私、真由香と彼氏である祐樹くんは、神社巡りという共通の趣味で知り合いました。
ふたりとも神話や伝承などが好きで、祐樹くんは社会人なのですが、私と付き合う前からひとりであちこちの神社を回っていたそうですし、
私自身は子供の頃からの民話好きから、都内の大学で民俗学を専攻しています。
そんなこともあって、神社巡りといっても一般的なガイドブックに載っているような有名な神社ではなく、都会、地方を問わず、古くから地元の人達に馴染みの深い神社を訪ね歩いているのです。
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この春の連休も祐樹くんの車で、北陸へと出掛けました。
山形県で宿を取ったのですが、先にお話ししたような理由で、ホテルや旅館に泊まるよりも、宿の人に地元の話をゆっくりと聞ける民宿に宿を取るようにしているので、この日もメジャーな観光地を避け、少し山の中に入った田舎の民宿を選びました。
幸い、と言っては宿の人に申し訳ないのですが、連休中にも関わらず泊まっている人は少なく、私達はゆっくり宿の人にその周辺の神社について話を聞くことが出来ました。
その中で、とても奇妙な話があったのです。
この宿がある隣の地区の北側に廃神社があるが、そこには近づかないようにというのです。
そして近づくなと言っておいて言うのもなんだが、と前置きして、その廃神社の敷地内には絶対に人形を持って入ってはいけないと。
もちろん私達がそんな話を聞いて興味を持たないはずがありません。
もっとその廃神社について詳しく話を聞かせてくれとねだったのです。
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その神社は、十年ほど前まで地元の氏神様として親しまれていました。
大きくはないけれど、常駐の宮司さんが居り、季節には神輿を出してお祭りがおこなわれるような、そこそこの規模だったそうです。
そしてその問題の年の正月明け、神社の境内で盛大にどんど焼きが行われていました。
古いお札やお守り、そして正月飾りなどがうず高く積上げられ、火がつけられると歓声と共に大きな炎が立ち上がります。
ところが、しばらくしてひとりの男が大きな段ボール箱を抱えて炎に近づき、その箱を火の中へ投げ入れたのです。
その箱の中身は大量の人形でした。
日本人形、フランス人形、玩具のきせかえ人形、フィギュアなど様々な種類の人形。何故かその全てが女性や女の子だったそうです。
驚いた社務所の職員が慌てて駆け寄ったのですが、その男は逃げるようにその場を立ち去りました。
人形達は既に炎の中で燃え始めており、いまさら取り出しても仕方がないと、そのまま燃やされました。
しかしその場に居合わせた人の中には、炎の中からたくさんの悲鳴が聞こえたと言って逃げて帰った人がいたそうです。
そしてその日からでした。
陽が暮れた後、神社の境内で人形を見たという人が現れ始めたのです。
境内の石畳の上を歩いていたり、石の上に座っていたり、手洗い場の水から頭だけを出している時もあったようです。
もちろん本物の人形ではありません。
そしてそれらの人形を見掛けた人は必ず病気になったり、事故に遭ったりしたそうなんです。
神社の宮司さんがお祓いをしても効果はなく、社務所に勤める人はもちろん巫女さんや宮司さんまで逃げ出し、結局そのまま廃神社になってしまったということでした。
しかし話はそれで終わりません。
廃神社になった後も、その噂を聞きつけた若者が時折訪れていたそうです。
境内で人形のお化けを見たという話は多くなかったのですが、その神社に足を踏み入れた時に、たまたま人の形をした人形のような物を持っていると、神社から帰った後、深夜その人形が動き出したり喋りだしたりするそうなんです。
そしてその人形は捨てても必ず戻ってきて、その持ち主が眠ることも出来ず、最後には精神的におかしくなってしまうということでした。
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「それで、さっき人形を持っていってはいけないと仰ったんですね。」
祐樹くんの言葉に宿の主人は頷いた。
「でも、そのどんど焼きで燃やされた人形たちは何故彷徨うことになったんでしょう?ただ古くなった人形を燃やしただけとは思えませんよね。」
私の問い掛けに宿の主人は、これは単なる噂話だが、と前置きして話してくれました。
その話によると、燃やされた人形は隣の秋田県にある人形供養で有名な神社から盗まれたものなのだそう。
境内一杯に並べられていた、様々な曰くのある人形をこっそり盗みだし、いろいろな場所の骨董市などで売りさばこうとしたが、何故かさっぱり売れない。
そして盗んだ本人にもいろいろなトラブルが起こり、やはりこれはマズいと思ったのでしょう、ただそのまま捨てると更に酷い霊障があるかもしれないと思い、神社のお焚き上げの火の中に放り込んだということのようです。
「神社のどんど焼きの火では駄目だったということ?」
