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中編6
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雨雨雨雨雨

雨が降っている。

良雄はアルバイト先からの帰り道を、傘を差して歩いてた。

横断歩道の前に来て立ち止まる。信号が青になるのを待つ。何台もの車が目の前を通り過ぎていく。

いつの間にか、横断歩道の向こう側に、一人の老人が立っていた。

さっきまで誰も立っていなかったので、良雄は少し驚いた。このお爺さんはどこから来たのだろうか。向こう側の歩道から来たのであれば、視界に入って気づくはずなのだが……。

そう思っていると、老人がこちらに歩いてきた。信号はまだ赤である。

危ない、と良雄は叫ぼうとした。

しかし、口が開かなかった。全身が金縛りにかかったように動かない。

老人は一歩一歩こちらに近づいてくる。その顔には生気が無かった。顔色は悪く、目は淀んでいる。

良雄は直感した。この人はもう、死んでいるのだと。

自分に何をするつもりだろうか。良雄は逃げ出したくてたまらなかったが、近づいてくる老人を凝視することしかできなかった。もう少しで自分の所に来る。

そのとき、車が良雄の前をさっと走り抜けた。老人がいたはずだが、ぶつかるような音は一切しなかった。

そこで金縛りが解けた。辺りを見渡すが、老人はどこにもいない。やはり幽霊だったのだ。

信号が青になった。良雄は横断歩道を渡った。歩きながら思う。幽霊は本当にこの世に存在するのだ、と。

しばらく不思議な感慨に浸った後、おかしなことに気づいた。

おそらくあれは、あそこで車に轢かれて死んだ老人の幽霊だろう。地縛霊という奴だ。しかし、それならあの道で既に見かけていないとおかしい。

良雄がアルバイトを始めたのは一ヶ月ほど前のことで、この道を利用したのは一度や二度ではない。当然、あの横断歩道を何度も渡っているわけだが、あの幽霊を見たのは今回が初めてだった。どうして今日に限って現れたのだろうか。

良雄はあれこれと考えてみたが、答えは分からなかった。

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翌日、良雄はまた昨日と同じ道を歩いていた。怖かったので別の道を選ぼうかとも思ったが、そうすると自宅まで遠回りをしなければならず不便だった。

横断歩道の前に立つ。だが、あの幽霊は現れない。そのまま信号が青になり、無事に渡ることができた。

いつも通りだ。よく分からないが、あれは偶然だったのだろうと、歩きながら良雄は考えた。

結局、またこの道を何度も利用するようになった。

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雨が降っている。

良雄は傘を差しながら、横断歩道の前で信号が青になるのを待っていた。

何台もの車が目の前を通り過ぎていく。

すると、いつの間にか横断歩道の向こう側に、一人の老人が立っていた。あのときの幽霊だ。

またか、と良雄は思った。そして、幽霊が出てくる法則性に気づいた。今日は雨が降っている。あのときもそうだった。どうやら幽霊は雨が降っているときにだけ現れるらしい。

あのときと同じように、幽霊はこちらに近づいてくる。

この幽霊は何がしたいのだろうか。ただ横断歩道を渡りたいだけなのだろうか。そうすれば成仏できるのかもしれない。

そう思うと、幽霊が哀れに感じた。良雄は幽霊が横断歩道を渡り切れるように願うことにした。

幸い、今日は車通りが少ない。無事に渡り切れそうだ。

早く、早く、と心の中で念じる。そのとき、遠くからトラックの走行音が聞こえてきた。

急げ。良雄は心の中で老人に呼びかけた。もうすぐ渡り切れる。

老人は良雄に手が届くくらいの距離まで来た。

あと一歩だ。

そう思ったとき、老人が良雄の腕を掴み、車道の方に引っ張った。

体が前方に倒れ込む。トラックのけたたましいクラクションが聞こえた。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

いったいどういうことだろうか。良雄はひどく混乱した。自分は確かトラックに轢かれたはずだ。夢でも見ていたのだろうか。それともあれは、あの幽霊が見せた幻覚だったのだろうか。だが、トラックにぶつかった衝撃と痛みをはっきりと覚えている。

幽霊はもうどこにもいなかった。やはり幻覚なのか。

そう思ったとき、足が勝手に動き、横断歩道を渡り出した。信号は赤だ。必死に足を止めようとするが、言うことをきかない。これではまた轢かれてしまう。

横から車が来た。目をつむろうとするがそれもできない。

車のバンパーがぶつかり、衝撃と痛みに襲われた。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

まただ、と良雄は思った。自分は確か車に轢かれたはずだ。これも夢なのだろうか。

良雄の足が勝手に動き、前に進み出した。止まろうとするが、やはり無駄だった。

今回は前と違って車通りが少ないらしく、車の走行音が聞こえなかった。これなら渡り切ることができそうだ。どうやら同じ日を繰り返しているわけではないらしい。辺りの明るさからすると、時刻は同じくらいだろうが。

渡りきれば、この悪夢は終わるかもしれない。

早く、早く、と頭の中で念じる。

右の方から走行音が聞こえてきた。

早く着け、早く!

最後の白線を踏んだ。そこから一歩前に進み、良雄は横断歩道を渡り切った。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

なんでだよ!

良雄は叫びたかったが、顔の筋肉はぴくりとも動かなかった。

また足が勝手に動き出す。

すぐに左から車が来て衝突した。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

良雄はうんざりしてきた。もう死んでから何日経ったのだろう。そして、これから何回死に続けなければならないのだろう。

足が勝手に動き出す。

前方に人はいない。これではまた渡り切っても元の状態に戻るだけだ。

良雄はあの老人のことを思い出した。おそらくあの人も同じ経験をしたのだ。何度も何度も。どれだけ繰り返したのかは分からないが、最後に自分がやって来て、入れ替わることができた。

どうしてあのとき違う道を選ばなかったのか!

良雄は歯がみしたい気持ちになった。

右から車が来た。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

向こう側を見ると、同い年くらいの男が買い物袋を持って立っていた。

あの男と入れ替わろう。

自分の意志かのように足が動いた。

男に近づいていく。

だが、あと半分のところまで歩いて、車にぶつかった。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

前方を見るが、誰もいない。

良雄は横断歩道を渡り切った。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

前方を見ると、中年の男が立っている。

良雄は横断歩道を渡り切れなかった。

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雨が降っている。

渡り切れなかった。

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雨が降っている。

渡り切れなかった。

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雨が降っている――。

雨が降っている――。

雨が降っている――。

雨が降っている――。

雨が降っている――。

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雨が降っている。

良雄は傘を差して、横断歩道の前に立っていた。

もう何度同じ事を繰り返したのか分からない。どうせ今回もダメだろう。

足が勝手に動く。向こう側に誰かが立っていた。誰だろうがもうどうでもいい。

右からトラックの走行音が聞こえてくる。どうせこれに轢かれるのだろう。

そう思っていたが、手前の車線は渡り切ることができ、トラックの轟音が背後を通り過ぎた。

またトラックの走行音が聞こえてくる。今度は左からだ。

だが、まだ距離は遠い。渡り切れるかもしれない。

向こう側を見る。傘を差した十歳くらいの女の子がこちらを見ていた。可哀想だと思ったが、そんなことはどうでもいい。あと四歩でたどり着ける。

一歩。

二歩。

トラックがもうすぐ来る。

三歩。

四歩。

女の子の前にたどり着く。だが、足と違って腕は勝手に動いてくれなかった。迷っている暇はない。良雄は自分の意志で女の子の腕を掴み、車道に引っ張った。

トラックのけたたましいクラクションが聞こえた。

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