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中編7
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顔認証機能

「もうそろそろ限界だな。」

バッテリーがすぐに消耗するし、インストールできないアプリも多くなった。

基本的にタブレットPCを愛用し、スマホに関してそれほどヘビーユーザーではない俺は、もう十年近くもこの古いアイフォンを使っている。

しかし、SNSアプリのアップデートやバッテリーの消耗に関して、彼女である麻貴から頻繁に文句を言われるようになり、とうとう買い替える気になったのだ。

それでも、目が飛び出るほど高い最新のアイフォンを買う気にはならず、中古品を探すことにした。

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麻貴と一緒に中古を扱っている携帯ショップやリサイクルショップを何軒か回ったが、なかなかこれという出物に会えない。

中古も良いものは新品と変わらないような値段だ。

そして半分諦めかけた時に小さなリサイクルショップを見掛けた。

ここで無ければ諦めて新品を買おうと思い、ちょっと古めかしい構えのその店に入った。

家具や電化製品などが並べられ、壁際には衣類が並んでいる。

ここはだめか、と思った時、店の奥のレジ横にガラスのショーケースがあった。

近寄ってみると、カメラや時計などと一緒に数台のスマホも置いてある。

眺めてみると、ふと一台のスマホに目が留まった。

二世代前のアイフォンで札を見ると三年落ちだが、十年前の物を使っている俺からすれば十分新しい。

値段も手頃なのだが、難点は色が赤なのだ。

「前に使っていた人は女の人なんじゃない?」

確かに赤であればその可能性は高いと思うが、逆に他の色だから女性ではないということはないし、前のオーナーの性別にこだわる必要など何もないのだ。

ただ、俺自身が持つなら黒かシルバーが良いと思っていただけなのだが、麻貴のその変なところに拘る言葉で逆に買う気になった。

色はスマホケースでいくらでも隠せる。

ただ麻貴もそれほど拘っていたわけではなかったのだろう。俺が買うと言っても特に反対しなかった。

ここまで歩き回ってかなり疲れており、これで決めるならそれでいいと思ったのかもしれない。

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◇◇◇◇

二世代前とはいえ、今まで使っていたものとは比べ物にならない。

元のアイフォンが古いだけにデータ移行には苦労したが、完了した後は快適だった。

動画はサクサクと動くし、メモリ容量も充分。アプリのダウンロードでも苦労することがない。

起動も顔認証で一発だ。

しかし数日して奇妙な事に気がついた。

これまで、充分な保存容量がなかったこともあり、写真データはこまめに整理していたのだが、データの中に見たことのないフォルダが存在していたのだ。

《みーこ》という名のそのフォルダを開いてみると、見慣れぬ写真が十枚程保存されていた。

ほぼすべてが自撮りした女性の写真なのだが、見たことのない女性だ。

二十代半ばといったところだろうか。ロングヘアでちょっと勝気そうな雰囲気だが、まあまあ美人。

服装からするとOLのようだが、なんでこんな写真が紛れ込んでいるのだろう。

写真の保存データを見ると撮影は、数年前から、最も新しいもので半年ほど前になっている。

前のオーナーのものかと思われるが、データは全て消去されているはずだし、このフォルダだけが生き残っているというのもおかしな話だ。

保存しておく理由もないし、ひょんなことでこのデータを麻貴に見られて誤解されるのも嫌なので、とにかくフォルダごと削除した。

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◇◇◇◇

しかし、数日後にそのフォルダがまた復活していた。

削除した上に、削除済データからも完全に消去したはずなのに。

しかしそれはまだ序の口だった。

麻貴からのLINEが届かなくなった。

麻貴から電話があり、アカウントをブロックするなんてどういうつもり、といきなり半泣きで訴えられたのだ。

もちろんブロックしたつもりなどなく、すぐに設定を元に戻した。

しかし翌日にはまたブロックされており、更にその他のSNSアプリ、そして通常メール、挙句の果てには電話まで着信拒否に変わっていた。

麻貴だけ。

タブレットPCの方は何も問題はないため、麻貴との連絡はそちらに切り替えたのだが、自分の彼女との連絡に使えないのでは携帯の意味が半減する。

「絶対そのスマホに何かあるんだわ。お願いだから買い替えてよ。」

麻貴に言われなくともそうしようかと考えたが、あれだけ苦労してデータ移行したことを思うと躊躇われる。

試しにもう一度だけ、と思って麻貴の設定を修正した、その夜の事だった。

夜中にふと目が覚めると、俺のデスクに誰か座り、こちらに背を向けて何かやっている。

一瞬麻貴かと思ったが、麻貴はショートボブで、机に座っている女は背中まであるロングヘアだ。

見ると盛んに俺のスマホを弄っているではないか。

こいつが夜な夜な俺の部屋に忍び込んでスマホの設定を変えていたのか。

俺が寝ている間なら、こっそり俺の顔にスマホを向けてロックを解除することが出来る。

しかし一体どこから入って来たんだろう。

「おい!なにをやっているんだ!」

俺はベッドから飛び起き、後ろから女の肩を掴んだ。

振り返ったその女の顔には見覚えがあった。

あの写真の女だ。

どこかの外部サーバーに保管してある自分の写真データをこうやって俺のスマホへ移していたのか。

しかし、いったい何のために?

