小学生の頃、屋久島の海で迷子になったお話です。
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その海水浴場は入江のようになっており、深さもあったため当時小学生だった私は浮き輪をしていた。
とてもきれいな海で少し潜ると足元を魚たちが泳いでいる。
普通に海水浴を楽しんでいる人もいれば、シュノーケリングをしている人も多い。
周りの観光客と同様に、私と姉も2人でシュノーケリングを楽しんでいた。
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その入江は不思議な形をしていて、普通の砂浜の横に岩場があり、ぐるっと三方向を大きな岩で囲まれたような場所だった。
普通の入江とは少し違い、直接海に面しているわけではなく、岩の隙間から海水が流れてできた大きな海のプールのような場所である。
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私はずっと姉の後ろをついて泳いでおり、陸地からだいぶ離れ入江を囲んでいる岩壁のほうまで来ると岩と岩の間に細い隙間を発見した。
ここから海水がながれてくるのか~と思っていると、姉がその隙間の中に進んでいくので、その行動力に少し戸惑いながらも後につづく。
海水の透明度がかなり高く、すぐ近くに海底の白い砂浜があるように見えたが、実際はかなり深い。
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こども用の小さな浮き輪が通れるほどの狭い隙間を進むと、途中右側に大きなサンゴ礁があり、海水の温度が急に温かくなったり冷たくなったりと、まるで冒険のようでわくわくが止まらなかった。
岩と岩の狭い隙間を進んだ先は、小学生の私にとってはまるで夢のような景色。
絶景と魚たちに見とれながらも先に進む姉の足をちらちらと確認しながら、おいていかれないように泳いでいく。
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私も姉も泳ぎはかなり得意で、いつも子供2人だけで泳いでいたことも多々あったが
「あまり遠くには行きすぎないように」「ブイの先には絶対にでないように」が約束事だった。
こんなところに入ってしまって怒られるかもしれないと思いながらも、あまりの絶景に感動し「あとでお母さんとお父さんもつれてこよう」などと考えていた。
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しばらくまっすぐ進むと深い海の底は白い砂浜ではなくゴツゴツとした岩に変わった。
海面から顔を上げるとそこには8帖ほどの岩礁があり、その岩によじ登ると目の前には広い海とずっとずっと先に水平線が見えた。
外海に出てしまったのだ。
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岩礁によじ登ってから気が付いたのは姉がいないこと。
おかしいな、さっきまでいたはずなのに。
確かにずっと海中で目の前にある泳ぐ姉の足をみて追いかけてきたはず。
あの入江からここにくるまで、泳いで通れるような場所は、あの隙間道しかなく、途中で姉とはぐれることは考えにくかった。
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「おねーちゃーん!どこー?おねーちゃーん!」
姉を呼ぶも返事はなく、岩礁に打ち寄せる波の音しか聞こえない。
岩礁の先は青色というよりも紺や黒に近い色の深い深い外海。
この岩礁から落ちればいくら浮き輪をつけていても波にのまれ、助かる可能性は低いのではないか。
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今見えるのは自分が泳いできた細い狭い隙間道の海と岩礁の先の壮大な外海のみ。
姉もいなければ両親もいない、海水浴場にきている人の姿ももちろん誰1人として見えない。
急に心細くなり、頻りに打ち寄せる波に恐怖心を掻き立てられる。
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「おねーちゃーん…」
姉が隠れられるような岩陰もなく迷子になったと確信した。
この狭い岩礁にいて大きな波がきたらと考えると恐ろしく、来た道を戻ろうかと考えた。
しかし、さっきまで感動しきりで泳いできたはずの狭い海を1人で泳ぐことが急に怖くなり動けなくなってしまった。
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そうしているうちに風が強くなり、海水で濡れた肌から熱が奪われていく。
風は岩と岩の隙間を通り抜け、
ふふふ
とまるで笑い声のように聞こえる。
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海も波も風もその場の全てが怖く感じた。
だが動けない。
ただその場に立ちすくみ、浮き輪をぎゅっと握りしめ、泣きながら姉を呼び続けるしかなかった。
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入江から離れどのくらいの時間がたったのか。
泳いできた方向から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、少しして黄色いラッシュガードを着た男性ライフセーバーがこちらに泳いでくる姿が見えた。
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ライフセーバーは岩礁に上ってきて
「○○ちゃん?」と聞いてきたので、小さく頷いた。
恐怖、不安、安心、様々な感情が入り混じり、うまく声が出せなかった。
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「よかった!お父さんとお母さんがむこうで待っているから一緒に戻ろうか」
優しい表情で私に声をかけ、自分と私の浮き輪をロープのようなもので結び付け
「浮き輪はつけたままこのロープを握っててね。」
浮き輪がつながったロープを少しだけ弛ませ私に握らせた。
ライフセーバーは途中何度も振り返り、私の様子を確認しながら、繋がったロープを握り浮き輪でプカプカと浮いている私を引っ張るように泳いでいった。
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入江にもどると、私が入ってきた隙間にはブイと、赤色と黄色のかなり目立つ【遊泳禁止】の看板が浮かんでおり、陸にいる両親と姉の姿が見えた。
陸に上がりロープがほどかれると母が抱きついてきて「よかった、よかった…」と泣いていた。
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小学生の私は怒られるとばかり思っていたが、泣いている母に抱きしめられ、子供ながらに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
母も姉も泣いている姿をみて、たまっていた感情がぶわっと溢れだし私も涙が止まらなくなった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」泣きながら謝ると父親がそっと頭をなでてくれた。
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どうやら姉が、私がいなくなったことに気が付き、すぐに両親に伝えライフセーバー数名が捜索してくれていたそう。
「私がちゃんと見てなかったから」と姉も泣いていたが、両親は私のことも姉のことも叱らず「ごめんね、こわかったね、本当に良かった。お父さんとお母さんがちゃんと見ていなかったから、ごめんね」と泣いていた。
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「どうしてブイの先に行っちゃったんだ?」と父に聞かれ
「おねえちゃんがあの隙間に入っていくのが見えて、追いかけていったの。でもお姉ちゃんじゃなかった。あのブイも立ち入り禁止のやつも見えなかったの」
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そう言うと、その場にいた男性ライフセーバーと別の女性ライフセーバー2人が顔を見合わせ
女性ライフセーバーが
「違うお姉さんがいたの?」と聞いてきた。
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「うーん…ずっと潜ってて足しか見えなかったからよく分からないです。
お姉ちゃんかと思ってたけど、岩のところまで行ったら誰もいなかったです。」
2人のライフセーバーはまた顔を見合わせた。
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「あの、何かあるんですか?」
ライフセーバーの様子が気になったのか、父が質問した。
「いえ、あの…。」女性ライフセーバーが言葉につまり男性ライフセーバーの顔を見る。
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男性ライフセーバーは少し悩んだあとに話始めた。
「たまにあの隙間に間違って入り込んでしまうお客様もいらっしゃるんですが、その方たち皆さん言うんですよ。
女性が泳いでいたから。とか、常設しているはずのブイも看板もその時はなかった。とか…」
作者m
海はいまも大好きですが
夜の海は真っ暗な広い海に飲み込まれそうな感じがして苦手です
屋久島、また行きたいですね。
白谷雲水峡で出会ったオコジョが可愛かったです