前編をお読みになっていない方は、そちらを読まれてから読んで頂けるとうれしいです。
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五条夏樹がキャンプ場で不思議な女性と会っている頃、真崎幾多郎は積谷陸斗のアパートの前にいた。
自分が調べた情報が正しかったのか、念のために確認しに来たのだ。
「あの部屋だな。」
二階建てで全八部屋ほどの小さな木造アパート。
その二階の角部屋が積谷の部屋のはずだ。
この時間は仕事に出ていて不在のはずであり、真崎はまず一階にある集合タイプの郵便受けで名前を確認した。
「うん、間違いない。」
201号室のポストには『積谷』と記されている。
そして二階には上がらず、アパートの横から裏へと回った。
「何だこりゃ。」
積谷の部屋を見上げると、窓は全て黒い板か段ボールのような物が貼り付けられている。ベランダの掃き出しの窓も同様だ。
理由は分からないが、おそらく部屋の中は真っ暗なのだろう。
念のため、二階への外階段を上り積谷の部屋の前まで行くと、ドアの横にはキッチンと思われる小窓があるのだが、そこも内側から黒いもので覆われ中が見えないようになっていた。
何かの儀式の為に光が入らないようにしているとしか思えない。
咲夜に何かすることがあるか聞こうとしたが、今朝から別の依頼で北陸に行っており、明日まで戻らない。
真崎は状況を掻い摘んで夏樹にメールすると、そこで一旦引き上げた。
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夏樹は廃神社の本殿前にある階段に女性と並んで腰を下ろしている。
女性は木乃原恵子と名乗った。
木乃原家は代々この神社の神主である傍ら、村の安寧を守るための呪術師、いわゆるシャーマンを務め、村人達の信仰を集めていた。
しかし、恵子の代になり、跡継ぎとなるべき男子が生まれなかった。
恵子の両親はかなり努力したのだろう、恵子は女ばかり九人姉妹の四番目だと自嘲した。
やはり運命なのだとやむなく神社を閉じようとしていた時に、どこから聞きつけたのか積谷陸斗が呪術者としての修業がしたいと突然現れたのだ。
あわよくば彼を孫娘の誰かと結婚させて、跡継ぎにと恵子の祖父は考えたのかもしれない。
嬉々として彼の精神を鍛える傍ら、いろいろな占いや祈祷、そして呪術を教え込んだ。
積谷はもともとそのような素養を持っていたのだろう、みるみるうちに力をつけていった。
恵子自身もそれなりに霊的な力を持って生まれ、子供の頃からこの神社の巫女を務めてきたが、そんな彼女も驚くような上達ぶりだった。しかし彼女は積谷にどこか信用できない何かを感じていた。
案の定、三年が過ぎる頃に彼は突然いなくなってしまったのだ。
そして程なくして、祖父は突然倒れ、この世を去った。
「あいつに騙された。わしは、人を呪う術など教えなかったのに・・・」
祖父のその最後の言葉からして、積谷に呪い殺されたのに間違いはなかったが、もちろん証拠などない。
彼はこの神社で精神的な修行を積む傍ら、独学で人を呪う法を学んでいたのだろう。
しかも、それなりの呪術者であった恵子の祖父が防ぐことが出来なかった程の呪いなのだ。
ひょっとすると、自分が身につけたその力を試す先として、祖父を選んだのかもしれない。
祖父を無くし、神社を閉鎖した翌年に恵子はこのキャンプ場を開いた。
「先月、その積谷が突然ここに顔を出したのよ。以前よりも邪悪な氣が強くなっていたわ。」
そして彼は、あの黒い祠の前で数時間に渡って跪き、何かの祈りを捧げていたようだ。
「あの黒い祠は、何なんですか?」
「あれは木乃原家代々の当主が封じてきた数多くの物の怪を祀っている祠なの。あの祠を拝むなんて、良からぬことを考えている証拠だわ。」
夏樹は再び水沼の置かれている状況を恵子に説明し、何か方法はないかと助けを乞うた。
「かなり難しいけど、あなたならできるかもしれない。いいわ、教えてあげる。お礼は成功した暁にゆっくりと、ね。」
恵子はそう言って妖しく笑うと、夏樹の手を引いて荒れ果てた本殿の中へと入って行った。
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いつ襲ってくるか知れない呪いの魔の手に怯えながら水沼は自分の部屋で震えていた。
すると部屋のチャイムが鳴り、出て見るとひとりの女の子が立っていた。
「君は・・・あのレストランの。」
「いま、夏樹さんから連絡が入ったにゃ。今すぐ冴子さんをここへ呼んで!」
訪ねてきたのは夏樹から連絡を受けた風子だった。夏樹は車を飛ばしてこちらへ向かっているという。
水沼はすぐに冴子を呼んだ。
