古からの誘い⑬<呪い返し 前編>

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古からの誘い⑬<呪い返し 前編>

室町時代の優れた陰陽師を遠い祖先に持つサラリーマンの五条夏樹。

その古の時代の陰陽師に仕えていた式神であり、夏樹を現代の陰陽師として覚醒させたい瑠香。

そして銀行員でありながら裏稼業として祓い屋を営み、夏樹の秘めたる能力に目を付けた美人霊能力者、美影咲夜。

そして見た目は小学生、実は二十四歳フリーターの霊感持ちである三波風子と共に夏樹はその祓い屋の仕事を手伝っており、様々な怪異に出会うのである。

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その日、夏樹は会社の同期である水沼敬に誘われ、仕事帰りに駅前の居酒屋へ立ち寄った。

普段は社交的で人付き合いの良い水沼なのだが、この日は誘いを掛けてくる時から様子がおかしかった。

いつもなら数人でワイワイと飲むのだが、暗い表情をしてふたりきりで飲みたいという。

「いったい何があったんだ?」

飲み物が運ばれてきたところで、夏樹がさっそく話を促した。

「なあ五条、企画部の仲居祥子女史に聞いたんだが、お前、心霊現象とかに詳しいんだって?」

仲居祥子は、以前、貧乏神に取り憑かれていたのを瑠香が追い払った人だ。

他言無用と言っておいたはずなんだが、と夏樹は心の中で苦笑した。

「そんなに詳しいわけじゃないが、話を聞く程度ならできると思う。」

「いや、話を聞いてくれるだけじゃ困るんだが、まあ聞いてくれ。」

水沼は、ビールのジョッキを一気に半分ほど空けると、おもむろに内ポケットから一枚の写真を取り出した。

「これを見てくれないか。」

手渡された写真を見ると、どこかのキャンプ場らしき場所で撮られたスナップ写真だ。

写真の右手にバンガローが手前から奥へ三棟並び、その前の舗装されていない道に男女二人が写っていた。

ひとりは水沼、そしてもうひとりは夏樹の知らない女性なのだが、女性はカメラ目線、水沼はカメラの方を見ておらず、何か別な事をしようとしているような雰囲気だ。

違和感があるのは、このふたりが写真のやや左に映っており、中央には誰もいない。

一体この写真は何を撮ろうとしたのだろうか。

夏樹は渋い顔をして写真をテーブルの上に置くと、その上に手のひらをかざし、目を閉じた。

水沼は、その様子を不安そうに見つめている。

そして夏樹はゆっくりと目を開いて水沼の顔を見た。

「この写真、最初は何人写っていた?」

すると水沼は心底驚いた様子で、大きく目を見開いた。

「ご、五条、お前、そこまで解かるのか?」

「いや、残念だが、そこまでしか解らないと言った方がいい。解るのはこの写真から滲み出ている物凄く嫌な気配と、その中でこの写真に写っているこのふたりの他に何人かの気配を感じるんだ。」

すると水沼はいきなり夏樹の手を握りしめた。

「五条、頼む。俺を助けてくれ!このままでは俺も、ここに写っている冴子も死んでしまう!」

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水沼の話によると、この写真は一か月ほど前に、学生時代の彼女であった月星冴子のところに差出人不明の郵便で届いたそうだ。

