さらにその上に椅子を乗せる。
愛実は窓のところまで行きカーテンを開き窓を全開にすると藤木がベッドにあるかけ布団を持ってきて窓から外に垂らす。
どうやら窓から逃げるという魂胆のようだ。
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男三人が布団の端を持つと、愛実は反対側の端を掴みながら窓から外に出て、体を伸ばした状態のまま玄関脇の雑草地に飛び降りる。
次に倉崎が布団を掴みながら窓から外に出ようとしていると、とうとう声は部屋の入口辺りから聞こえてきた。
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「ママ~、ママ~、ねえママ~、そこなの?
そこにいるの?」
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藤木と堀江が布団の端を持ったまま、緊張した面持ちで部屋の入口を注視する。
するとドアのノブがカチャリと回転し、一人の男が入ってきた。
その異様な風体に二人は一瞬で背筋を凍らせる。
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その男は天井にも届きそうな背丈をしていた。
屈強そうなその肉体には不似合いなピチピチのボーダー柄のTシャツに半ズボン姿だ。
男は鉄格子を両手で握って泣きそうな顔をしながら、
「ああ、お前ら、ボクのフィギュアを盗もうとしてるな」と叫ぶと、下部の扉を開けようとする。
だが机と椅子が邪魔をして開けられない。
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藤木は倉崎が下の雑草地降り立ったことを確認すると、
「俺が最後だ」と言って堀江を先に行かす。
そして堀江が下に降り立った時だ。
とうとう異形の男は力付くで扉から室内に入ると、泣きながら藤木に近づいてくる。
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「返せよ、ボクのフィギュア、返せよ!」
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「ヤバい!ヤバい!」と言いながら藤木は窓から両足を出すと、一か八かそのまま飛び降りた。
着地と同時に鋭い痛みが脚全体を走る。
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それから四人はほうほうの体で車のところまで行き着き、各々急いで乗り込むと、藤木が足を負傷しているため愛実の運転で出発した。
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その時にはすっかり日は落ちていて四人は市街地までたどり着くと、ネットで救急病院を探してそこに行く。
それから担当の医師に診てもらったところ、やはり藤木の足は骨折していて即入院ということになった。
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それから一週間が過ぎた。
手術はうまくいき、藤木は市街地にある市立病院の個室部屋で退屈な毎日を送っていた。
両足には包帯がぐるぐる巻きされている。
その日彼は、午後から見舞いに来てくれた愛実と個室で談笑していた。
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「でもさあ、結局あの時襲ってきた男って、やっぱり慎太郎くんだったのかな?」
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枕元に座る愛実がベッドに横たわる藤木に言う。
彼はしばらく遠くを見るような顔をしていたが、
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「どうだろうな。
もしかしたら、この世の者ではなかったかもな」
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と言うと静かに目を閉じた。
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愛実が帰った後しばらく寝た藤木は、看護師が持ってきた夕飯を終える。
それから読みかけの小説を読んでいたのだが、ふと思い出したかのように右手にあるテーブルに視線をやるとその引き出しを開け、中からあるモノを出すとテーブルの上に置いた。
それはあの家から持ち出した一体のフィギュア。
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藤木が高校生の頃好きだったアニメの女子キャラで、思わず持ってきてしまったのだ。
彼はしばらく満足げにそれを眺めていたが、やがて睡魔に襲われ微睡みの泉に嵌まっていく。
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病棟の消灯は早く、その後間もなくして室内の灯りが消された。
それからどれくらいが経った頃だろうか。
彼は悪夢に苛まれ、最後は奇妙な声で目が覚まされる。
それはあの家で聞いた甲高い男の声。
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「ママ~、ママ~、どこにいるんだよ~」
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「返せよ、ボクのフィギュア返せよ!」
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暗闇の中藤木は半身を起こすと、ほっと深いため息をつく。
激しい心臓の動悸を感じていた。
額から流れた生暖かい汗が頬をつたい、顎先からポトリと落ちる。
それからようやく気持ちが落ち着いてきた彼は辺りを見回し、途端に一瞬で背筋が凍りつく。
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病室入口のドアが開いていた。
そこに誰かが立っている。
廊下からの逆光でその姿は人影のようだが、その者は異様に背が高く天井にも届くくらいだった。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう
【慎太郎くんのいたという家】前編
https://kowabana.jp/stories/37415