冴子が到着するまでの間、風子は部屋の四隅に盛り塩をし、それぞれの盛り塩に向かって魔除けの呪文を唱えた。
「どれだけ効果があるか分からないけど、ないよりましだにゃ。」
そして冴子が到着してから二時間ほどして、大きなバッグを担いで夏樹がやってきた。
「おまたせ。間に合ったようだな。早速準備に取り掛かるぞ。水沼、この部屋の見取り図はあるか?」
夏樹は水沼が出してきた見取り図にコンパスを使って出来るだけ広く部屋を覆うように正円を描き、その中心にコンパスを当てると正確に方角を見ながら、円周上に五つの点を打った。
そしてバッグから塩の入った袋を取り出すと、見取り図に合わせて部屋の中に塩で円を描き、点を打った位置に、これもバッグから取り出した拳大の白い石を置いて行く。
そして今度は麻のロープを取り出すと、五つの石を対角に結ぶようにテープで固定しながら張っていった。
「五芒星だにゃ。」
そして頂点に置いた五つの石に立て掛けるように、丸い鏡を円の外側に向けて置いていく。
夏樹はその作業の間、ずっと何やらぶつぶつと独り言のように呪文を唱え、指先をナイフで切ってその血を鏡に落としていった。
「よし、完了だ。今後、ふたりは出来る限りこの五芒星の中心にいてくれ。トイレは仕方がないが、出来るだけ直ぐに戻るように。もし周囲に何か異変があれば何があっても出てはいけない。わかった?」
水沼と冴子は真剣な顔で頷いた。
「そしてもし周囲に少しでも異変を感じたら、こんな風に指を組んで九字を唱え続けてくれ。九字が分からなかったら後でふ~ちゃんに教わるといい。」
九字は真言密教に由来する魔除けの呪文だ。
ふたりが再び頷くのを見て夏樹は立ち上がった。
「積谷のところにキタローさんがいる。僕はそっちへ行くから、ふ~ちゃんはふたりに九字の切り方を教えたら部屋の外にいた方がいい。咲夜さんの言ったように相当に危険な相手だ。」
「にゃ。」
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夏樹に呼び出された真崎は、積谷のアパートの前にある電柱の影に隠れるようにして立っていた。
「向こうの準備は整いました。奴は部屋の中ですか?」
「いや、まだ仕事から帰ってきていない。」
真崎の傍に寄り、小声で状況を確認した夏樹は一旦アパートへ向けた視線を道路の向こうへ向けた。
「そうですか。遅かれ早かれ、奴が呪いを仕掛けてくるのは時間の問題だし、水沼達を延々とあのままにしておくのも可哀そうだから、こっちから仕掛けますか。」
夏樹の視線の先にはコンビニのレジ袋を持ち、こちらへ向かって歩いてくる男の姿があった。
夏樹にはその気配で積谷だと判るのだろう、着ているパーカーのフードを目深に被って顔を隠し、両手をポケットに突っ込むと積谷に向かって歩き始めた。
夏樹は、自分が能力者だと相手にわかるように周囲へ氣をまき散らす方法、そして逆にそれを隠す方法も、瑠香から学んでいる。
夏樹はわざと氣を放出しながら、小さな声でリズミカルに風子が得意とする魔除けの呪文を口ずさみ、積谷の横を通り過ぎようとした。
「ちょっと待て!」
俯き加減で歩いていた積谷が、はっとしたように顔を上げ、大きな声で夏樹を呼び止めた。
「何だお前は!おかしな呪文を唱えやがって!」
足を止めた夏樹は、フードの中から覗き見るように積谷を振り返った。
「呪文?何のことだ?俺は鼻歌を歌っていただけだ。お前、頭がおかしいんじゃねえの?」
夏樹はそれだけ言い捨てると、すぐにその場を立ち去った。
訝しげな表情で夏樹が立ち去るのを見ていた積谷は、くるりと踵を返すと小走りにアパートへと駆け込んだ。
こっそりとそれを見届けていた夏樹は、今度は氣の気配を消してアパートの前まで戻ってきた。
「上手く、引っ掛かってくれたみたいですね。邪魔が入るかもしれないと思って、すぐに取り掛かるはずです。」
そして真崎と共に積谷の部屋の窓の下で身を屈め、部屋の気配を伺い始めた。
チーン
ニ十分も経っただろうか、不意に澄んだ凜の音が聞こえ、それに続いてぼそぼそと呟くような声が聞こえてくる。
すると夏樹は小走りにアパートから離れ、スマホを取り出した。
「ふ~ちゃんか!始まるぞ!」
「わかったにゃ!」
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静かな部屋の中で学生の頃の昔話をしていた水沼と冴子の周りで突然家具がガタガタと揺れ始めた。
「地震か?」
水沼がそう呟いたところで、外で待機していた風子が部屋の中へ飛び込んできた。
「始まるにゃ!ふたりとも印を結んで!」
周囲の音はどんどん激しくなってゆく。
ふたりは手を合わせて指を組むと夢中で九字を切り始めた。
「いや~っ!」