写真には新聞の切り貼り文字で、『オレハ ワスレナイ。ミンナ シネ。』という一行だけ示された紙が同封されていた。

写真に写っていたのは、水沼と冴子、そして学生時代の友人だった田中充彦、そして冴子の親友だった真庭春香とその彼氏である伊藤和樹の五人。

しかし水沼にも冴子にも、この五人で一緒にキャンプへ行った記憶はない。

ところが、写真が届いてから十日後、伊藤和樹と真庭春香が死んだ。

学生時代から今も付き合っていたふたりは週末に伊豆へドライブに出かけていたが、海岸線の道路でガードレールを突き破り海へ転落したらしい。

現場はほぼ直線道路であり、運転を誤るような場所ではなかったそうだ。

ふたりの訃報を聞いて、冴子はすぐにあの写真を思い出した。

単なる偶然だと思いながら写真を見返してみると、なんと伊藤和樹と真庭春香の姿が写真から消えているではないか。

どう見ても普通にプリントしたL版の写真であり、消えるはずなどない。

しかもふたりが消えた部分は、最初からそこに何もなかったようにちゃんと背景が写っているのだ。

驚いた冴子は慌てて水沼に連絡を取った。

そして話を聞いた水沼は急いで田中充彦に連絡を取ったが、彼は水沼の言う事を笑い飛ばし、聞く耳を持たなかった。

ところが先週、彼もこの世を去ってしまったのだ。

電車に飛び込んで。

とても自殺するような輩ではない。

そして彼の姿も写真から消えた。

「なるほど。どう考えても誰かの呪いとしか思えないが、心当たりはないのか?」

夏樹の問いに、水沼は苦虫を噛みつぶしたような顔をして話を続けた。

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大学時代、水沼はオカルト系のサークルに所属していた。

もちろん非正規の愛好会レベルの集まりで、怖い話を持ち寄って怪談交換会と称した飲み会を開いたり、気まぐれに心霊スポットと呼ばれるところへ出かけたりするような、他のサークルとの掛け持ちも多い、単なるお遊び系のサークルだった。

そのサークルで水沼は月星冴子と知り合い、恋人関係になったのだが、その冴子に横恋慕したのが、同じサークルに所属していた積谷陸斗という男だった。

彼は真剣に超常現象や民俗学に傾倒しており、遊び半分である他のメンバーを常々批判していた。

他のメンバーは皆、そんな彼を苦々しく思っており、サークルのリーダーだった田中充彦も、積谷が望むようなサークルではないことを言い諭していた。

そんな積谷に言い寄られても、もちろん冴子は相手にせず逃げ回り、水沼も積谷に直接文句を言い続けたが、彼は一向に引き下がる気配は見せず、その行為はストーカーと呼んでいいレベルまでエスカレートしていった。

そしてそれを見兼ねた冴子の親友である真庭春香が、彼氏である伊藤和樹に頼んで積谷を呼び出してボコしたのだ。

更にそんなトラブルメーカーである積谷を田中充彦はサークルから除名した。

たかが愛好会レベルのサークルを除名されたくらい、と思ったのだが、積谷はそれ以来大学にも姿を見せなくなってしまったのだった。

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「写っていた五人に共通する人物は、この積谷陸斗以外に考えられないんだ。」

水谷は話し終えると大きくため息を吐いた。

「そいつが何処でどうしてるのか全く分からないということか?」

「ああ、大学の時にいなくなってそれっきりだ。」

「ふむ、この冴子さんという人はどうしてる?写真に姿があるということはまだ無事なんだろうけど。」

「俺のアパートで震えてると思う。とてもひとりではいられないって。俺と別れてから誰かと付き合っていたらしいけど、上手く行かずに別れて今はひとりだと言っていた。」

「ふむ。」

夏樹は腕組をして何かを考えている様子だったが、おもむろに立ち上がるとポケットからスマホを取り出し、どこかに電話を掛け始めた。

そして折り合いがついたのだろう、水沼に声を掛けた。

「今すぐに下北へ行こう。会わせたい人がいる。」

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夏樹が向かったのは、真崎幾多郎が経営するイタリアンレストランで、店には真崎の他に、ウェイトレスとして働いている三波風子もいる。

そして美影咲夜もカウンターにいた。

夏樹では手に負えない内容であり、霊能力に優れた彼女に相談するため電話で呼び出したのだ。

「夏樹!人を呼び出しておいて、遅せえぞ!」

「すみません、咲夜さん。どうしても早急に相談したいことがあって。」

夏樹は水沼と共にカウンターに座ると、先ほど水沼から聞いた話を繰り返した。

話を聞きながら、咲夜は顔をしかめて目の前に置かれている写真を見つめている。

「この写真はいわゆる念写だな。自分の呪いの対象となる人間を強く念じ、ここに写し込んだんだろう。」

「その呪いが叶うとその人に対する念が消えて、写っている人も消えるって事かにゃ?」

客足が途切れていることもあり、風子もカウンターの横に立って話を聞いていた。

「多分ね。でもここまで出来るということは、その呪いを仕掛けている輩は相当な手練れね。しかしこのキャンプ場にはどういう意味があるんだろう。」

さすがの咲夜でも一発で全てを見通すことは出来ないようだ。

「とにかく、その積谷陸斗って奴の消息は俺が調べてやるよ。」

このレストランのオーナーなのだが調査事が得意な真崎もカウンターの中で話を聞いており、得意げにそう言って親指を立てた。

「あまり時間はないぞ、キタロー。そして次の標的は間違いなく水沼君、アンタだから。」

「へ?俺ですか?」

「ああ、ちょっと考えれば分かるだろう。写真は月星冴子という子のところにだけ送られてきた。そして葬った順にその姿を写真から消してゆくことで、その子に激しい恐怖を味合わせる。最後に残った彼女を積谷陸斗という男がどうしようとしているのかは解らない。同様に亡き者とするか、恐怖を盾に自分のモノにすしようとするのか。いずれにせよ、次はアンタだ。」

