この世に生きとし生けるもの、全て死に行くのが世の常。
もし輪廻転生というものが存在し、誰しもが前世の記憶を持ったまま生まれてくるとしたら、人はどのように生きてゆくのだろうか。
自分の人生が幸せであったと思える者は、次の世も同じ人生を歩もうとするだろう。
しかし、何らかの強い恨みを持って死んでいった者は、転生した後もその恨みを晴らそうとするかもしれない。
瀬織津比売(せおりつひめ)を始めとする祓戸四神により、罪穢れを背負って生まれてくる赤子はいないとされる。
前世の記憶は消され、新しい命として生まれてくる。
しかしその祓戸四神による浄化を拒否する存在。
前世の恨みを晴らすために、その記憶が失せることを拒絶する。
しかしその恨みを晴らすことが出来ず、幾世も恨みを繋ぎながら転生を繰り返す時・・・
人は鬼へと変わる・・・
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東京、府中刑務所。
そこからひとりの男が出てきた。
男の名は鬼坂啓二。
詐欺及び恐喝の罪で三年の刑に服し、今日出所したのだ。
鬼坂啓二には自分が詐欺を働いたという認識はなかった。
子供の頃から勘が鋭く、予知能力と言ってよいほどに将来を予見できた。
その能力を生かし、占いのような形で多額の報酬を得ていたのだが、知り合いからる男性の将来を見てくれと頼まれた。
その男性の未来は惨憺たるものだった。
鬼坂啓二は自分の能力に絶対的な自信をもっており、その結果についてはどんな内容であろうとも相手に包み隠さず伝えるのが常なのだ。さもなければ自分の予言は当たらないことになってしまう。
しかしその結果、その男性は自死してしまった。
しかも間に立っていた知り合いが、報酬を水増しして男性からむしり取っており、遺族から訴えられたのだ。
「俺はいつでもそうなんだ。」
鬼坂啓二はそう小さく呟くと電車に乗り込んだ。
向かった先は丹沢。
すでに日没近い時間になっていた為、温泉で一泊すると、早朝に宿を出て丹沢の山中へと入って行った。
中津川渓谷、今は宮ヶ瀬ダムになっているが、そこから更に山奥へと入って行く。
オバケ沢を越え、そして人の立ち入った形跡が全く見られないような森の中を進み、斜面の途中にある大きな苔むした石の前で彼は足を止めた。
何か仕掛けがあるのだろうか、彼が近くにあった太い木の棒を石の下に差し込み、ふんっと気合を入れて持ち上げると、その大きな石はごろっと横に動いた。
するとそこには縦横二メートル程の洞穴が現れたではないか。
鬼坂啓二はバックから懐中電灯を取り出しその穴へと入って行く。
中は広い空洞になっており、彼はそのままためらうことなく奥へと進む。
そして五、六メートル進んだ一番奥には、特に加工していないと思われる大きな石を組み合わせて作った祭壇らしきものがあり、その上には注連縄を巻き付けた、朽ちかけた木の箱が置かれている。
鬼坂啓二はその箱を見てうっすらと笑みを浮かべると、懐中電灯を横に置き、巻き付けてある注連縄を引きちぎって、古びた箱の蓋を開けた。
そしてその中に両手を差し入れてゆっくりと取り出した物。
それは人間の頭蓋骨だった。
いや、人ではない。その額の上部には二本の角が生えているではないか。
そしてよく見ると、歯も一本一本が異様に尖っている。
鬼の首だ。
その二本の角の間、額の中央上部には何やら梵字が書かれている。
どうやらこの鬼の首はこの場に長い間封印されていたようだ。
鬼坂啓二はその鬼の頭蓋骨を丁寧に祭壇の中央に置くと、その周りに五本の白い蝋燭を立てた。
そして指先で頭蓋骨の額に書かれている梵字を消すと、自分の顔の前で両手の指を組んで目を閉じ、低い声で呪文を唱え始めた。
ごとごとごと
しばらくすると、手を触れているわけではない鬼の首が小刻みに動き始めたではないか。
「目を覚ましたな、こざかしい古の鬼よ。」
鬼坂啓二は指を組んだまま、鬼の頭蓋骨に向かってそう呟いた。
(お、お、お前は・・・)
置かれている頭蓋骨から発せられたのか、地の底から響いてくるような声が聞こえる。
「ほう、俺の事が判るか。」
(忘れるものか!六百年もの間、俺をこんなところへ封じ込めやがって、賀茂文忠(かものふみただ)!)
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晩年、京を離れた賀茂文忠は北陸の大名に仕えていたが、その大名が戦に敗れた時、その敗戦の責を負わされその国を追われた。
実際には兵をあげれば必ず負けると注進していたのだが、別の家臣に裏切られる形で全ての責任を負わされてしまった。
そして流浪の末にたどり着いたのが、相模の国の山奥、中津川村という場所だった。
中津川渓谷と呼ばれるこの山間のこの村には鬼が出るとの噂があり、実際に作物が荒らされ、家畜が襲われた。
そして村の娘が行方不明になるということも起こっており、時折その姿が目撃されていたのだ。
その姿は七尺(2.1メートル)を超える身長、そして熊のようながっしりとした体躯で頭には二本の角。
鬼と呼ぶにふさわしいその姿に、村人達はひたすら怯えるしかなす術はなかった。
そこへ訪れた賀茂文忠はこの話を聞くと、村の娘をおとりに使い鬼を罠にはめてその首を撥ね、人の訪れない山中の祠に封じ込めた。
しかしこの際に運悪く村の娘は命を落とし、結局文忠はその責めを受けてこの村も追われ、甲斐小山田氏に囲われ命を終えたのだった。
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その後、賀茂文忠は何度か転生を繰り返したが、何故か必ず前世の記憶を残していた。
そして鬼坂啓二として今を生きている。
「一度だって、報われた、生きていて良かったなどと思ったことはない。何故俺があの世で禊を受けることが出来ずに、前世の記憶を持ち続けたまま転生を繰り返すのか。その苦しみの中、俺は心に誓った。神に、こんな世に復讐してやると。」
(なるほど。その為に俺の力が必要だということだな。)
「力?笑わせるな。一瞬にして俺に封じ込まれた癖に片腹痛い。しかし今のこの体には何の能力もない。俺はお前の、物の怪としての力が欲しい。」
(面白い。お前は俺の肉体を滅ぼした憎き奴だが、復活できるなら力を貸そう。)
その言葉を聞いた鬼坂啓二は、その頭蓋骨を手に取り声高らかに笑った。
…
◇◇◇ 古からの誘い最終章《プロローグ》 本編へつづく
作者天虚空蔵
さて、一年以上続けてきたこのシリーズもそろそろエンディングとします。
かなり長編になりそうなので、分割してお送りしますが、実のところまだラストまで完成していません。
普段は分割しても一気に投稿するのですが、今回は順次とさせて下さい。
いつものメンバーは本編より登場します。
出来ればゴールデンウィーク中に完了したいです。