しかも麻貴の連絡先だけをことごとくブロックするなんて。

ひょっとするとこの女はストーカーか?

少なくとも、現時点でこいつは明らかに不法侵入なのだ。警察へ連絡して何とかして貰おう。

そう思ったのだが、スマホは女の手にある。

「俺のスマホを返せよ!」

女の手元に手を伸ばした時だった。

女は俺の顔を見てにやっと笑うと、すっと消えてしまったのだ。

「え?」

机の上にはスマホだけが残っている。

その画面にはあの女の笑顔が目一杯表示されており、今更ながら背筋に寒いものを感じた。

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◇◇◇◇

翌日、俺は携帯ショップへ行って新品のスマホに買い替えた。

あの赤いアイフォンはそのまま下取りに出した。

この後に誰かが使うことになるかもしれないと思うと少し良心が咎めたが、金銭的にそれほど余裕があるわけではない。

でもこれで一件落着だ、と思っていたが、そうではなかった。

その翌日の朝、あの写真フォルダがまた現れたのだ。

データ移行する時に確実に消した。

一体何が起こっているのだろう。

あの女の幽霊は、あの赤いアイフォンに取り憑いていたのではなかったのか。

それともデータ移行した時に、コンピュータウィルスのように見えないところに何かが埋め込まれており、それも一緒に移行したとでも言うのだろうか。

もしかしてあの幽霊は、元々あのアイフォンに取り憑いていたが、そこから離れて俺に取り憑いたのか。

古いアイフォンの時は何事もなかったのだ。

もしそうだとすると、いくらスマホを取り換えても無駄ということになる。

そしてこの話を麻貴にしたところ、彼女は非常に怯えた。

そしてこのまま付き合い続けるととんでもないことが起こるかもしれない、別れてくれと言い出したのだ。

もちろん別れたくはなかったが、彼女が恐れる気持ちも充分解かるし、俺も彼女の身の安全を保障する術を思いつかない。

やむなく俺は彼女の申し出を受け入れることにした。

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◇◇◇◇

そんなある日、会社で大きなプロジェクトが成功した祝賀を兼ねて打上げパーティが開かれた。

全部で五十名以上が参加していた。

その中で俺の目はある女性に釘付けになっていた。

関連会社のオフィスで仕事をすることが多い俺は、実のところ社内の知り合いはそれほど多くない。

その女性の存在も今日初めて認識した。

そう、あのスマホの幽霊にそっくりなのだ。

そしてパーティが中盤に差し掛かった頃、その女性から声を掛けられた。

彼女が人事部の坂脇美香子だと名乗るのを聞いて、俺の脳裏をあの《みーこ》というフォルダ名が過った。

「えっと、坂脇さんとお話しするのは今日が初めてですよね?」

「ええ、私はずっと前から知っていましたけど。」

彼女は俺が入社した時に受けていた新人研修のスタッフをしており、直接会話することはなかったものの、その時から顔と名前は知っていたという。

俺は怒鳴り出しそうな気持ちをぐっと堪え、あの幽霊と彼女の関連について聞き出そうとした。

しかしその後の会話の中で、それを見出すことが出来なかった。

あのスマホについてもそれとなく遠回しに聞いてみたが、話が全く噛み合わないのだ。

俺は、トイレに行くと言ってその場を離れ、自分のスマホを調べてみた。

あった。

連絡先の中に坂脇美香子の名前があったのだ。もちろん俺が登録したものではない。

これまで写真フォルダは意識していたが、連絡先を全部チェックするようなことはしていなかった。

間違いない。

あの幽霊は彼女だ、彼女の生霊なのだ。

あの赤いスマホは関係なかった。

たまたま同じタイミングだったから、勘違いしただけだったということか。

以前のスマホには顔認証や指紋認証の機能もなく、彼女の生霊はスマホを起動することができなかったのかもしれない。

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************

しかし彼女に自分が生霊を飛ばしているという認識がない以上、飛ばすな、などと言うだけ無駄だ。

俺はどうすればいいのだろうか。

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結論から言おう。

俺は彼女、坂脇美香子と付き合うことにした。

彼女に嫌われるよう強引な手に出ることも考えたが、一歩間違って彼女の恨みを買うような結果になれば、生霊を飛ばす彼女の事だ、状況は今よりも悪化しかねない。

寝首を掻かれるなんてごめんだ。

それよりも、どうせ今は彼女のいない身。

彼女は、生霊を飛ばしてしまうことを除けば、見た目もまあまあ、実は性格も新入社員の研修を任されるくらいだからそれほど悪くない。

何故無意識のうちに生霊を飛ばすようなことになってしまったのかは追々解かるかもしれない。

彼女のせいで麻貴と別れることになったのは腹立たしいところはあるが、上手く行くならそれに越したことはないではないか。

もしだめだったら、彼女に自分から別れたいと思わせるべく、じっくりと嫌われるように仕向ければいいじゃないか。

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名案だろ?

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だめかな?

◇◇◇ FIN

Concrete
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