中編4
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丸い背中

これは僕、好堀健康(よしほり・たけやす)が直接体験した話では無い、又聞きながら、あまり気持ちの良い話では無いなと感じた奴である。

異動で兼添智務(かねそえ・さとむ)と言う独特な雰囲気の男が来たのだが、若手やおばちゃん達が何故か彼が居ると伸び伸びと仕事がし易いと喜んでいたらしいのだが、彼も又転勤族、時期が来れば何処かの支店への赴任が定めなので、その時が来た際の部署の落胆は酷かったと言う。それに困った部署の責任者も、程無く異動して行ったと言う。

降任の秋沼凪代(あきぬま・なぎよ)って人が、人事異動で来たって話で、良く言う仕事は出来てもマイペースや自分に合わせない奴は許さないタイプで、僕も隣県でおばさんや御姉さん連中で男一人って中で正にマイペースで、上司にも周りにも怒られまくった毎日だったから、「ああ、空気が悪くなるな」なんて思った訳だ。僕の場合は、2年間そんな事が有って、異動届けを出さない内に今の支店への異動が決まって、精神的に楽になったのだけど。

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「やる気有んのかやる気!」

秋沼が苛立ちを隠さないにも関わらず、周囲の空気は「えっ、何?」状態である。

「録音でもしたら良いだろ。出る所出ようや。やれるモンならな。あんた等、俺が女だからって油断して舐めてんだろ。部署の責任者なんだからな。異動した何チャラって奴より上の立場なんだぞ!」

「あっ、スイマセンでした………」

大人しい感じの男女が頭を下げて、秋沼が苦虫を噛み潰した様な表情で、諫(いさ)めようとした係長に向き直り、無言で頭を下げて、さっさと帰り支度をし始める。

「一応はあの人が長(おさ)だからさ、反抗的な態度は不味いわよ」

眼鏡を掛けた、若く見えるパートさんが、謝った彼等に困った顔をしながら助言する。

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数日後………シフト上、秋沼の休みの日で、比較的空気の穏やかな部署で、雷を落とされていた一人の女性社員が、パソコンで作業する男性を見て驚く。

「えっ、兼添さん?」

同じく秋沼に噛み付かれていた男性社員も、「兼添さんだ!」とシャキっとした姿勢ながらも、彼の特徴である丸く大きい背中を見て、不思議な安心感を覚える。

だが何故か一切、彼は目も合わせず、休憩を取る様子も無いまま、終業後は忽然(こつぜん)と姿を消していた。

秋沼のシフト上の休みと、秋沼に激怒された男性社員と女性社員の出勤日にばかり、目も合わせず一日中パソコンに向かい合う兼添らしき丸い背中が現れており、秋沼の耳にも間を置かず、その噂が届いた。

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「彼の乗る軽自動車が、東ドイツのトラバントに似た、シンプルな格好だったけど、あれは名前の由来は惑星だったか」

「おいっ!!トラバントは衛星って意味だよ!油売るな!」

談笑中だった部署に水を差す、本来なら居るべきで無い、秋沼が私服で立っている。

「秋沼君、忘れ物でもしたのかね」

水を差す声が大きかったか、巣土(すど)係長が立っている。

「コイツ等、いつ迄も兼添だ兼添だって、しまいには本人が現れたって………」

「それで、本当に現れるとでも踏んで、わざわざ休みなのに出て来たのかね」

「ええ、そうですよ」

ふふんと、上の者にも動じずに強めの口調で答える秋沼。

「そうか………それはそうと、そっちに御客様が来てるんだ」

「は?うち休日なのに?」

「パソコンの情報に関しての話を聞きたいとね」

「!」

明らかに秋沼の顔色が変わり、その視線の先には、パソコン自体は使うだろうが、エンジニアとは異なる目付きの背広の男達が居た………

「秋沼さん、任意で御話を御聞きしたく」

無関心を装いながら、部署の面々の視線は明らかに背広の男達の胸元から見せる、財布よりも大きな物体にそそがれる………警察手帳だ。

「………分かりました」

部署では異動する前の挨拶と、赴任時にした際の挨拶に次ぐ、秋沼の三度目の敬語………言わば化けの皮を自ら剥いでからの、ですます口調が低く響く。

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秋沼の異動の挨拶も無く、急に部署の責任者が変わり、降任が兼添に似た感じの男で、変な空気の中で、新体制がスタートするも、雰囲気自体は軽くなった。

風の噂では、どうにもならないと判断した秋沼が、兼添の空気人形を作ろうとして、3Dプリンターを使おうと彼の身体的特徴を採ろうとして、個人データにアクセスしようとした形跡………言わば足跡を辿られての個人情報への違法アクセスが発覚したかで、任意聴取を求められたとの事らしい。

秋沼と兼添がかつて一緒に仕事をしたなんて話も聞いたけど、あの丸い背中で現れたり消えたりした彼は、「異動しても部署の皆を見守っているよ」と言うメッセージなのか若しくは「彼等にかつての自分の様な目に遭わせないで」の仕返しと言うより警告の生き霊だったのかな………なんて思えてならないのだ。空気人形の噂も、兼添の姿を部署に置く事で和ませようとする、秋沼の空回りした心遣いだったのではと、今になればそんな風に感じられる。

ちなみに、兼添智務は支店こそ違えど、心地良いと話していた土地に近い場所で働いているとの話で、それを聞いて僕は何故か胸を撫で下ろした。

Concrete
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