私の問いに祐樹くんが答えてくれました。
「人形供養というのは、宮司さんなりお坊さんがきちんと供養をした上でお焚き上げにするんだ。話に出てきた人形達は何の祈りも弔いも無いままに、いきなり炎の中に投げ込まれたっていうことになるよね。」
「うわっ、それは可哀そうだわ。」
そもそもそれぞれが何かしらの曰くを持った人形達です。
その話を聞くと、焼かれて境内を彷徨うようになっても仕方がないという気がしました。
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その翌日、その境内の写真だけ撮りたいという私の我儘で、渋る祐樹くんを説得してその廃神社へと向かいました。
念のために少し離れたところに車を停め、歩いて行くことにしたのですが、車を降りる際に祐樹くんが私に持ち物の確認を促しました。
もちろん人の形をした人形の類を持っていないかどうかの確認です。
「こうやって確認すると意外にあるわね。」
バックなどに付いているマスコットの類を外し、そもそも祐樹くんの車に乗っていたスナフキンの人形と一緒に助手席のシート上にまとめて置くと車を離れて廃神社へと向かいました。
五分と掛からずに辿り着いた一の鳥居には黄色いロープが張られ、『立入禁止』のプレートが下がっています。
廃神社ですからもう神様はいないはずです。
ご神体も他の神社に移されていることでしょう。
私達は躊躇うことなく鳥居の横を抜けて中へと入って行きました。
五十段ほどの本殿へ向かう石段も、手入れをする人がいないからか、多少崩れかかっていますが、登って行くのに大きな支障はありません。
石段を登り切ると大きな鳥居があり、その奥に本殿が見えます。
廃神社になってどのくらい経っているのでしょうか、境内には雑草が生えているのですが、初夏にもならないこの時期なのでそれほど生い茂っているわけではありません。
本殿もまだそれほど傷んでいる様子はなく、その横に建っている社務所も入り口に木の板が打ち付けられていることを除けば、まだ充分使用に耐えうる感じです。
午前中の明るい陽の光の中では、夕べ聞いたような怖い話があるとは思えません。
「さあ、写真だけ撮ったらさっさと戻ろうか。」
「あ、祐樹くん、怖いんでしょ。」
「怖いとかじゃなくて、妙なものを連れ帰るようなことはしたくないだけだよ。」
祐樹くんに急かされ、愛用の一眼レフカメラで境内や本殿の写真を何枚か撮りました。
なかなか来られる場所ではない、というよりも二度とこないであろう場所なので、ちゃんと撮れたかどうかチェックした時です。
「え?」
境内に入る鳥居を撮った一枚には、その脇にある手洗い場も写っています。
その石でできた洗い場に溜まっている水から、何やら丸いものが飛び出しているではないですか。
慌てて目視でその洗い場を確認しても、それらしきものはありません。
写真のその部分を拡大して見ると、それはリカちゃん人形と思しき人形の頭でした。
「ひっ…祐樹くん!これ、これ見て!」
「ん?どうした?」
カメラのモニターを覗き込んだ祐樹くんの顔がはっきりと強張りました。
「真由香、すぐ帰ろう!早くここから出るんだ。」
その時です。
がさがさがさ・・・
がさがさがさ・・・
複数の何かが背後の雑草を掻き分けて動くような音が聞こえました。
慌てて振り返ったのですが、何もいません。
「きっとネズミか何かだよ、さあ早く行こう。」
私達は急いで石段を下り、小走りに車へと戻りました。
正面に駐車している車が見えたところで少し安心し、歩みを緩めたところでいきなり祐樹くんが立ち止まりました。
「あ、あ、あ・・・」
車の方を指差し、後ずさりを始めたではないですか。
何をそんなに驚いているのかと車をよく見ると、フロントウインドウの下側、インストの上に何かあります。
更に目を凝らして見ると、それは助手席のシートに置いてあったはずの私のマスコット達と祐樹くんのスナフキン。
それが横一列に並んでじっとこちらを見ていたのです。
見慣れない頭の取れかかった花嫁人形と共に・・・
…
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私達は一旦その場から逃げ出しましたが、車をそのままにしておくわけにはいきません。
しばらくしてから車に戻って見ると、あの花嫁人形は何処にもなく、スナフキンやマスコット達も助手席のシートの上でした。
不安に思いながらも、私達はそのまま車に乗り込んで帰路についたのでした。
そしてスナフキンもマスコット達も部屋に持ち込む気になれず、まとめて祐樹くんの車の中に置きっぱなしです。
とりあえず今のところ何も起こっていません。
祐樹くんが、朝になると人形達の位置が時々変わっているんだ、とぼやいていますが。
…
◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
このふたりが何をしたと言う訳ではありませんが、『触らぬ神に祟りなし』ということですかね。