恐怖に耐え切れなくなったのだろう、しばらくして冴子が突然悲鳴のような声を上げて立ち上がろうとした。
それを見た風子は、夢中で部屋の中へ駆け込むと水沼と共に冴子を抑え込んだ。
「頑張るにゃ!夏樹さんを信じて九字を切り続けて!」
風子はふたりを背中から抱え込む様にして覆い被さると、魔除けの呪文を大声で唱え続けた。
気がつくと、無数の青白い光の帯が五芒星の周りを取り囲むようにしてぐるぐると回っている。
これが、積谷が放った呪いの正体なのか。
死んでいった三人はこいつらに車の運転中、そして駅のホームで襲われたのだろう。
そのままどのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
三人には気が遠くなるほどの時間に感じられたが、ほんの数分だったのかもしれない。
突然角に置かれた鏡がまばゆい光を放ち始めた。
「ほえ?」
風子は素っ頓狂な声を上げてそれを見つめた。
風子の声に顔を上げた水沼と冴子も、九字を唱えるのも忘れて周囲を見回している。
すると、周辺を回っていた青白い光達は徐々に五芒星の描かれた円から離れ、そして一斉に玄関のドアから外へと流れるように出て行ったのだ。
「夏樹さん!呪いは返ったにゃ!みんな無事だにゃ!」
夏樹と通話状態のままだったスマホに向かって風子が叫んだ。
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「よし!呪い返しは成功した!しかし…この後はどうなるんだ?」
安堵の表情を浮かべた夏樹の耳に、突然ドカンという大きな音が聞こえた。
二階を見上げると、積谷の部屋のドアが開け放たれ、無数の青白い光が部屋の中へと流れ込んでゆくではないか。
「ぎゃーっ!」
間髪を入れずに部屋の中から凄まじい悲鳴が聞こえた。
夏樹はアパートの階段を駆け上がると、積谷の部屋へと駆け寄った。
開け放たれたドアから中を覗き込むと、部屋には五芒星が描かれ、その真ん中に作務衣に身を包んだ積谷陸斗が倒れもがいている。
そして夏樹の目には、その体に無数の青白い光、呪いの悪霊達が群がっている様子がはっきりと見えていた。
やがて、積谷はそのまま動かなくなった。
「キタローさん、どうもありがとうございました。終わりましたから、帰りましょうか。」
夏樹はそう言って複雑な表情を浮かべ、部屋の中で時折ひくひくと痙攣している積谷に一瞥をくれると、アパートを後にした。
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翌日、東京へ戻った咲夜に報告がてら、夏樹と水沼、そして冴子も真崎のレストランに集まっていた。
「なあ、夏樹、よく解んねえんだけどさ、このふたりを守る結界を張るのに五芒星を描いたんだろ?何で、呪いを掛ける側の積谷の所にも五芒星が描いてあったんだ?」
話し終えた夏樹に、真崎が腑に落ちないといった表情で聞いてきた。
「そうですね、キタローさんはタロットってやりますか?」
「ああ、お遊び程度だけど。」
「その中に悪魔のカードがあるんですけど、それに五芒星が描かれているんです。」
「悪魔のカードに?ちょっと待て。」
真崎はカウンター横の棚からタロットカードを出してくると悪魔のカードを抜き取った。
「本当だ。あれ?でもこれ上下が逆さまじゃないか?」
「よく気がつきましたね。五芒星は魔界とのつながりの紋章なんです。だから使い方によって、魔を招いたり、拒んだりできるんです。」
夏樹の説明を聞いて咲夜も、ほう、と感心したような表情を浮かべた。
「夏樹もよく勉強してるじゃねえか。それで、そんな呪い返しの術なんて誰に教わったんだ?」
「あの写真に写っていた山梨県の身延村にあるキャンプ場のオーナーで、木乃原・・・」
「恵子か。」
「えっ?咲夜さん、ご存じなんですか?」
「ああ、時期は全然違うが、私もあそこの爺さんに五年程鍛えて貰った。日本でも指折りの術者だったからな。そう言う意味ではその積谷という奴は、私の弟弟子ということになるか。でも恵子がキャンプ場をやっているとは知らなかった。」
これまで夏樹は咲夜の過去について聞く機会が全くなかったが、恵子と知り合いだったとは偶然というのは恐ろしい。
「じゃあ、五芒星に使った神石を本殿へ返しに来週行くんで、咲夜さんがよろしく言っていたって言っときますね。」
「ああ、そう言えば、あいつは夏樹に成功したら礼をよこせと言ったんだろう?はてさて何を夏樹に要求するのかな、ふふっ。」
夏樹の脳裏に、妖艶ににやっと笑う恵子の顔が思い浮かんだ。
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
ちょっと長くなってしまったので、前後編の二分割にさせて頂きました。