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中編4
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案山子の顔

これは、私が小学一年生だった時の夏休みに体験した話だ。

その日の朝、私はセミが捕りたくて、虫網を持って公園に向かった。

途中には、広い田んぼに挟まれた一車線の道がある。

そこを一人で歩いていると、左側の田んぼに、白い着物を身につけた案山子(かかし)が立っているのを見つけた。

その案山子は見れば見るほど奇妙だった。

顔の部分がどう見ても人間の顔なのだ。

一瞬、人を案山子と見間違えたのかと思ったが、脚が無く、木の棒が一本、胴体から地面へと伸びていたので、それはやはり案山子だった。

普通、案山子の顔はのっぺらぼうがほとんどで、何か書かれているにしても、せいぜい『へのへのもへじ』くらいだろう。

しかし、その案山子の顔は、本物の人間の顔にそっくりだった。

目、鼻、口があり、頭に笠を被っていないため、無造作に伸びた髪がよく見える。

その時、私は案山子から50メートルほど離れていたので、もっとよく近づいて観察してみようと思った。

道を進み、前方の案山子に近づいていく。

すると、不思議なことが起こった。

案山子に近づけば近づくほど、案山子の顔がぼやけていき、人間の顔に見えなくなっていったのだ。

案山子まで10メートルくらいの位置まで近づいて見てみると、その顔は藁か何かに白いタオルが巻かれただけの、のっぺらぼうだった。

そんなはずがないと思い、私は来た道を戻って遠くから案山子を見た。

すると、案山子の顔がまた人間の顔に見えた。

両目でこちらをじっと見つめている。

私は背筋が冷たくなるのを感じた。

あの案山子は、ただの案山子ではない。

私はこれ以上案山子に近づきたくなかったので、違う道から公園に行くことにした。

とぼとぼと来た道を戻る。

その途中、なんとなく振り返り、さっきの案山子を見た。

すると、案山子の様子が変わっていた。

風になびく着物の隙間から、脚のようなものが見えたのだ。

目を凝らすと、人間の太ももに見える。

膝から先は無い。

さっきはこんなもの見えなかった。

まさか、案山子に脚が生えたのだろうか。

私はそう思い、案山子を見ながら後ろに下がった。

すると、離れれば離れるほど、脚の部分が伸びていき、膝ができ、すねができていった。

私は怖くて立ち止まった。

このまま脚が完成すると、どうなるのだろうか。

案山子が走って自分を追いかけてきやしないだろうか。

そんな想像をしてしまい、幼い私はどうしていいのか分からず、大声で泣き出した。

すると、後ろから声をかけられた。

「おいケンちゃん、どうした?」

名前を呼ばれて振り向くと、そこには佐々木さんが立っていた。

佐々木さんは近所に住んでいる農家のおじいさんだった。

「あの案山子が怖いの」

私は例の案山子を指さした。

佐々木さんは案山子を見て笑った。

「あれの何が怖いんだ?」

「だって、人間みたいな顔してるから」

「ん? どこが? 白いだけじゃろ」

「そんなことない。脚も伸びてるし」

「脚って、あの木の棒か?」

「違う。脚が二本ある」

「そんなもん無いよ」

「……」

私は佐々木さんの言葉が信じられず、案山子を見つめた。

案山子の顔はやはり人間のように見えるし、脚だってある。

私にだけ見えて、佐々木さんには見えないらしい。

佐々木さんは優しい声で言った。

「ケンちゃんは怖がりだから、そう見えちゃうだけだ。心配すんな」

「あの案山子、追いかけてこないかな?」

「こないよ。だから泣くんじゃない」

「うん。わかった」

私は佐々木さんの言うことに納得いかなかったが、それでも誰かと話すことで恐怖はだいぶ和らいでいた。

気を取り直し、私は公園に向かって歩き始めた。

しかし、少し歩くと、また案山子のことが心配になった。

案山子はやはり、脚が生えて自分を追いかけてきているのではないか。

もし今振り向けば、すぐ後ろに案山子が立っているのではないか……。

そんな想像が頭を支配し、不安で堪らなくなった。

案山子なんていないと思えば思うほど、すぐ後ろに誰かの気配がするような気がしてならない。

私は不安を消すため、思い切って後ろを見た。

そこにはやはり、何も無かった。

しかし、別の奇妙な物が見えた。

道の真ん中に、白い着物の案山子とは別の案山子が立っていたのだ。

コンクリートの地面の上に、木の棒一本で立っている。

そこは佐々木さんが立っていた場所で、案山子は佐々木さんと同じ服を着ていた。

こんな物はさっきまで無かった。

私は怖くなり、佐々木さんを探したがどこにもおらず、大声で名前を呼んだ。

「佐々木さん、どこ?」

すると、道に立つ案山子の顔が変化しだした。

鼻が伸び、口と目が開いて佐々木さんの顔になっていく。

私が話していたのは佐々木さんではなく、案山子だったのだ。

私は泣きながら走って逃げた。

もう虫取りなんてどうでもよくなって、一目散に家へと帰った。

その後、私は自分の部屋にこもってがたがたと震え、夜は両親と一緒に寝るほど怯えていたが、何事もなく一日が過ぎた。

それ以来、私はその道を通るのが怖くなって、公園に行くときは必ず別の道を通った。

大人になった今でも、あの道は通りたくない。

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