「瑠香さん、何とかならないかにゃ。」

風子が夏樹の傍にいる式神の瑠香に話しかけるが、残念ながら水沼にその姿は見えておらず、怪訝そうな顔で風子を見ている。

「残念ながら、私は物の怪に対する攻撃専門だから、呪いを解く方法は分からないわ。」

瑠香はそう言って肩を竦めた。やはり簡単ではないようだ。

「・・・五条、何とかしてくれよ。俺、まだ死にたくねえ。」

泣きそうな顔で水沼が夏樹にすがったが、それを横目で見た咲夜が冷たく言い放った。

「夏樹、うかつに手を出すな。お前の命が危ないぞ。」

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真崎は絶対に職業を間違えている…と夏樹は思った。

翌日の夕方には、積谷陸斗という男の現在住んでいるアパートの住所だけでなく、あのキャンプ場の場所まで突き止めて連絡してきたのだ。

「何、思いのほか簡単だった。大学時代に実家から通っていたから、実家へ行って現在の住所を教えて貰い、ついでに奴はキャンプとかに行かないのかって聞いてみたら簡単に教えてくれたよ。念のためそのキャンプ場のウェブサイトを見てみたら、あの写真にそっくりだったから間違いない。」

それを聞いた夏樹は、翌日休暇を取って真崎の教えてくれたキャンプ場へと向かった。

いつ積谷という男が呪いを仕掛けてくるか分らない、時間がないのだ。

山梨県の身延村にあるそのキャンプ場までおんぼろジムニーに鞭打って走り、昼前にはキャンプ場についた。

入り口の駐車場に車を停めて敷地内へと足を踏み入れると、すぐ横に場内の案内看板が見える。

傍に寄って確認すると全部で八棟、テントサイトの脇の方にバンガローが並んでいる。

早速その場所へ行ってみると、まさにあの写真の通りの景色がそこにあった。

夏樹はそれだけ確認すると、キャンプ場の事務所へと向かった。

事務所には、三十代半ばと思われる小柄な女性がひとり座っており、何やら事務仕事をしている。

「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」

夏樹が入っていくと、彼女はお定まりの言葉を掛けてきたが、顔を上げて夏樹を見た途端に目を細めて訝しげな表情を浮かべた。

「あの、人探しをしているのですが。この人を知りませんか?」

夏樹は事前に積谷の写真を水沼から送って貰っていた。

大学時代に撮ったサークルの集合写真から彼だけを拡大したもので、画質はかなり荒れているが、なんとか顔立ちは分かる。

痩せて眼鏡を掛けた、陰湿そうな顔立ちは、いかにも、という感じだ。

夏樹が差し出したスマホの写真を見たその女性は、今度はあからさまに顔をしかめた。

「類は友を呼ぶというけれど・・・でもあなたは友達ではなさそうね。彼のような邪悪な氣は感じない。」

この女性は一体何者なのだ。

いま初めて会った夏樹に対して、この積谷と類する人間だと見抜いたのだ。

そのような目で改めて見ると、どことなく咲夜のような妖しい雰囲気がなくはない。

何よりこの女性は間違いなく積谷を知っているのだ。

それならば話は早い。

夏樹は、水沼の大学時代における積谷との関わりと、水沼が現在置かれている状況について説明した。

「それで、私に何を聞きたいの?」

女性は何処か浮かぬ表情で夏樹に問うた。

「何でもいいので、積谷陸斗に関する事を教えて欲しいんです。この場所に何かある。奴の呪いを解く糸口でもつかめればと思って。僕の友人の命が掛かっているんです。」

すると彼女は、外にいたアルバイトと思われる若い男女に、おそらく仕事の指示だろう、一言二言声を掛けると夏樹の方を振り返った。

「ついて来て。」

そして事務所の裏手に回ると、獣道のような細い道を登り始めた。

ニ十分も歩いただろうか。普段から運動不足の夏樹の息があがってきた頃、目の前に古ぼけた鳥居が現れた。

そしてその奥には明らかに廃神社と分かる本堂が見える。

女性は躊躇うことなく鳥居を潜り、雑草の生えた境内へと入って行く。

夏樹もそれに続いたが、境内に足を踏み入れたところで、足が止まった。

「な、なんだ、この気配は。」

良いものか悪いものかもわからない、底知れぬ重苦しい気配が境内の隅から漂ってくる。

そちらに目を向けると、真っ黒に塗られた小さな祠が立っていた。

そんな夏樹の様子に気づいたのだろう、女性は振り返るとにやっと笑った。

◇◇◇◇ 後編へ続く

Concrete
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